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前回エントリーの補足 歴史認識に見る右派・左派のバイアスについて   

前回エントリーはいろいろ誤解を受けそうなところもあると思いますが、言いたかったのはこういうことです。

つまり、

(1)田母神論文 のような歴史観(自由主義史観派)は、それを「喧伝する人たち」と、それをうっかり「真に受けてしまった人たち」の2パターンに分けられる。

(2)「真に受けてしまった人たち」があのような歴史観を信じるようになった原因の一つとして、心情的なバイアスが背景にあるのでは?

ということです。

(1)は、論文で参考にされていた渡部昇一氏や櫻井よしこ氏ら一部の保守・右派論壇で活動する人たちのこと。田母神氏や一部保守系論者、ネトウヨさんは後者の「真に受けてしまった人たち」。

もちろん田母神氏のように知名度のある者がああいう論文を発表することで「喧伝する人たち」に分類することも出来るけど、田母神論文の内容を見る限りは、「喧伝する人たち」の受け売りにしか過ぎないと思います。

(2)については、左派への反発だったり、中国や韓国の反日政策への反感が逆向きのバイアスを強めているように思えるということです。まぁ人間誰しもがもつ「思いこみ」が特に強すぎる人たちかなぁという気もしないではないですけど。

そして、(2)の様なバイアスが元々ある人、そしてそれが強い人ほど「喧伝する人たち」の主張にひっかかりやすいと思うのですがいかがでしょうか。そしてそれは、反感を感じれば感じるほど、相手の人たち(左派、中国、韓国)の主張に対して傾ける耳を持たず、感情的な反論しかできなくなるという人間心理。。。

もちろん、自由主義史観派のいう日本人の誇りというのは、くさいものに蓋をして得られるものであり、(そんなものは個人的にはくそ食らえと思っていますが・・苦笑)、かといって、何でもかんでも戦争の歴史について日本の責任、欠点にしか目を向けようとしない自虐的な主張もやはりいまだにあると思うのです。

先日紹介した石破茂農林水産大臣のブログエントリーの末尾に、

歴史はその本質が科学である以上、あくまで客観的に捉えるべきですし、存在する多くの見方を自分自身で吟味し、判断すべきです。だから私は世に言う「自虐史観」も「自慢史観」も嫌いなのです。

とありましたが、これはまったく同感です。
まぁ、『「自虐史観」も「自慢史観」も嫌い』とまではいいませんが、歴史に対する客観的な視点の欠落(不足)や、そのバランスの悪さが、私にとってはどうも居心地が悪く気持ち悪いのですよ。

と、同時に右派は日本以外にのみ左派は日本にのみ責任を押しつける傾向があるようで、戦争の歴史を鑑として平和を守りたいのなら、主観で一方的に決めつけた責任者叩きをするだけではダメだろう、と。


私が持っている左右両派についての印象を率直に書くと、こんな感じ。

「右派は、日本を弁護したいというバイアスのためか、戦争の原因を日本の外部にのみ求める傾向が強く、内部要因については見過ごしがち。 また、「日本が戦争中にやったこと」については目をふさぐ。 」

「左派は「日本が戦争中にやったこと」については詳しく、被害者への同情とその裏返しとしての権力への反感が強い。そのため”なぜ戦争になったのか?”について、外部要因や日本や相手国の国内事情などに目を向けることがあまりない・・・。 」



左派的歴史認識について

例えば田母神論文の1ページ目にも出てくる対邦人テロ・殺害行為の繰り返しというのはたしかに事実で、盧溝橋事件より1年以上前からたくさんありました。(列記しようかと思いましたが長くなるのでやめておきます)

もちろん、日本の北支分治政策などに原因があるわけですが、その殺害の仕方が残虐であったために日本人の対中感情もかなり悪化していったという背景もあるようです。

(ちなみに、北支分治政策(華北分離工作)は中国の主権を脅かすもので、武力は使っていませんが日本の侵略行為です)

さらに言えば、当時国民党によって陝西省にまで追い込まれていた中国共産党が、中国人に抗日救国を煽っていたようですが、これは国内安定を優先させていた国民党政策(安内攘外)への対抗策で失地回復を狙ったものという側面もあったらしい。つまり中国側の国内事情です。これが過度な対邦人テロに結びついた可能性もあるかもしれない・・・。

