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日中戦争下の日本-4 「国家総動員」がもたらした国民の地位向上   

0807

お知らせ:過去エントリ「斉藤隆夫の「反軍演説」は反軍ではない?」追記しました。
--------------

今回も引き続き「日中戦争下の日本」(学習院大学教授 井上寿一著)から引用紹介していきます。



 


戦争に伴う「挙国一致」の大義名分は、労働者がたとえばつぎのように要求することを可能にした。
それは一つには、出征兵士を休職扱いとし、除隊後は同一条件で元の職場に戻ることが出来るようにすることや、もうひとつは出征者家族の生活保障だった。
(P.109)
上記によれば、逆に支那事変以前の戦争では出征すると退職扱いとなり、出征者家族への生活保障もなかったということのようです。

労働者たちは労働組合をとおして、出征兵士に関することだけではなく、労働条件全般の改善を求めている。

たとえば、最低賃金制度に関する政府の審議委員会に、中央、地方の労働代表を参加させることである。あるいは戦時下の生産力拡充政策は、「人的資源並に国民体位保健に重大なる影響あるを以て」、二交替・12時間制採用を要求しながら、同時に労働時間の減少に伴う賃金の低下を避けようとしている。

労働者は戦争景気に浸かっていたわけではない。戦争景気によって、「巨大なる利潤、ボーナス乃至賃金を獲得せる軍需産業関係者」と「其故に大なる犠牲と損失を蒙れる平和産業関係者」との間で格差が拡大しつつあった。労働組合は、格差是正のための具体的な政策を要求している。

たとえば全日本労働総同盟は、ワークシェアの考え方を導入し、「平和産業」の失業労働者を「軍需産業」に対して強制的に雇用を割り当てることを政府に求めている。

また、「軍需産業」関係者には「時局産業特別税」を新たに設けて徴収し、あるいは公債の強制的割り当て、強制貯金令の実施などによって、所得の平準化を目指した

このように労働組合が産業別の格差の是正、所得の平準化と労働者の全般的な地位の向上を要求できるようになったのは、戦時下の「挙国一致」のスローガンがあったからである
(P.110)

このあたりは、国民が戦争に協力したと言うよりは、戦時下という時局を、不満を持つ国民の要望を政府に実現させるために利用した、と言う方が正確なような気もします。

また労働組合内で議論されたことの一つに、「亜細亜労働者の親善提携」があったことに注目しておきたい。

全日本労働総同盟は、昭和14(1939)年1月の特別委員会において、「支那に労働代表を派遣し、其の実状を調査せしめ、日満支を通ずる具体的労働政策を樹立し、相提携して新東亜建設に対処すること」を決議した。
労働者の地位向上の要求は、自国内に止まることなく、東アジア地域に拡大すべきものとなった。

ここに「新東亜建設」という言葉がでてきます。これは「東亜新秩序」声明を受けてのものかとおもいますが、労働者側にもその概念が共有されていたということなのでしょうか。

さらに重要なのは、この東アジア地域に朝鮮半島も含まれていたことである。昭和13(1938)年5月、日本労働組合総連合全国大会は、「内鮮融和運動に関する件」を決議している。

「吾国が朝鮮と合併して以来既に三十年以上になるも未だ内地人の半島民に対するに差別的の点あるを憾みとする。吾等は本大会の決議に於て工場内に於ける平等の精神と態度の宣揚を期す」。
対等な立場の労働者として連帯するために、労働者は朝鮮人に対する差別撤廃を主張するまでになっていた。

こうした内地の日本人労働者の動向に呼応するかのように、内地在住の朝鮮人の政治的な活動が活発化する。

これらの人びとは、社会大衆党の地方支部を設立し、発言権を確保しようとした。その主張は、内務省警保局の調査によれば、「一部を除きては帝国政府及皇軍を信頼し、概して良好なる傾向を辿りつつ在り」というものだった。
内地朝鮮人の政治的活動は、対等な立場の獲得をめざして、合法的で現実的なものとなっていった。
(P.111)

次回も続く予定・・・

■関連過去エントリ
日中戦争の時代-1
日中戦争の時代-2
日中戦争の時代-3(労働組合が望んだ白米食禁止と格差是正)

■参考書籍

日中戦争下の日本 (講談社選書メチエ)
日中戦争下の日本 (講談社選書メチエ) 井上 寿一

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stars戦中デモクラシー
starsなぜ民衆は戦争を支持したのか?

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以下蛇足。

歴史認識で争っている左右両派のそれぞれに意見を見ていると、昭和初期の日本国民が戦争を支持したことについて、「国がそう教育したから」あるいは「新聞が煽ったから」などで終始してしまっていることが多いように感じます。

それももちろんあるのでしょうが、それだけではないのでは?というのが今の私の近代日本史についての関心事です。

例えば現代人が、「満州は日本の生命線」という松岡洋右の主張を侵略思想と批判するのは簡単です。
しかし、当時日本ではこの考え方について激しく批判されたという記述はあまり目にしません。反対した人もいたでしょうが、賛同する日本人が多かったという記述がほとんどという気がします。

だったら、現代人が松岡のこの言葉を批判したところで、批判する人の「私は侵略(戦争)に反対なのだ」という自己満足を得られる以上の意味はほとんどないと考えます。

なぜ当時の日本人は戦争を支持したのか・・・

1929年から始まった世界恐慌と翌年に始まった昭和大恐慌、東北大凶作などの社会背景がある。
それまでの対外戦争の経験から、戦争は儲かるという認識もあったようだ。
満州に渡ったのは、農家の次男坊・三男坊が多かったという統計からは、当時の家族習慣が抱えていた問題も見えてくる・・・。

きっと他にも理由はいろいろあるのでしょう。

そういうところから、現在も続いている、そして将来新たに起こり得る戦争・紛争、そしてもっと広く政治を考える力をつけたいと思う今日この頃なのであります。

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コメント

あれまっ、自己満足ブログとはわたくしのところでしょうか(苦笑)

■やっしゃんさん

自己満足ブログ???
すみませんが コメントの意味がよくわからないのですが・・・

j.seagullさん

>現代人が松岡のこの言葉を批判したところで、……自己満足を得られる以上の意味はほとんどないと考えます。

エントリのこの部分を読んだ感想です。気にしないでください(^^

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