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外務省極秘文書「日本外交の過誤」-(2) 軍縮会議脱退、日独防共協定締結   

今回は、昭和9年(1934)のワシントン海軍軍縮条約破棄から、日独防共協定締結までの部分を転載します。


日本は、国際連盟脱退後、昭和9年にはワシントン海軍軍縮条約を破棄し(12月29日)、又、昭和11年には、ロンドンの軍縮会議からも脱退した(1月15日)。両者[英米と日本と]の国力には大きな懸隔があったのであるから、日本の国力についての現実的考慮からすれば、いずれもまとめた方が有利な話であったはずである。

こうして、日本と米英側との溝は、ますます深められ、国際的に孤立の状態に陥っていった反面、ソ連は、その国力が充実して行くと共に、国際連盟加入や、欧州方面の隣接諸国との間の各種条約の締結によって、国際的な地歩を固めて行った。

そこで、ソ連に対して利害関係の相似たドイツとの間に何等かの政治的接近の必要が唱えられるようになってきた。

ドイツの方からは、すでに昭和10年半ば頃から、非公式の打診があった。翌昭和11年日本側からドイツの意向をあらためて打診した結果、ドイツ側から具体案が提示された。

当時、外務省としては、(イ)ソ連を過度に刺激しないこと、(ロ)日独提携により列強ことに英国が不必要に不安をいだくことがないように考慮する要があり、英国との間に、日英両国に共通な諸重要問題に関し相互に隔意のない協議をなす趣旨の協定を結び、両国利害関係調整のため積極的に乗り出すこと(この第二点については、陸軍側の反対があったが、外務省は強硬にこれを主張した)の二つの観点から、ドイツの提案を修正し、結局、原案よりは相当緩和された形において協定が成立した(昭和11年11月25日)

この協定は、表向き共産インターナショナルを対象とするものであるが、別に秘密協定として、締約国の一方がソ連から挑発によらない(この文句は日本側の希望で入った)攻撃又は攻撃の脅威を受ける場合には、他の締結国はソ連の地位につき負担を軽からしめるよう措置を講じないこと(※1)という約束がついていた。

このように、防共協定締結の意図は、対ソ牽制にあり、英仏等を対象とするものではなかったが、当時すでにヒトラーのナチスドイツに反感を感じていた諸国が、満州問題も落着せず、北支方面にも着々その手をのばしつつあった日本とかかるドイツとの結合を、その表面の意図のいかんにかかわらず、政治的にいわゆる現状打破派の結合と見なすべきは当然のことであった。

翌昭和12年には、イタリーが防共協定に参加し、日独伊三国間の協定になったが、当時の国際情勢に照し(イタリーのエチオピヤ問題等)、この協定は、一そう明らかにいわゆる民主主義諸国に対抗する意味を示すことになった。これは、当時の内外の客観情勢からすれば、当然の成行であり、こうして、英米と離れて行った日本が独伊と結んでいく第一歩となったのである。

当時の外務当局が日独の協定をできるだけ色の薄いものにしようと努めた気持はわかるが、いくら色を薄めたところで、現実の政治的な意味合いには大して変わりはない。

政治的に重要なのは、協定の文言ではなく、文言のいかんにかかわらず、それが国の内外でどう受け取られるかと言うことである。

まして、ソ連ないし、国際共産勢力なるものの脅威は、当時国際的にさほど感ぜられていなかった。ソ連自身は、革命以来、第二次大戦の直前までは、少なくとも、対外武力行使に関する限り、ずっとおとなしくしていた。

コミンテルンなるものの活動も、ソ連以外のどの国でも共産革命を成就せしめえなかった位だから、国際的な対抗措置を講ずる必要があるほどの脅威とは認められていなかった。

それに反して、日独伊の方が国際的に脅威を感ぜられていたのである。

日本が中国に進出するに際しては、よく防共ということを口にしたが、それはいわば口実であり、又、一般にそう認められていた。従って、世界の非共産主義諸国の反共連盟の結成というようなことは、まったく夢に過ぎなかったわけである。

今日の世界情勢にかんがみれば、先見の明があったといえないこともないかも知れないが、果たしてどれだけまじめであったか疑問であり、又たとえ先見の明があったにしたところで、一般に受け入れられなければ、現実的には無意味である。