他にも経済面やら当時の思想や価値観やらなにやら、いろんな要素と思惑が絡み合って歴史はすすむものだと思います。

そう言うことを指摘するのはきちんとした歴史研究者だけで、左派がこのような指摘をしているのってあまり目にしたことがないように思うのです(私の主観ですが)。

「なにもかも日本が悪い、日本が侵略しようとしたからだ」でおしまい。右派に対するアレルギーでそのような主張が前面に出ているのだと想像しますが、これだけじゃぁ歴史のからの教訓を得られるとは言い難いかな、と。それが、私が思う左派的歴史認識の弱点です。


蛇足ですが・・・

ところで、冒頭で書いた「喧伝している人」と「うっかりそれを真に受けてしまった人」を分けて考えている理由ですが・・・・・・・そうしないと、かつての自分自身を否定することになるから(笑)

数年前、数ヶ月間のこととはいえ、私も田母神論文と同様の考えを持っていたことがあります。それは本当に歴史に無知だった私が関心を持ち始めた頃に目にしたのが、ネットのそう言う情報だったから。最初の頃はそう言う本ばかりを読みましたが、なんとなくバランスを意識していたから、どっぷりはまらなくてすんだのかなぁと自己分析中。

田母神論文で参考にされていた本の中に、櫻井よしこ氏の『日本よ、「歴史力」を磨け』というものがありますが、その「歴史力」を身につけようと色々勉強したら、「櫻井さんの言うことはいい加減なことばかりだとわかりました」という感じです(笑)

そう言う体験から、人がそれぞれが持つバイアスによって自由主義史観に染まるのも左派的史観に染まるのも理解できないことではないです。それが、左右両派に批判的だけど同情的でもあるという私の奇妙なスタンス(笑)につながってます。

ですので、人の歴史認識に対して感情的になってケチをつけることはできるだけ自制したいなぁとは思っています。(思っているだけかもしれないけどw)


ただ、今回の田母神論文・更迭騒動の肝はやはり文民統制。
日本の過去の歴史から一番教訓としなければらないのは、憲法9条以上に文民統制ではないかとさえ思います。


 

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コメント

統制する文民が音痴だから・・・・

諸外国の場合だって、軍籍を離れて文民になった人が政権に参加しているでしょう。
軍事力ってのは所詮外交の道具。道具の使い方をしらなきゃ意味が無い。

陰謀論

田母神氏の問題は多くが議論尽くされているため,なぜ彼の立場であのような発言が許されないのかは改めて話すことではないので,少し別の視点から.

彼の文章を読み,その内容が"典型的な陰謀論"というだけでは無く,彼の肩書きから期待するには,あまりに低い文章作成能力に驚いたのは私だけではないと思います.政治的な内容の是非の前に,まず論文の体をなしていない.エッセイとしてもかなり疑問.防衛の要職たる地位に付いている人間が,この有様では困る.もちろん,これとは別に職務を全うする能力は十分にある,ということもあり得無いわけではないのかもしれませんが,陰謀論を是とする思考の体系が,得られた情報や仮説を保守的に取捨選択せず,強い本人の願望に基づいた結論に導くために,結論に整合性のある情報を積極的に選択すること,自らに対する批判を時に攻撃的に回避する傾向にある事を考えれば,やはり陰謀論を自らの主張として展開していたという視点で,公務員としての能力に疑問符がつけられるべきではないかと.勿論,公務員がいかなる状況でも陰謀論に言及すれば,その時点でパージされるべきというわけではありません.しかし,先端科学の研究者であると同時に,篤い信仰も持っているというのとは明らかに違う事は,理解されなければならないでしょう.つまり,田母神氏の主張に対する非難の中に,それが陰謀論であるからという指摘が,あまりに少ないのではないかといいたいわけです.

最近でも,"水からの電源"なんて話題もありましたし,このときのマスメディアの扱いをみれば,社会一般における疑似科学や陰謀論についての事前知識や,それを信じるリスクはあまり周知されていないのかもしれません.しかし,一定レベル以上の地位にある公務員にこの様な人間がいる事は,現実的なリスクを国民は負う事になると言っても言い過ぎではないと思います.管理人,J.Seagull氏はどのようにお考えですか?

