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沖縄戦集団自決への歴史認識 大杉一雄氏の場合   

  2008-03-05-ohsugi
3月5日の朝日新聞朝刊に、現代史研究家・大杉一雄氏による「沖縄戦集団自決」問題への認識が掲載さ れていました。

これを知ったのは、私が巡回しているブログのなかで、お二方がこの記事を紹介していたからです。

戦争を語り継ごうブログ 沖縄集団自決 客観的、冷静な歴史認識を
沖縄問題に関する二つの意見 |  天木直人のブログ

お二方とも、大杉氏の見解に「共感できる」とされていましたが、私も同感です。

朝日新聞を購読している実家に連絡して、この記事を保管しておいてもらい、この週末に持ち帰ってきましたので、ここに全文を転載しておきます。


◆沖縄戦集団自決客観的・冷静な歴史認識を

現代史研究者 大杉 一雄

沖縄戦の集団自決をめぐる高校教科書検定問題は玉虫色の決着がなされたが、なお議論は続くだろう。ここでは歴史認識の観点から考えてみたい。

   敵が上陸したら竹槍を持って軍とともに戦うか、ひたすら逃げるか、自決するか。沖縄に限らず当時の国民は不安におののき、絶望的状態にあった。1945年2月に徴兵されて北海道旭川の部隊にいた私も3月に米軍が沖縄に上陸したと知らされ、いよいよ本土決戦かと悲壮な覚悟をした。

   沖縄の小さな島を守る軍隊は援軍も期待できず、最後まで戦って玉砕する決意しかなかっただろう。一般国民にしても、米英は鬼畜であり、占領されれば男は殺され、女は暴行されると教育されていた。すぐ降伏すればよかったというのは戦後の価値観に過ぎない。

   国土が戦場となれば、住民には軍のほかに頼れるものはなく、軍に協力するのが当然であるとされた。沖縄住民の協力ぶりは「鉄血勤皇隊」や「ひめゆり部隊」などで周知のことである。戦闘に巻き込まれることば不可避であり、軍官民が一体化して敵に当たるほかなかった。

   その意味で「軍の関与」があったことは当然である。自分たちは玉砕するが、住民にはとにかく逃げ延びろという場合もあっただろうし、一緒に死のうと手榴弾を手渡したケースもあっただろう。一億玉砕を教えられていた当時の国民はそれを受け入れる精神状態にあり、それがあの戦争の現実であった。

   教科書検定についての論争はもっばら、集団自決が軍による強制=命令かどうかということだった。しかし「直接的な軍命令の根拠は確認できていない」(検定審)といわれるように、軍が強制したと一概に断定するのは難しいのではないか。命令されたという戦後の証言もあるが、遺族年金受給のためともいわれる。

   戦場の過酷悲惨な極限状況とその場における人間の心理、行動の真相を、平時になってから検証することは困難である。それでも、恐怖と絶望に駆られ、絶壁から飛び降りたサイパン島の日本住民のように、集団自決せざるを得なくなったケースは十分想像し得る。

   沖縄の人々が犠牲を悼み、現地軍の行動を非難する心情は理解できる。しかし沖縄の悲惨な歴史はむしろ、追いつめられた戦局、国体護持の精神、米英撃滅・尽忠報国・不惜身命の教育の徹底など、当時の客観的な事情を前提として、感情、情緒に陥らず、冷静に書かれるべきではなかろうか。戦前・戦中の歴史をすべて戦後の平和思想で判断しようとすれば、かえって歴史の真実の姿を見失う恐れがある。

   悲劇の責任を問われるべきは、沖縄現地軍というよりは、敗色歴然となっても本土決戦、一億玉砕を叫んでいた軍首脳部と、終戦を積極的に推進しなかった政治家である。権力の中枢にいた人々と、第一線で戦わざるを得なかった人々の責任の軽重は、厳に区別されなければならないだろう。


25年生まれ。主著に「日中戦争への道」「真珠湾への道」(いずれも講談社)。

(2008年3月5日 朝日新聞朝刊)


51wuDnN UyL 私は、大杉一雄氏の著書「日中戦争への道 満蒙華北問題と衝突への分岐点」(右)を読んで間もないのですが、当時の権力の中枢にいた者への責任追及は厳しいものがありましたが、客観的かつ緻密な分析をされる方という印象を持っています。

