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風邪をひいてしまった先週のイベント(FAI世界選手権“HAUTE VOLTIGE”アエロバティックス日本グランプリ )   

autumn-leaves

連休明けから、どえらい風邪をひいてしまいまして寝込んでおりました。
何年ぶりかで扁桃腺をやられてしまったようです。

前回エントリーの続きを期待していた方・・・って、いらっしゃるかどうかわかりませんが(笑)、もう少々お待ち下さいませ。


風邪をひいたのは、10/31~11/2に栃木県のツインリンクもてぎで行われた”アエロバティックス 日本グランプリ2008を見に行っていたからだと思います。

(本エントリ続き部分は写真が多いので表示が重いかもしれません)


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南京事件と慰安婦と夜這いの風習   

かつての慰安所が設置されるようになった理由として、日本兵による強姦事件が相次いだことによる対策の一つだったということは、慰安婦問題を少しでも調べたことのある方ならご存じかと思います。
また、1937年の南京事件においても、捕虜殺害や略奪行為の他に強姦事件が多数発生していたこともよく知られているかと思います。


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警察統計の見方   

冒頭から脱線しますが、本日は日経平均株価がバブル後最安値を下回ったのがニュースになっていて、号外も出たようですね。

その日経平均株価、東証一部上場上場企業約1700社のうちから225社をピックアップして算出しますが、その225社(銘柄)は、ほぼ毎年見直しがされて入れ替えられています。
つまり、指数の計算の元となる企業が入れ替わっていて、特に2000年には30銘柄を一気に入れ替えたりしたため、データとしては「不連続」なんですよね。ですから、「26年ぶりの最安値」という報道もありますが、本来、そんな昔の数値と単純に比較できるものではないハズなんです。
まぁ、でもTOPIXも下がってますから、大変な安値であることには違いありませんが。


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近年増加する暴行傷害事件認知件数と低下するその検挙率・・・しかし、   

例えばテレビのニュース番組・ワイドショーの映像の中、あるいは新聞紙面に下のグラフが掲載されていたら、どのように感じるでしょうか?
暴力犯罪が2000年から急増するとともに、検挙率も低下し、治安が悪化していると感じるのではないでしょうか?


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執筆意欲が復活してまいりました   

この2~3ヶ月は、仕事が忙しかったせいもあるのですが、blogを書く意欲も下がりきってしまっていました。
しかし、それも最近になって大分盛り返してきました。

と、いうより書いておきたいことがたくさんありすぎて、何をどう整理して書いたらよいか迷っているほど(笑)


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週刊 『昭和タイムズ』がやっと昭和初期へ   

swt054

「週刊○○○○」などでよくTVCMをやっているデアゴスティーニ(DeAGOSTINI)社が現在刊行中のシリーズの中に、 『週刊 昭和タイムズ』というのがあります。

私のような歴史のド素人が当時の世情を簡単に把握するのにはとても重宝 しています。

昭和時代の1年単位に一冊という構成で、毎週発刊されているのですが、どういうわけか発行順序が年代順ではありません。第1号が昭和39年、第2号が45年、第3号が34年・・・という感じ。


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久々の更新。「核家族」はいつの時代から?   

仕事やらなにやら色々と忙しかったので更新が滞っていましたが、ようやく少し落ち着いてきたので、またぼちぼち書いていきたいと思います。

さて、つい先ほどのことですが、テレビ朝日のワイドショーで「昭和都市伝説の謎」と題して「口裂け女」がどのように生まれ、どのように全国に広まっていったのか、というのをやっていました。

そのなかで、唐沢俊一氏がインタビューで「個の時代となり、孤独感を感じる人が増えた社会背景の中で、こういう怪談話は『わ~、こわい』という感情と情報を共有することで連帯感を感じることができた・・・」(※) というようなことを語っていました。


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東京郊外に残る空襲の傷跡   

東京にも、米軍機の機銃掃射による無数の弾痕を残した建物が保存されている場所があることを知り、さっそく行ってみましたので、撮ってきた写真とともにご紹介します。

場所は東京都東大和市の都立東大和南公園の中で、戦時中は日立航空機(株)として航空機のエンジンを製造する軍需工場だった場所です。

軍需工場であったため、3回に渡って米軍機の攻撃を受け、110人の方がここで亡くなったそうです。


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宇佐海軍航空隊跡近辺の戦跡   


前回前々回に紹介した宇佐海軍航空隊跡の近辺には、他にも空襲の傷跡や、戦時中の施設の名残が残されているところがいくつかありました。

すべてを見て回ることはできませんでしたが、私が撮ってきた写真をいくつか紹介したいと思います。

(下の写真は、すべてクリックで拡大(Picasa WebAlbumへのリンク)します。


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宇佐海軍航空隊跡-2   

IMGP2579


前回紹介した宇佐海軍航空隊のあった地域ですが、こちらの記事によれば、16回以上もの米軍 の空襲を受けています。

その傷跡が掩体壕のあった近辺にいくつか残されているとのことで、足を運んできました。


(下の写真は、すべてクリックで拡大(Picasa WebAlbumへのリンク)します。


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宇佐海軍航空隊跡-1   

IMGP2493

航空特攻関係の本を読んでいると、「宇佐空」というのがよく出てきます。大分県宇佐市にあった海軍航空基地で、正式には宇佐海軍航空隊。各地で飛行機の基本操縦訓練を終えた者達が、実際の艦上爆撃機などを使って訓練の総仕上げを行う場所だったようです。

その訓練の厳しさから、「鬼の宇佐空、地獄の宇佐空」とも呼ばれたそうですが、戦況が悪化してからは特攻基地としても使われ、154名の特攻隊員がここから出撃して亡くなっています。


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残暑お見舞い申し上げます   

 IMGP2176
更新が滞っておりますが、私の場合、blog執筆意欲には波がありまして、ちょうどいまは谷間なもので。
山の時は書きいことが次から次へと出て来て仕方がなくなるんですけどね(笑)。

終戦の8月15日には何か書こうと思っていたのですが、頭の中をまとめきれませんでした。

「終戦の勅令」の動画を貼っておきましたが、あれはあの動画を見つけたときにに、タイマー投稿で設定してあったものです。

しかし、何のコメントも書かない、動画を貼っただけの前回エントリーの方が拍手が多いのは、なんか微妙な気分です(笑)

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