 歴史事実が歴史認識を形作っていくものだとは思いますが、歴史研究者には単に事実を列挙するだけではなく何らかの意味づけ作業を要求されますよね。通常の人は物理的にも能力的にも1次史料まで遡って研究することが難しい状況があります。そのせいで「歴史事実」だけでなく「歴史認識」を加えた学者やジャーナリストの研究内容に引っ張られて自分の見識や意見を(都合の良いように)確定してしまうのではないか、そんな風に自分は考えています。予断のせいですよね。

 自分も田母神さんと似たり寄ったりのところがあるので左右のバイアスを避けるためにもなるべく原資料にあたって歴史事実を見ていくのが有益だと改めて気付かせてもらいました。

暴力の非対称性

昔にコメントしたような、しなかったような、多分初めましてです。
普段はRomしているだけですが、ちょっと気になったので書き込みさせていただきます。

もちろん、何もかもすべて日本が悪い、というのは歴史学的にみてもあまりに大雑把すぎる歴史解釈であることは言うまでもないと思います。
悪質なテロ、国民党と共産党との対立、など中国にもさまざまな要因があったことは確かでしょう。
しかし、それが日本も中国もどっちもどっち、という態度になってしまうならば問題だと思います。
そのようなどっちもどっちという態度は、大陸にける侵略者と非侵略者、圧倒的な武力をもつ者と持たざる者、という暴力の非対称性が隠蔽されてしまうからです。

たとえば、現在のパレスチナ問題を語る場合、パレスチナ側のテロ、ファタハとハマスの対立、という問題があるのは確かですが、それがイスラエルの強硬な軍事作戦(軍事テロといっても差し支えのないような)とどっちもどっちであるという、そういう態度をとったとき、暴力の非対称性が隠蔽され、パレスチナの地で、パレスチナ人たちの人権が恒常的に脅かされ、圧倒的な暴力の差に晒され続けているということを見えなくしてしまいます。

どちらか片一方に肩入れするのではなく、両者に目くばせすることも大事ですが、それが結果として両者の間にあった不均衡をないものとしてしまわないことも、大事だと思います。

田母神論文を支持する

論文があまりにも幼稚だと それなら何故 入賞するのか 防衛を専念する部署の幹部が近代史を研究して自ら記述した見解が 最高論文だと評価されたことに驚き 自らの近代史不勉強を田母神論文批判で糾弾は自由ですが 彼を支持する国民も多数存在しているので

返信が遅くなってすみません・・・

頂いたコメントを読みながらあれこれ考え込んでしまっていました。。。。

■枠さんへ

おっしゃるとおりで、文民統制の実現だけで安心できるものではないですね。安全保障をどう考え実践したらよいのかという論点になると、私はいつも頭を抱え込んでしまいます・・・。


■東中野中道 さんへ

お久しぶりです。
文章力については私は人のことを言えないので言及しません(苦笑)
陰謀論についてはそれだけで全否定する方もいますが、そう言う方が張作霖爆殺や満州事変についての関東軍の陰謀論を否定するのを目にしたことはないので(笑)、陰謀論だからといって安易に否定しきるのは慎重であるべきとは思います。ただ、新たに出てきた陰謀説を採るのなら、その他の説についての再検証等も必要なはずですが、それが全くないのが「論文」とはいえないということなんですよね。
たとえれば、邪馬台国について「オレは九州男児だから九州説を採る」レベルで結論を出してしまっているようなものかと。

また、自分の推測・願望に合致しやすい説(それが今回は陰謀論)に飛びつく傾向についても、人間はその推論が間違っている可能性を検証するのが苦手という政治的バイアス以前の「確証バイアス」(以前にエントリー書きました)のなせるワザでもあると思いますし・・・。

ただし、ここまでは一般論。ご指摘の通り田母神氏の前ポストにあって、情報(知識)の取捨選択、妥当性、信憑性の判断力については大いなる疑問と不安を感じざるを得ませんね。軍事力は単に飛行機や船、人員数だけで計れるものではないことを、改めて思い起こしました。

ですので私の疑問としては、田母神氏の主張が「陰謀論であるから」という批判よりは、航空幕僚長というポストには見合わない冷静かつ客観的な情報収集分析能力の欠如が疑われる人材が何故あのポストに就けたのか?という点にあります。

あと、「水からの伝言」(ですよね?)に触れられたのでふと思ったことを。
「水からの伝言」では関東地区公立小中学校女性校長会が講演を依頼したとかいうネタもありましたが、校長先生が朝礼などで児童に「水にありがとう言葉をかけるときれいな結晶・・・」とか話していたりすると想像するとゾッとするものがありますね。

