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戦争報道に熱くなった戦前の日本人   

このエントリーは、下記の続き(のつもり)です。

1.報道に熱くなりすぎる人たち
2.報道の質と受け止める側の問題

私は、マスコミとは常に視聴率や購読部数を稼ぐためのネタ(悪く言えば生け贄を)をさがしている、と思っていますw。それゆえ、事件・事故や大きな政治問題が表面化したときは、真相が明らかになるまえにもかかわらず犯人・責任者を叩くことに余念がない、と。

同様に、大衆の支持を煽ったり、ブームを作ることにも余念がないのも、視聴率・購読部数の確保が念頭にあると思っています。そしてそれが当たると思えば、どのマスコミもいっせいに同じ方を向いて走り出す。

そして、その構図は、戦前と全く変わっていないと思えるのです。


戦前の言論統制と、それに従うしかなかったマスコミについての批判は多いけれども、それに乗せられてしまった国民の責任について語る人はあまり多くないようです。

もちろん戦後生まれの人たちには直接の責任はないけれども、歴史から学ぶべきことのなかには「報道をどう受け止めるべきか」ということもあると思います。


戦争を支持した当時の日本人

「日本がなぜ戦争したのか」というテーマで考えるときに、いちばん厄介なのは、誰かひとり、あるいは数人の責任者の問題だけとは言い切れないと感じることが少なくない、ということです。
(だから、日本の戦争責任もいつまでも曖昧なままなのかもしれません。)

確かに武力行使は一部の人間の謀略だったり、会議の結果だったりするけれども、ほとんどの場合、国民もそれを支持していたようなのです。そして、国民の支持があるから、戦争を止めるに止められなかったという状況さえ見え隠れしている時があります。


戦前の新聞の論調について言えば、確かに政府の圧力や民間右翼による不買運動もあったけれども、好戦的な論調でなければ新聞が売れなくなってしまい、背に腹はかえられないと、主張を転換してしまった新聞社があったことも確かのようです。

つまり、国民がメディアに煽られて一方向に突っ走ってしまったとき、それに追従する新聞が、さらに拍車をかけるという構図です。


明治以降、そんなことが繰り返されてきた気がするのです。
その傾向が、言論統制も加わって頂点に達したときが、真珠湾攻撃なのではないか、と。

日中戦争開始後4年も経過して国民生活もすでに疲弊し、食料も配給制に移行していたにもかかわらず、真珠湾攻撃の報に多くの日本人が熱狂したのはなぜだったのか。

18歳の、旧制広島高校の一年生であった林勉が書いている。

「その朝の授業は、鬼のあだ名で文科生に最も畏怖されていた雑賀教授の英語だった。廊下のマイクが(真珠湾攻撃の)臨時ニュースを伝えると、教授は廊下に飛び出して、頓狂な声で”万歳”を叫んだ。」

この雑賀忠義教授が、戦後広島の原爆慰霊碑の「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」の文句を考案した人なのである。

(半藤一利著 『“真珠湾”の日』 P.440)


相当な反米英感情が日本人の間に渦巻いていたからなのでしょう。 日本中で提灯行列が繰り出されたとも言われています。

確かに大正13年(1924)の「排日移民法」などもあったけれども、当時のマスコミが西洋諸国への反感を煽り、国民も煽られつづけていたという側面もあったのではないかと思います。

今でも「ABCD包囲網」で日本が追い込まれたとも言われますが、そもそもABCD包囲網」という言葉自体、当時、日本側が考えたもので、当時の連合国側には連携して日本を追い込むような条約はなかったようですし、対日経済封鎖も日中戦争や日独伊三国同盟へ対する警告の意味だったわけです。


話は少しさかのぼりますが、リットン報告書の採択に反発して国際連盟を脱退したのも、当時の日本人は熱烈歓迎しました。しかしリットン報告書に目を通せば(※)、日本と中国に対し極めてフェアな姿勢で調査・報告されており、国連脱退の決断を大歓迎するくらい日本人が怒るほどのものだったなのか、という疑問もわいてきます。

結局は、リットン報告書の内容そのものよりも、短期間で世界の一等国にのし上がったという当時の日本の自尊心が「国連何するものぞ」という意識を生み、それを煽る方向でメディアが報道していた、というのが実態だったのではないか、と・・・。



リットン報告書は、和訳されて朝日新聞他数社から刊行され、「中央公論」1932年12月号の別冊付録なっていたから一般の人が入手して読むことができました。
読めば、中国の過激すぎる反日・排日活動が組織化されて行われていたことも書かれていますし、満州から日本は出て行け、とも書いていません。


■参考書籍

4167483122“真珠湾”の日 (文春文庫)
半藤 一利
文藝春秋 2003-12

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4828413170全文リットン報告書
渡部 昇一
ビジネス社 2006-11

by G-Tools

4061598171太平洋戦争と新聞 (講談社学術文庫 (1817))
前坂 俊之
講談社 2007-05-11

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コメント

最近ネット上で知り合った人たちと会う機会があるのですが、政治家の言葉尻だけ捉えて「●●は駄目だ。」など非常に短絡的であることに驚いてます。自分が正しいとは言いません。しかし、時事問題に興味があるなら、言葉の裏にあるものは何か?メディア操作はないか?など常に疑ってかからないと思っているので、上記のような人たちばかりだと非常に危険であると感じています。また、そのような短絡的な傾向が強いと感じる人は活字メディアよりyoutubeなどの映像メディアから情報を得ている人が多い気がします。「朝日は~」とか「NHKは~」で思考停止していたら、いわゆるサヨクと同じですね。こんなことを正面だって言うと嫌われそうなので言いませんが(^^;

■fuyunekoさん

>最近ネット上で知り合った人たちと会う機会が・・・

へぇ。いいですね。私はネット歴は長い(パソコン通信の時代から)のですが、そう言う機会は未だかつてありません(^^;

>非常に短絡的であることに驚いてます。

政治・時事問題に関心の薄い人なら、ある程度やむをえないと思いますが、関心が強い人のその傾向の危うさ・弱点は、「極」がつくほど左から右までの政治系ブログを多く巡回している私も実感しています。

早い話がみんなレッテル貼りなんですよね。思いこみにも繋がりますが、認知心理学的には、その方が脳が楽で快適(省エネ)だからなのだそうです。右も左も思考パターンがそっくりなのは、きっとそのせいかな、と。

自分が絶対に正しく相手に対しては如何に反論して叩くか、ということしか頭にないから、聞く耳も持たず、相手の主張の内容を咀嚼することもしない・・・グチを言えばきりがないですが(笑)、そう言う傾向は変わりそうにないと思うので、全体的にバランスがとれていれば良し、ということでいいのかとも思います。

>youtubeなどの映像メディアから・・・

私の実感ですが、映像は文字よりも感情に訴えやすいからかな、と。感動でも怒りでも、その度合いが強いほど思考停止しやすいし。

>こんなことを正面だって言うと嫌われそうなので・・・

きっと、のどまで出かかっていたんじゃないですか?(笑)

>きっと、のどまで出かかっていたんじゃないですか?(笑)

でてました(^^;

■fuyunekoさん

まぁ、そこは言い方次第ですね~。
ネットでもどのように自分の意見を誤解されないように伝えるか、ずいぶん私も試行錯誤してきましたが、相手もセ千差万別、なかなか難しいものです・・・。

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