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昭和初期の「日本外交の過誤」   

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先日から『吉田茂の自問―敗戦、そして報告書「日本外交の過誤」』という本を読み始めました。まだ半分ほどしか読んでいないのですが、日本がなぜあのような戦争に向かっていったのかを考えるのに役に立つ良書だと思います。

日本が行ってきた戦争(特に昭和)については、たとえばA級戦犯の責任とか、あるいは軍部の暴走というだけでは決して語れないと思います。

では、なぜ日本はあのような歴史を辿ることになったのか・・・そこに関心のある方にはお薦めできそうです(・・・まだ半分ほどしか読んでいませんがw)

とりあえず、どんな本なのかを紹介するために、前書き部分から抜粋して引用しておきます。
(強調箇所は引用者による)


2003年4月、50年の眠りからさめて外務省によって公表された文書「日本外交の過誤 」は、まさに、悲劇の進行をとめられなかった、日本外交の誤りを分析している。しかも、その分析作業は、さかのぼることわずか十年か十五年前の「先輩」のやったことを、若手の政策担当者が、極めて率直に批判したものである。

しかし、この文書の真の「今日的価値」は、この一連の作業が、時の首相、吉田茂の直接の指示に基づいて行われたことにある。

とりわけ、当時、吉田自身が、講和条約を目前に控え、日本の戦後の運命の分岐点に立って、過去を見つめ直し、、将来への展望を熟慮すべき立場に立っていたことを想起しなければならない。

その意味で、この文書(以下「調書」と呼ぶ)は、歴史的文書と云って過言ではない。そして、「調書」は、あらゆる歴史的文書がそうであるように、現在の問題を解くための鍵を提供している

(P.9~)


この調書は、満州事変から終戦までの外交を、大きく八つの段階に分け、満州事変から支那事変(日中戦争)、三国同盟、仏印進駐、日米開戦、そして終戦までの各過程における外交活動を簡潔にのべるとともに、各々の時期での外交当局の認識や政策措置の誤りやその原因について論評している。

最後に「調書」は結論部分を設け、日本外交の過ちのよってきた一般的理由についてのべ、今後のあり方を論ずる。

くわえて、この「調書」には外務省の幹部、とりわけ、批判の対象となった時期に重要なポストを占めていた人々で、なお(当時)存命中の人々にインタビューを試みた結果のコメント集が付属している。

(P.18~)


■検証の今日的意味

今日、いわゆる平和憲法の改正や、自衛隊の海外派遣の是非、あるいは集団的自衛権についての議論が盛んである。いかなる事柄もタブーを乗り越えて議論されること自体は健全なことである。

しかし、今日、過去とは違ったもう一つのタブーが、静かに、しかし、深く広がっていないか。
そのタブーは、日本の過去の反省に基づく理想主義的な平和外交の理念である。多くの識者が、現実主義を説き、世界の変化を説き、日本の国際的役割を説く。
知的議論が、政策論に近づけば近づくほど知的な理想主義は放置され、現実主義的戦略論は主座を占める。

しかし、吉田茂が考え抜いた日本外交の基本路線は、極めて現実的な考慮に基づくと同時に、過去の反省に基づく理念と理想をなおざりにしないものであった。

現実的対応という合い言葉うちに、理念と理想が失われるようなことがあれば、実はそれこそ、第二次大戦前の外交の誤りを繰り返すことになりかねまい。なぜなら、満州事変以来の日本外交の誤りは

「そうは云っても現実の軍部の力を考慮すれば、しかじかの選択はありえない」、
あるいは、
「現実の中国の情勢を考えれば、武力に頼るのもやむをえない」

・・・そうした「現実」との妥協の積み重ねの結果であったからである。


今日、右(上)の文章の「軍部」を他の言葉に代え「中国の情勢」を別の国の情勢と入れかえれば、今日においても、戦前と同じような論理がまかり通っていると感じる人々も少なくないのではなかろうか。

それしか現実に選択肢はないのだ」・・・この言葉は、感情に走らず、冷静な計算と戦略によって物事を決めるべきことを諭す上では、最上の殺し文句である。

しかし、この殺し文句こそ、日本を日米開戦に追いやり、あの戦争の悲劇をひきおこした時に最も使われた文句であったことも忘れてはなるまい。

理念と計算、理想と現実の間にあって、どのような外交的選択が可能であり、またどのような勇気とどのような「ひるみ」が、どのような結果をもたらしたのか・・・それが、「日本外交の過誤」なる「調書」を本書で検証してみる真の目的である。

(P.20~)

この本については、また改めて紹介してみようと思っていますが、とりあえず今回はここまで、ということで。
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