上で紹介した沖縄集団自決への歴史認識も、当時を知る大杉氏らしいものであると感じたとともに、私の現在の認識も大杉氏のものに近いものがあります。




   51GC8K3TQGL

大杉氏の他の著書については、コメント欄で「真珠湾への道―開戦・避戦9つの選択肢」(右)を推薦していただいていましたので、こちらも近いうちに読んでみたいと思っています。






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コメント

「強制」とか「関与」とかこんな言葉をどうだこうだ言うことはナンセンスですよね。大杉氏の話はうなずけます。歴史はやはり科学的な分析が必要であると思いますね。「一億玉砕」など、メディア、教育、そして軍部も含めてなんでそんな雰囲気に呑まれたいったのか?そうならないようにするにはどうすれば良かったのか?を検証することがはるかに大切です。そして、日本人として大切なことは、結果はどうであれ日本のために戦ってなくなったのですから、素直に「お国のためにありがとうございました。みなさんは立派です。」で良いのではないでしょうか?「軍のために死んだ。無駄死だ。」などと言うのはそれこそ理不尽です。

■fuyunekoさん

>「強制」とか「関与」とかこんな言葉をどうだこうだ言うことはナンセンスですよね

そうですね。どちらも「言葉」に過敏になりすぎ、感情的になりすぎだと思います。
対抗する勢力を打ち負かしたい一心で、冷静さを失っていますし頭堅すぎですね。
パオロ・マッツァリーノ氏が「反社会学講座」で、『どちらも偏見で頭が凝り固まっていて、昔の日本人を偉人か犯罪者のどちらかに決めつけようとして争っている』と書いていましたが、その通りだと思います。

私は左派に対してもも右派に対しても、感情的にはどちらも部分的には共感できるのですが、歴史認識や主張する「真実」についてはどちらも共感できません。どちらも感情論が先にあって、大杉氏がおそらく言外に指摘しているように、冷静さが欠けていて、事実に向き合う姿勢に問題があると感じるからです。

右派に「歴史修正主義」のレッテルを貼って反対している人たちも、所詮はアンチ右派に過ぎないレベルの人が多いことが見えてきた気もします。
一面的にしか歴史を見ることができない人が、「歴史修正主義」を批判しても、説得力が弱いです。

結局、右も左もお互いにアンチであることで自分の主張を正当化させようとしていて、事実究明は置き去りです。
そしてあの時代を生きた人たちの気持ちを忖度することもできていない・・・いや、一見、忖度しているように見えて、持論の主張に利用できる部分だけにしか目が向いていませんね。

>「一億玉砕」など、メディア、教育、そして軍部も含めてなんでそんな雰囲気に呑まれたいったのか?

このあたりを考えていくと、結局明治以降の教育に突き当たり、その思想の元となったのは水戸学?、と私の関心は幕末までさかのぼるハメになりました(笑)

なるほど。興味は尽きませんね!このヘンの議論を簡単に言うのは服装を考えれば良いと思っています。10年前に購入した服。当時はかっこよいと思ってたものが今見たら、「はぁ~」というのがありますよね。今の感覚したらありえないわけです。これを「ダサい。」と言うことはあまりにも乱暴な話です。歴史は時間を越えて鳥瞰する姿勢を忘れてはいけませんね。

>右派に「歴史修正主義」のレッテルを貼って反対している人たちも、所詮はアンチ右派に過ぎないレベルの人が多いことが見えてきた気もします。 一面的にしか歴史を見ることができない人が、「歴史修正主義」を批判しても、説得力が弱いです。

これは唐突でちょっと乱暴な印象の表明に見えますが・・。
具体的にどの「歴史修正主義」を、「批判」している誰のどこが「説得力が弱い」のでしょうか?