>一定レベル以上の地位にある公務員にこの様な人間がいる事は,現実的なリスクを国民は負う事になると言っても言い過ぎではないと思います

その危機感はごもっともで私もそう思います。
しかし現実的にどうしていくべきかとなったら・・・・公務員はともかく国会議員にもそう言う人は少なくないわけで、民主主義社会では限界を感じてしまいますね。。。
文民統制が機能していても、その文民が判断を誤れば・・・。
(ここで私は思考ループに陥ってしまいます・・・)


■何某さんへ


お久しぶりです。また別記事ですがTBありがとうございました。

おっしゃるとおり研究者は調査研究した情報の中から予測・判断・意味づけの作業をするものだと思いますが、田母神論文で参考にされていた著者たち(秦氏を除く)と、まともな(?)研究者の著作・論文との差は、
・安易な断定を避け、留保すべきは留保する姿勢。
・著者の意見なのか客観的事実なのかがハッキリ読み取れる
・根拠を明示しているかどうか
などがあると思います。
意味づけをするにしても、著者によってその根拠となる部分の厚みに雲泥の差があるのですが、概して安直な意味づけをしたものの方が世の中に多く出回りますね。そういう本の方が読みやすくわかりやすいですし。

一般人としては、上記を意識して信頼できそうな著述をしている研究者を見分けるのが一番近道かなと思いますよ。バランスを取るのなら外交史研究書の方がよいかなぁと個人的には思っています。

田母神論文のどこがおかしいかわからないという方をネットでも多数見かけましたが、おそらくキチンとした(?)歴史研究者の著作・論文に未だ出会えていないとしたら、それもまたやむを得ないと思います。
そこで思いこんで留まらずにいられるかどうかで差が出てくるわけですが・・・。

要は結論を急ぎすぎず、善悪などの価値判断を持ち込むことに慎重になれれば、左右のバイアスはあまり意識しなくてもよいかなぁと思っています。
あと、原資料にあたるのも良いのですが、その原資料に対する資料批判という作業も必要になってきて、プロの研究者ではないととても手に負えないと思いますよ。


■さだまさと さんへ

はじめまして(・・・だと思います)コメントありがとうございます。

>しかし、それが日本も中国もどっちもどっち、という態度になってしまうならば問題だと思います。

それは大切な指摘だと思います。
非対称性の指摘もごもっともなのですが、かといって単に領事としてあるいは民間の貿易の仕事で駐留している人やその家族を殺しても構わないということにもならないと思います。(満州・中国の話)

不均衡をないものとしてしまわないことも、大事だと思いますが、不均衡を絶対視すると見えなくなるものも出てくると思います。
善悪・強弱だけで決着をつけようとすることに争いが絶えない一因があるようにも思えますので、客観的・現実的な視点も持ちたいところです。


■志乃田兼亥さんへ

はじめまして。コメントありがとうございます。

もし、本業として歴史研究を行っている学者の論文・著述をまだご覧にになったことがないとすれば、感じておられる疑問もわからないではないです。

それよりも、田母神論文の主張のように中国共産党の陰謀に巻き込まれたとすれば、「だから日本は悪くない」とするよりも、「陰謀に巻き込まれたのは何故か?今後そのよう陰謀に巻き込まれないためにはどうすべきか?」考えるのが防衛にとって重要なのではないでしょうか?

田母神氏が文民統制に反している、ということがどうも納得できません。自衛隊の出動命令に反するとかならば納得しますが、言論の自由まで束縛されるのはいかがなものでしょうか。また、防衛大学校の校長が、イラク派遣という政府の決定を公然と批判されたそうで、こちらにはお構いなしというのも納得いきません。

また田母神氏は、平和条約などが締結されてしまえばそれ以前のことについて、たとえば原爆を落としたとかどうだったとか言ってはならない。と主張しています。まったく同感です。しかし、中国や韓国などは、その後もことあるごとに反省と謝罪、保証まで言います。これを黙って聞いているのは間違っていると思います。

田母神氏は防衛の現場にいる人なので、現実に防衛が機能できる状態を主張しているのだと思います。正確な歴史検証はもちろん必要であり、それは歴史学者が行う分野ですが、現場の自衛隊にとっては、いかに防衛が実行力を伴うものにするかということが問題なのであり、そのためには自国の闇の部分にだけ焦点を当てるのではなく、光の部分に注目すべきだとの主張であると思います。

