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医学史から見た戦争と軍隊-3 自傷   

今回も、吉田裕氏の講演「医学史から見た戦争と軍隊」の中で印象に残ったところを要約してメモしておきます。
緑色文字は、私が補足した部分です。)



■自傷の問題

日露戦争時の軍医の日誌によると、自傷の話が繰り返し出てくるとのこと。敵弾にやられたという申告で診察すると、兵士の軍服から硝煙反応がでることがあるが、これは近距離から自分で撃っている。つまり、最前線から逃れるために、自分の体を自分で傷つけている。

このような例が繰り返し出てきており、1904年9月の25日の日誌には「自傷の件に付、参謀長より各隊長に通牒するところあり」とあるとのこと。

星野参謀長の談として「今回の戦闘に於ても我将校中不進の兵卒を二、三名斬殺したる後敵塁に躍入戦死したるものあるを見たり」とある。すなわちl将校が突撃という号令を出しても兵隊が進まないので、しり込みする兵隊を切り殺して突撃した将校がいたという事例もある。

それだけ戦意の低下が兵の間にあったという。

(管理人補足)
上官が突撃を躊躇する部下を殺すという話は、他の戦場でも時折目にする話です。たとえば、第一次上海事変の時に大ブームとなった爆弾三勇士について語った、『
「爆弾三勇士」のほんとのこと』という文書がアジア歴史資料センターにありますが(レファレンスコード:A06030054200)、その中には次のような記述があります。

「戦争に行かない人にはわかりませんが、一寸命令に背いたとか命令を受けて少しグズグズして居たとかで銃殺された例が澤山あります」

硫黄島決戦でも、亡くなった守備隊の中で一割は他殺という観察もあるそうです。
(戦闘死 3割、自決・注射などの処置 6割)


■自傷の見分け方

自傷の事例の研究の結果、次のような傾向が判明、以降の判断材料となった。

(1)負傷の部位は、生命に別状がなく、又じ後の生活に困らない左手の下肘部から先きが多い。-右手は皆無とはいえ胡ないが左手の場合が圧倒的に多い。

(2)自傷の場合は、銃口から負傷部位までの距離が短いために、傷口にガスが黒く付着している。-つまり、近くで、ライフルだったら恐らく足の指で引き金を引いて、撃つからここにガスが付く。

これら自傷を見破って摘発するのも軍医の仕事の一つだった。自傷を見破られた者の中には、将校もいた。

自傷行為者に対しては、一人一人裁判をして判決をくだす余裕は第一線にはないので、厳重な注意をして前線へ送り帰した。これをそのまま気の毒だといって看過すれば、部隊の士気は落ち規律は乱れて総崩れとなるのでそうせざるを得なかった。」と書かれている。


■覚醒剤

疲労対策と夜間視力増強目的で覚醒剤を使用していた例があるらしい。


・・・・・・・・・・・・・・・
おおざっぱにまとめてみましたが、いろいろな事例の紹介もまじえた講演録なので、関心のある方は、「医学史から見た戦争と軍隊」へどうぞ。

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