■fuyunekoさん

なるほど。面白いたとえですね~。
「時間のカンニングペーパー」とか「後出しじゃんけん」とかいろいろな表現を見ましたが、服装にたとえる話もアリですね。価値観や常識は常に変化しますから、レッテル貼りをする前に冷静に事実を見つめる目を持ちたいものです。


■あげはさん

コメントありがとうございます。
誤解なきよう先にお断りしておきますが、私は政治利用のために歴史を都合良く修正することには大反対です。
もちろん、「南京事件・慰安婦は捏造だ」という説は到底受け入れられるものではないと思っています。
ただし、吉見義明氏「従軍慰安婦」の一部内容について疑問を呈している(下記エントリ参照)ように、肯定派だからといってその主張を鵜呑みにするものでもありません。

http://jseagull.blog69.fc2.com/blog-entry-514.html

さて、政治的な思いこみばかりで、「事実はどうだったのか?」という考察もないままに相手に感情的に反抗しているところは、右も左も同じだと私は思っています。
「歴史修正主義反対」のバナーを貼っている方の一部にみられた、沖縄の少女暴行(?)事件についての反応は、思いこみと脊髄反射ばかりで、明らかになっていない「事実」へのあらゆる可能性を考慮できていない時点で、"左も右も同じ穴の狢"という思いを強くした次第です。

結局、アンチ右派というだけの人もおり、自分にとって心地よい(?)情報にしか目を向けない、あるいは右派の批判ばかりをしているその姿勢には疑問を感じざるを得ないのです。
事実はどうであったのかということは簡単にはわからないものですが、思いこみで断定してしまっているところは右も左も同じです。

左派だって、自分たちの政治主張に合わせて歴史を歪めていないか、ことさらに一部を強調したり、全く目を向けようとしていない事実がないかどうか、検証が必要なはずです。そういう客観的に考える姿勢がなければ、右派を批判したって説得力がない、そういうことです。

具体的に「誰」のことを言っているかは、これでだいたい察しがつくと思います。あげはさんのアンテナに登録されている中に、思い当たる人がいると思いますので。

気が向いたら、下記のエントリーにも目を通してみて下さい。

「報道に熱くなりすぎる人たち」
http://jseagull.blog69.fc2.com/blog-entry-524.html

(余談ですが、拙ブログがあげはさんのアンテナに「保守」として分類されているのは、前から違和感を感じていました(苦笑))

ご挨拶も抜きの突然の書き込みに、ご丁寧なお返事をありがとうございました。
「アンテナ」チェックされたんですね!
あの分類はてきと~なんです。きっちりやると分類項目ばかり増えてしまって。お許しください。

ところで
)沖縄の少女暴行(?)事件についての反応

への言及で、仰りたいことの趣旨はちょっと摑めたと思います。
けれど、突発的な出来事にまず感情的に反応してしまうのは、人間としてある程度仕方のないことかも。0911の時の米国人の反応を見てて、つくづく思いました。

沖縄の事件に関しても、政治的信条のみでなく、「感情的に巻き込まれやすい」生活体験(女性として被暴行や被暴行未遂の経験があるなど)の有無なども無関係ではないのでは?

ほんとにイヤらしいのは、感情に巻き込まれやすい人間の弱点に乗じて政治的に扇動しようとするテクニックだと思います。右の左の、という問題ではなく、これには警戒しなければならないですね。


■あげはさん

>仰りたいことの趣旨はちょっと摑めたと思います。

長々とくどい返信ですみませんでした。もっと端的にスパッと書けるように精進します(笑)。でもわかっていただけたようでホッとしました。

>けれど、突発的な出来事にまず感情的に反応してしまうのは、人間としてある程度仕方のないことかも。

それはもちろんそうですね。でも歴史を勉強していると、国民感情が一方向に爆走を始めた時に戦争が始まったり、事実究明が置き去りにされて多額の税金を使って無駄な政策が決まったりしています。

人間は感情の動物だから仕方のないことだとも思うのですが、冷静になって考えることのできるという、ほかの動物にはない利点もあるのですから、それを進めなければ、お猿さんの社会と大差ないともいえそうな・・・(笑)

>ほんとにイヤらしいのは、感情に巻き込まれやすい人間の弱点に乗じて政治的に扇動しようとするテクニックだと思います。右の左の、という問題ではなく、これには警戒しなければならないですね。

私もそう思います。怒りのエネルギーが政治を動かすのは確かだし、そうやって進歩・改善してきた面もありますが、上述したように事実が置き去りにされて無駄な税金の使われ方をされたり、何が最善の策なのかという議論さえできなくなったりします。
だからこそ、扇動的な報道には注意したいと思っています。

今後もまた遠慮なくコメント(ツッコミでも)してください。

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