田母神氏の行動に全く問題はないと考えております。文民統制についても全く問題はないと思います。思想統制するべきではないと思います。

田母神氏の歴史認識の小さな部分に間違いがあるかどうかは知りません。しかし、大筋において間違っていないと思います。田母神氏の立場は日本の防衛でありますから、何よりも自衛隊の防衛体制が整うということが第一なのですから、自虐史観によって隊員の士気が失せることが問題なのです。
また、先の大戦が失敗だったとか、避けるべきだったとかいう意見もありましょうが、それは固定した見方であって、この敗戦も含めて正しい選択であったのかも知れません。
もし、あの戦争がなかったら世界は、日本は、どうなっていたでしょう?
シュミレーションすることも面白いのではないでしょうか?

歴史問題はもちろん大切ですが、それは自国の防衛に優先してまで大切なものではありません。くどくてすみません。

お久しぶりです

 田母神氏の論文の稚拙さを指摘する声を結構聞きます。
 私はひねくれているので、こう考えました。
 あの論文は田母神氏の歴史知識の全てでも本人の確固たる歴史観でもないのではないか?
 あの論文は、氏が参考人質疑でも言っていたように、国を護る自衛隊員に対して、更には自衛隊を応援してくれる国民を増やす為に(=自衛隊が動きやすい世論)、Seagullさんの言われる、歴史観(自由主義史観派)を「喧伝する」為のものだと思います。
 中庸、ノンポリの国民に、それを「真に受けてもらう」為の物ではないかと考えます。
 氏の立場では、歴史家並みの歴史を知っていようといまいと、公にする必要は無く、特に一般自衛官に 喧伝する歴史観こそ必要だと思います。
 これは何処の国の軍隊でも同じだと思います。確か氏も参考人質疑でそのような意味のことを仰っておられましたね。
 そこで、本人の確固たる意図か、無意識かは定かではありませんが、自身で論文を書くと、寧ろ知識が邪魔をする可能性もあるので、(喧伝側の著名人こちらも実際の知識や史観は本人しかわかりませんが)の公になっている文の引用を多用したようにも感じました。
 現在このように思っているところです。
 これは、影響力を比べるべくもありませんが、拙ブログも私の実際の知識・史観とは微妙に異なるスタンスを取っているのと同様な気がしています。
 Seagullさんの言葉を借りると、意識的にバイアスをかける為のものと考えられなくも無いな?と思います。
 
 蛇足ですが、参考人質疑で、野党がひたすら「村山談話」と「政府見解」にこだわっていたのを見て、ふと記事をあげて見ました。
 あまりのこだわりは「諸刃の剣」となることを考えれば、追求や質問は、氏の論文以上に浅く、ある意味、うまく「嵌められた」のかもしれませんね。
 長い駄文、失礼致しました。
 

返信が遅くなって申し訳御座いません

■moonさんへ

お久しぶりです。再度の来訪とコメント、ありがとうございました。

>田母神氏が文民統制に反している、ということがどうも納得できませ
>ん。

前回のエントリーを書いてから時間が経ちましたが、文民統制に絡めて批判するなら、文民統制の定義をキチンとしてからにするべきだったかなぁと反省しております。正直なところ、自分も正確に理解はしていたという自信はありませんし・・・。
こういうときは、やはり論点整理と用語の定義って大切ですね・・・。

>言論の自由まで束縛されるのはいかがなものでしょうか。

言論の自由の束縛は私も反対です。田母神氏は現在は一私人となっていますから、持論の主張は自由に行って構わないと思いますし、最近の氏の言動については私は問題視していません。退職金返還も必要ないと思っています。ただし航空幕僚長という立場にあるときには、その職責に見合った言動が求められるのもまた当然かと思っています。

学校の卒業式で国旗掲揚・国歌斉唱を妨害する教員と構図は似ていると思うのですよ。思想信条の自由・言論の自由はもちろんなので、議論はあってしかるべきです。が、その職掌に相応しくない言動はやはり好ましくないと思います。

上述したような教員の言動を支持する人たちから、田母神氏の更迭を問題視する声が聞こえてこないのは変ですよね(笑)
(誤解の無いように補足すると、私は式での行動を問題視しているのであって、国旗掲揚・国歌斉唱反対を主張する自由は護られるべきと考えます。TPOをわきまえた上での話ですが。)

