前々回、日本の夜這いの風習について書くと予告しておきながら、また脱線して済みません。次回エントリーを予告しておいていつも脱線するのは拙blogの悪い癖ですね・・・。でも、今回の田母神論文・更迭騒動について言っておきたいことが色々出て来たので、少々出遅れた感はありますが私見を記しておきたいと思います。
今回の問題にはいろいろな論点・切り口があると思いますが、最大の問題は文民統制に無理解で遵守する意識のない幕僚長が存在したことに尽きると思います。
他の論点としては、例えば一私企業の懸賞論文に自衛官が応募することが、国家公務員法第102条で禁じられている「政治活動」とみなされるのか?というのもあるでしょう。
更迭のニュースが流れたときに、私はすぐに問題の論文を読んでみました。その内容は、たとえて言うなら、「応募論文の審査委員長を務めたという渡部昇一上智大学名誉教授の歴史授業(注)を受けた学生が期末に出したレポート」程度のモノで、ほとんど自由主義史観派の受け売りに終始しているように感じました。
(注:渡部昇一上智大学名誉教授は歴史学者ではありません、英語学者です)
内容がまったくのウソとは言うわけではありませんが、都合の良い部分のみを抜き出して強引・短絡的な結論付けに終始していますね。
(それでも左派の自虐史観に対するアンチテーゼとしての価値を認めるのにやぶさかではありませんが)
ただ、何を信じようが自衛官であっても内心の自由はあるわけですし、一私企業の論文募集に応じた行為を政治活動と見なせるかどうかについては、私は当初判断を保留していました。
しかし、アパホテルのサイトをチェックして『受賞作品はすべて英訳され、広く世界に向けて発信していく予定』とあるのを見つけて、「これはアウトだなぁ」などと考えていたわけです。
そして、先日の参考人招致の報道。。。これには正直ゾッとしました。
ゾッとしたのは田母神氏の歴史認識や持論に対してではありません。そんなのは正直どうでもいい話です。航空幕僚長という実力組織のリーダーとしての資質、その職責についての自覚の無さ、そして何よりもシビリアンコントロール(文民統制)を全くわかっていないことに対して、ゾッとしたのです。
今回の騒動の最大の論点は、なんと言ってもこの文民統制にあると考えます。
田母神氏は、ご自分の立場での発言について、その意味や重大さがまるで判っていない。自分の発言・行動が部下や組織、世論、世界の日本に対する評価等について、どういう影響力を持つのか、全く客観視できていない・・・。
航空幕僚長というポストに就くには全く不適切な人材であり、なぜこのような人物が、このポストに就けたのかも気になります。田母神氏を航空幕僚長に任命したのは初代防衛大臣・久間章生氏のようですが、推薦・任命までのプロセスがよくわからないのでなんともいえませんが・・・。
ともかく田母神氏は文民統制を軽視しすぎている人物ということは間違いないと言っても差し支えないでしょう。田母神氏に浴びせられている批判に対して、それは「言論統制だ」などと論点がずれた反論をしていることを見ても、それは明らかと言えると思います。
さらに本日の毎日の記事によると、すでに石破茂元防衛相から「そんなの関係ねぇ」発言の時に次のように注意されていたといいます。
憲法改正論にまで踏み込む「田母神論文」の危うさ(1) 無視された5月の「警告」
◇石破茂元防衛相「憲法の精神に反する」
「今年5月のことです。田母神さんに言いました。『いいですか。あなたは一個人、田母神俊雄ではありません。私の幕僚です。政府見解や大臣見解と異なることを言ってはいけません。いいですね』と」
幕僚長の上官である防衛大臣の指示(命令)は絶対であるはず。たとえ内心納得できなくても、軍人(あえて軍人と表記します)であれば従わなければなりません。軍人(自衛官)とはそう言うモノでしょう?
