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南京事件と慰安婦と夜這いの風習   

かつての慰安所が設置されるようになった理由として、日本兵による強姦事件が相次いだことによる対策の一つだったということは、慰安婦問題を少しでも調べたことのある方ならご存じかと思います。
また、1937年の南京事件においても、捕虜殺害や略奪行為の他に強姦事件が多数発生していたこともよく知られているかと思います。


以前にも書きましたが、盧溝橋事件があった1937年7月から1939年(昭和14)末までの約一年半の間に、軍法会議で強姦致死傷の有罪判決を受けた日本軍将兵の数は732人にものぼります。表沙汰にならなかった事件もおそらくたくさんあったものと思われます。

たとえば、南京事件当時、現地にいた二人の外国人の日記から一部抜粋してみます。

十二月十八日

最高司令官が来れば治安がよくなるかもしれない。そんな期待を抱いていたが、残念ながらはずれたようだ。それどころか、ますます悪くなっている。塀を乗り越えてやってきた兵士たちを、朝っぱらから追っ払わなければならない有様だ。
(略)
家に着くと、ちょうど日本兵が一人押し入ろうとしているところだった。すぐに彼は将校に追い払われた。そのとき近所の中国人が駆けこんできた。妻が暴行されかかっているという。日本へは全部で四人だということだった。我々はただちに駆けつけ、危ないところで取り押さえることができた。将校はその兵に平手打ちを食らわせ、それから放免した。
(略)
危機一髪。日本兵が数人、塀を乗り越えて入りこんでいた。なかの一人は既に軍服を脱ぎ捨て、銃剣をほうり出し、難民の少女に襲いかかっていた。私はこいつをただちにつまみ出した。逃げようとして塀をまたいでいたやつは、軽く突くだけで用は足りた。

南京の真実』ジョン・ラーベ P.142

それからは、日本兵の一団を追い出してもまた別の一団がいるといった具合で、キャンパスの端から端まで行ったりきたりして午前中が過ぎてしまった。南山にはたしか三回行ったと思う。そのあとキャンパスの裏手まできたとき、教職員宿舎へ行くようにと、取り乱したような声で言われた。その二階に日本兵が上がっていった、という。教職員宿舎二階の五百三十八号室に行ってみると、その入り口に一人の兵士が立ち、そして、室内ではもう一人の兵士が不運な少女をすでに強姦している最中だった。日本大使館に書いてもらった一筆を見せたことと、わたしが駆けつけたことで、二人は慌てて逃げ出した。

南京事件の日々 ミニー・ヴォートリンの日記』P.68


このようなことが毎日頻繁にあったとされていて、おそらくそれはほぼ間違いのない事実だとおもうのですが、どうにもいままで釈然としませんでした。

一部の不届き者による強姦事件として考えるには、あまりに件数が多すぎる気がする・・・。

戦争という非日常が異常性欲につながると考えたとしても、上記で引用したような、あまりに無防備というか、誰かにすぐに見つかってしまいそうなところで強姦という違法行為を行う感覚が、どうにもわからない・・・

曲がりなりにも軍人・兵士であり、武器も持ちながら、あまりにあっさり追い返される・・・。とすれば、それほどヤクザ的人物による犯行ではないような気もする・・・・。

それに、軍律違反でありながら、平手打ち・叱責程度であっさりと放免する上官・・・。

南京事件については、当時軍紀が乱れており、それは盧溝橋事件以来の急激な戦線拡大に伴って急遽招集された予備役・後備役が多かったこと、無理な行軍でストレスが溜まっていたこと、などが研究者の間ではいわれているようです。それに古今東西、戦争には強姦はつきもの(?)で、戊辰戦争の時でも起こっていたようですが・・・。
513KNKWDEDL._SL160_
現代でいえば、とんでもない非道な暴行事件となる強姦犯罪ですが、当時はいったいどんな感覚だったのか?

そこで、当時の日本人の性意識がどのようなものだったのかを知れば、なにかわかりそうな気がしてきて、読んでみたのが 『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』という本です。

昭和初期は、「男女七歳にして席を同じうせず」といわれたようですが、果たして実態はどうだったのか?夜這いの風習自体は、一部地域では戦後しばらく残っていたともいいますし。

・・・・と考えながら、この本を読み進めてみたのですが、まぁ、予想をはるかに上回る・・・・いや、何がどのように上回るかはさておき、強姦事件が多発した理由が垣間見えてきたような気がしました。

もちろん、素人の私が勝手に勘ぐっているだけなので、全くの的外れという可能性も十分にあるのですが、当時の性習慣を知った上で、上の南京事件の事例を見ると、それなりに辻褄の合った解釈ができるような気がするのです。


というわけで、次回からこの『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』を引用紹介しながら、日本人本来の伝統的性習慣についてのエントリーを書いてみたいと思っています。
現代日本人がいかに日本の伝統習俗を知らないかを思い知らされるかもしれませんよ。



■参考書籍

4062649942 南京の真実 (講談社文庫)
エルヴィン ヴィッケルト John Rabe 平野 卿子
講談社 2000-09

by G-Tools

4272520598 南京事件の日々―ミニー・ヴォートリンの日記
Minnie Vautrin 岡田 良之助 伊原 陽子
大月書店 1999-11

by G-Tools
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コメント

興味深いですね。
ただ 無理やり、そして集団で姦淫をしていたというのはちょっと当時の風俗・風習としてしまうのは、どうなのかなと思うのですね。
そこのところ 勉強したいです。

■ろーりんぐそばっとさんへ

>当時の風俗・風習としてしまうのは、どうなのかなと思うのですね。

その違和感は至極ごもっともだと思います。
なにはともあれ、次回からのエントリーもお読み頂けますと幸いです。

念のために記しておくと、擁護したりする意図は毛頭無くて、本文中にも書いたとおり「なぜ?」という素朴な疑問があるだけですので、誤解無きようお願いしますね。


なるほど

 私も当時の「価値観・常識」と言うのは重要だと思っていろいろ言っていますが、この「風習」的な観点からと言うのは、抜けていたかもしれません。
 興味深いですね。
 仰るように、良し悪し云々以前の「何故?」は非情に重要な事だと思います。

■tonoさんへ

価値観・常識というのは時代とともに変わりますからね。風習という意味でも失われたものも少なくないと思いますし、日本人は、案外昔の日本のことを知らないと感じますし。
特に記録に残りにくい「風習」、特に西洋的価値観の流入でタブー化されてしまった性についての風習は完全に忘れ去られようとしているのではないか、と。

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