なお、他の保守派と思しきblogでも、あの論文のどこが問題なのかわからないけど、田母神氏の行動は評価できないという意見が散見されました。(もちろん私が訪問した範囲での話ですが)

>中国や韓国などは、その後もことあるごとに反省と謝罪、保証まで言い
>ます。これを黙って聞いているのは間違っていると思います。

あれは政治的な意味が含まれているので、どう対応すべきかは難しいところですし、中国(当時の国民党・共産党とも)にも反省すべき事項は多々あると考えています。また田母神論文にあるような、良い面?もあったのかもしれません。(これは後世の人間がとやかく言うのは難しく、それぞれの当事者がどう考え、どう感じたかが重要だと思いますが)
しかし、それをもって現地で日本がしたこと(軍に限らず、大陸に進出した企業、個人を含めて)には反省・謝罪すべき事柄が沢山あるのは、厳然たる事実です。

決して日本は悪い・悪くないの二元論で片付けられる問題ではないと思いますよ。

>自虐史観によって隊員の士気が失せることが問題なのです。

自衛隊員の士気維持は重要な問題という点では同意です。
しかし、私が根本的に疑問に思うのは、自虐史観だと士気は保てないのでしょうか?過去の日本が侵略国家だとしただけで下がってしまう程度の士気なら、その方が大問題のような気が・・・。
反省すべきは反省するからこそ進化し、その進化を誇りにするということも当然あってもいいと思うんですが・・・。
それに、現在の自衛官が護るのは日本の過去ではなく、現在と未来ではないでかと・・・。

なお、歴史観には先人の名誉の問題もありますが、話が散逸してしまいそうなので、今回は触れないでおきます。


■tonoさんへ

お久しぶりです。
私もtonoさんから頂いたコメントのようなことは考えました。
特に今回の論文の審査委員長だった渡部昇一氏の普段の主張と一部著作とに不整合があり、わざとそうしているフシが見受けられます。

(田母神氏も参考にしていた渡部氏の著作では、当時の日本の内的問題や一部軍人への批判も冷静に行っていますが、そういう日本の反省すべき面を氏が普段口にすることはないようですから)

tonoさんのおっしゃるように田母神氏がそう言う意図を持っている可能性はあるかもしれませんね。隊員の士気の問題は、組織の長として取り組むべき課題の一つですから。

ただ、あの論旨では航空自衛隊の長としてやはり不安を感じてしまいます。好・不都合に関係なく広く情報を収集分析して行動すべき組織の長が、自分の主張に沿った情報だけで論旨を展開するのは拙いのではないかと・・・、旧日本軍の各種作戦の失敗は、都合の悪い情報を軽視しがちだったことが要因の一つであることは間違いなさそうですから。。。

余談ですが、tonoさんの意図的なスタンスは私もわかっているつもりだけに、最近はコメントしづらくなりました(笑)

歴史観と士気は関係無いと思いますよ。
守るべきは現在の日本国の主権と国民の安全。
海自は旧軍の伝統を引き継ぐようなことを言っているようですけど、陸自は生まれ変わった新生組織みたいなことを言ってますしね。空自はどうなんだろう?

ただ、過去に縛られていても仕方が無いとは思いますよ。
自衛隊のカンボジア派遣で小銃は良いけど機関銃は殺傷能力が高いから駄目とか・・・ありましたよね。

イラクでもそう、宿営地に迫撃砲やロケット弾が撃ち込まれてもなんら有効な対策を取れない組織・・・(悪しき文民統制ですねw)
本来であれば発射されたと思われる地点、あるいは発射拠点になりそうな場所に夜間パトロールを出して未然に防ぐのが当たり前なんですけどね。実際はされるがまま・・・・
まぁ、自衛隊に協力的な部族が自主パトロールしてくださいましたけど・・・

ところで田母神氏の論文問題ですけど、『なぜ駄目なのさ?』ってのが感想なんですよ。

文民統制に違反している? 意見の発表まで統制は及ばないでしょうしねぇ。
自衛官であれば上から下まで統制に従うのが当たり前ですよ。
命令に対して違反行動があったわけでもないでしょ?
政府見解と自己の意見が違う、でも違っていても具体的行動は統制に従いますよ。『政府見解と異なる意見発表は禁止する。』とでも自衛隊法に明記しときますかねぇ・・・・・w