石破氏のこのような注意を受けていながらの田母神氏最近の発言は、すでに更迭済みとはいえ、まるで反省していないとしか思えなくなります。
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今回の騒動で、次のエピソードが頭に浮かんできました。
日中戦争勃発当初、石原完爾の事変不拡大方針に、部下の武藤章作戦課長が反論して言ったという言葉。
「あなたが満州でやったのと同じことをやろうとしているだけですよ」
武藤章作戦課長は、事変勃発時「愉快なことになった」と発言したとも言われています。
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今の若い自衛官が将来、田母神氏や旧軍人のこんな行動を継承しないことを強く望みます。
自衛隊については比較的好意的な見方をしていると自覚している私でさえ、今回は本当にまずい事態だと感じられました。
(※1)
思想・心情の内心の自由は保障されているのですから、些細なことでも政治活動をしたいのなら自衛官を退職してからにしてください、と言いたいですね。
■文民統制について
文民統制は現代政治の原則中の原則、大原則です。
軍人の政治関与は、明治15年の軍人勅諭の中ですでに禁じられていました。明治憲法(大日本帝国憲法)発布よりもさらにさかのぼること7年も前から禁じられていることなのです。
この禁を破った軍人たちがかつてどういう事態を巻き起こしてきたか、田母神氏は知らないのでしょうか?
文民統制について極論すれば、たとえどのような思想内容であろうと、文民統制にきちんと従える人物ならたいした問題はないと考えます。ですから田母神氏、あるいは他の幕僚長や自衛官があのような歴史認識を持つこと自体はあまりつっこむつもりはありません。
このあたり、木走さんのエントリーがとてもわかりやすかったので紹介しておきます。。
→ 自衛隊の被統治能力・ガバナビリティが落ちているのではないか - 木走日記
■産経の報道の不思議さ
新聞の論調も文民統制の視点からの批判が中心のようですが、全国紙で唯一産経だけが田母神氏と論調をあわせているように見えます。
バカなことを言っちゃぁいけない。【主張】田母神氏招致 本質的議論聞きたかった - MSN産経ニュース
(略)
政府は田母神氏を更迭する際にも本人に弁明の機会を与えなかった。政府見解や村山談話を議論することなく、異なる意見を封じようというのは立法府のとるべき対応ではない。
(略)
産経などは、卒業での国旗掲揚や君が代斉唱について、持論こそが正義と信じてボイコットしたり妨害したりする一部教師の行為をずっと批判してきたではないですか。
内心の自由は保障されているが、その職責にふさわしい行動と自制が求められるという点では、今回の騒動と何が違うのか。
思想信条の自由を盾にして、持論を正義と信じて、その職責・立場・場所をわきまえずに行動・発言しているという意味では同じ狢とは言えないでしょうか?
■石破茂農林水産大臣の歴史認識と政治姿勢を支持したい(蛇足かもしれませんが・・・)
話はそれるが、今回の騒動で意外な政治家の存在に気づきました。石破茂農林水産大臣です。
→田母神・前空幕長の論文から思うこと(石破茂ブログ)
→文民統制(石破茂ブログ)
石破農林水産大臣のブログはコメント欄もオープンになっていて、石破氏に批判的な書き込みも目立ちますが、反対に上記エントリーに対するはてなブックマークのコメントは大多数が石橋の見解とわかりやすい説明に感心するものとなっています。
石破氏がこれほど優れたバランス感覚を持ったリアリストの政治家だったとは、恥ずかしながら私は知りませんでした。
政治家にはいろんなタイプがあるべきで、理想論を唱える議員も必要だけど、実際に政治を動かす立場にいて調整役になって欲しいのは、こういうリアリストかと。
昭和初期においてもこういう調整力を持った政治家は少なからずいましたが、いかんせん軍部の発言力が強くなりすぎた・・・。その政治的調整の過程で軍部にすり寄ったと思われてしまった政治家などは、戦後となった今、もっと再評価されてもよいのでは?と思っています。
あー久々に長いエントリーを書いて疲れた(苦笑)
※1
そう言う意味では、第一次イラク派遣で隊長を務め、現在国会議員となっている佐藤正久氏の「駆けつけ警護発言」にも拙いモノを感じましたが・・・。
■関連エントリー
・田母神論文の歴史認識とその背景