この協定の締結と併行して、英国との国交調整をも実施するとの方針については、、その後この問題は、取り上げられるには取り上げられたが、結局実を結ばなかった。

結局、防共協定の締結は、日本の国際的な孤立を脱却したいという感情を満足させた以外、その対外関係において何らの利益をもたらさなかったといってよい。


(※1) ソ連の地位につき・・・・・ 要するに、ソ連を間接的に助けるようなことはしないこと。


上記転載文中の※の注釈は、転載元の本『吉田茂の自問―敗戦、そして報告書「日本外交の過誤」』の著者、小倉和夫氏によるものです。



■補足・私見

軍縮会議では、建艦制の比率が理不尽であるということで、特に軍部の反対が激しく、締結時には「統帥権干犯」も問題となって日本の内政も混乱していくわけですが、著者の小倉和夫氏の指摘は興味深いものがあります。
今日の外交交渉や条約をどのように捉えたらよいのかというヒントにもなります。

日本は歴史的に見て国際条約は日本を縛る拘束とみなし、それに制約される面ばかりを見るきらいがあるが、条約は、実は相手をも縛っているのであり、相手に与える制約の効果と、こちらの蒙る制約の効果を冷静に計算することが重要である。それにも拘わらず、日本海軍は、自らの建艦量の増加に歯止めがかかる側面だけを問題としすぎていた。
(略)
今日においても、国際条約となると、ややもすると日本に対する制約という側面ばかりが問題とされやすい。核不拡散条約についても、日本の核オプションへの制約といった面が盛んに議論された。
(略)
(農業についての国際条約について)消費者利益を含んだ日本全体の利益バランスよりも、一部の生産者や一部の農業団体の声ばかりが国際交渉に強く反映されがちなのは、第二次大戦前の軍縮交渉の焼き直しの感がある。

吉田茂の自問―敗戦、そして報告書「日本外交の過誤」』P.79

また、日独防共協定の日本の目的・動機についての小倉氏の解説は次の通りです。

第一は、極東におけるソ連の「脅威」を前に、ソ連を牽制するための軍事的、政治的パートナーを持つことであった。

第二は、世界的に広がりつつあるコミンテルンないし共産主義の国際的活動に対抗し、共産主義を封じ込めることであった。

そして第三は、孤立に陥りつつあった日本の、極東及び世界における立場を強化して、中国との交渉初め国際交渉における立場を有利にしようとする思惑があった。

吉田茂の自問―敗戦、そして報告書「日本外交の過誤」』P.89

なお、転載した調書では、「ソ連ないし、国際共産勢力なるものの脅威は、当時国際的にさほど感ぜられていなかった」とされていますが、これについて小倉氏は疑問を呈しています。
1920年代以降、共産主義は、ソ連で現実の政権党となり、また社会主義政党は、西欧においても出現していた。否、むしろ第一次大戦やそれ以前においてすら活躍した社会主義の政治活動が、ソ連の共産主義やスペインの人民戦線を生んだと云える。

云いかえれば、共産主義、社会主義といった階級論に基づいて市民、労働者、農民を政治的に動員する流れは、西欧社会において定着しつつあったのである。こうした流れを、できるだけ伝統的な政治制度の中に取り込んでゆこうとするか、それとも、そうした潮流に逆らって、これをできるだけ排除し、市民を国家主義的方向に誘導してゆくか・・・世界はこの二つの分岐点に立っていた。

ここでファシズムを選んだのが日本やドイツであり、民主的な制度化の方向を選んだのが英国を初めとする国々であった。従って、日本は不真面目どころか、真面目に反共であった。

なお、この当時のドイツと組むことについては、東郷茂徳が次のような意見を具申したようですが、大勢とはならなかったようです。

ナチスドイツの行動は爆発的であり、既成事実を作ってこれを押しつけるやり方をするのでこれと協力するのは難しい。そしてヒットラーの過激な行動は、世界的動乱の源となりかねず、これと日本が結ぶことは得策でない。

吉田茂の自問―敗戦、そして報告書「日本外交の過誤」』P.90


長くなりました・・・。次回は『外務省極秘文書「日本外交の過誤」-(3) 支那事変』です。


■参考書籍
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