パシュッ シュルシュルシュル~~~~ ど~~~~ん
満天の夜空の下で聞いたロケット弾(たぶんRPG)の飛翔音、忘れられません耳の奥で時々思い出させるように響きます。

■WACさん(枠さん)へ

枠さんもイラクに派遣されていたのですか?
私も趣味で知り合った人の中に、イラクに派遣されていたという陸自隊員の方がいました。北海道の人です。

ところで以前に文民統制に絡めて書いたのは、ちょっと勇み足だったかなぁとは思っています。ほかの方のコメントへの返信にも書きましたけど、定義をきちんとしてからでないと、議論にもなりませんし。今さらですが正直に告白すると文民統制の定義自体、私自身いまだに曖昧なままです。

>ところで田母神氏の論文問題ですけど、『なぜ駄目なのさ?』ってのが感想・・・

私の勝手な想像ですけど、背景には、論文問題だけでなく諸々の状況を踏まえた総合的な判断として、更迭という決断がなされたものと、その後考えるようになりました

ほかになにか問題視されるようなことはなかったのかどうか、あるいは論文にマスコミが気づいて大騒ぎし、外交問題になるよりは先回りして手を打ったのか・・・そんな想像をしています。

この件に限らず、政府発表やマスコミ報道を通じて表に出てくる情報というのはごく一部でしかありませんから。それゆえ我々国民が目にすることのできる情報だけで議論しても、まったく的外れなところに真相があるということはよくあることですし。

冷静に考えても、表向きにはあの論文が政府見解と異なるから・・・となっていますが、その一点だけで幕僚長更迭という重要決定にはまず至らないでしょう。
当たらずとも遠からじ・・・今はそんな気がしています。

改めて現時点での私見を言えば、文民統制問題よりも、田母神氏の情報収集分析、判断能力にも疑問を感じます。あの論文から垣間見えるように、自身の願望に沿う情報だけで考え、都合の悪い情報を軽視・無視したまま結論を出すようでは、組織の長としての資質について政府サイドから疑問が示されていた可能性も捨てきれないかと・・・。
(※一ヶ月前とは私の意見は変化しています。)

もっとも、「そんなの関係ねぇ」発言の際に、時の防衛大臣だった石破氏から釘を刺されていますから、次に何か問題が出たら・・・という条件は付いていたかもしれませんが。

取るに足らないような一企業の懸賞論文(失礼か?w)
そんなに大問題というほどでもないでしょ?

ただ、航空自衛隊のトップがこんなことを書いてますと中韓へ御注進するマスコミの存在、そして大きな問題にしようとする勢力の存在。

じっさい中国なんかも対応に困ってたような部分もあるじゃないのww

文民統制なんて後からのこじつけに過ぎないと思いますよ。

シビリアンコントロールだの文民統制だの言っても・・・
腐った文民の統制で阪神大震災は自衛隊の初動が遅れに遅れたことも忘れるべきではありません。
この時の統制権者は責任所在も明らかにせぬまま退陣しましたしね。

■枠さんへ

>取るに足らないような一企業の懸賞論文(失礼か?w)
>そんなに大問題というほどでもないでしょ?

そうなんですよ。今になって思うのですが、アノ懸賞論文だけで更迭になったとは考えにくいかな、と。

>文民統制なんて後からのこじつけに過ぎないと思いますよ。

今回の件、たしかにそうかもしれませんね。
ただ、石破氏のblogで指摘されていたことを考え合わせると、「組織のリーダーとして不向きな人物をこれ以上放置するのは好ましくない」と判断されたきっかけにあの論文がなっただけという可能性もあるかもしれないですし。
あ、リーダーとして不向きと書きましたが、田母神氏の人格否定ではありません、どんな組織にも適材適所が求められるということです。

>腐った文民の統制で阪神大震災は自衛隊の初動が遅れに遅れたこと
>も忘れるべきではありません。

そうですね・・・。
ただ、あの時の真摯な活動こそが、国民の自衛隊への認識を大きく変化
させたことも事実だと思います。その後左翼でさえ国民に迎合したからか「自衛隊を災害救助隊に」などと言わざるを得なくなっていますから。
(極めてトンチンカンな意見だと思いますけどねw)

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