「多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」(カエサル)
「自分の正しさを雄弁に主張することのできる知性よりも、自分の愚かさを吟味できる知性のほうが、私は好きだ」 (内田 樹)

考察NIPPONの書斎
このブログを書く上で参考にした本の一覧。現在194冊考察NIPPON-別館明治~昭和初期の貴重な動画を集めるブログ
(考察NIPPONの別館です)

近代日本動画資料室 更新情報

RSS表示パーツ

いま読んでいる本

おすすめの本

















↑この本の関連エントリーリストはこちら





カウンター(試験設置)

TOP > スポンサー広告 > title - なぜ歴史にこだわる必要があるのか-2TOP > 歴史認識 > title - なぜ歴史にこだわる必要があるのか-2

スポンサーサイト   

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

なぜ歴史にこだわる必要があるのか-2   

4143ZFNQ57L

前回と同様、本を読んでいて、なるほどと共感した部分を。

東大准教授 日本近代史専攻の加藤陽子著「戦争の日本近現代史」のあとがき部分から引用しておきます。








 


1994年、現代新書への執筆を、当時、講談社のPR雑誌『本』編集長であった堀越雅晴氏から勧められたとき、わたくしの念頭にあったのは、山口定氏の言葉でした。

それは、「二度と戦争は起こさない」という誓いが何回繰り返されても、今後起こりうる悲劇の想定に際して、起こりうる戦争の形態変化を考えに入れた問題の解明がなくては、その誓いは実行されないのではないか、といった内容でした。

戦争責任について容易に論ずれば、「誠実を装った感傷主義か、鈍感な愚かしさか、それとも威張りちらした居直りか」になてしまうと喝破したのは丸谷才一氏でしたが(「雁のたより」)、この山口氏の静かなる提言は、たしかにわたくしの心に届きました。感傷主義でもなく、居直りでもなく、戦争や戦争責任を論ずることができるのではないか、と。

日本の近現代史をながめてみただけでも、新しく起こされる戦争というのは、以前の戦争の地点からは、まったく予想もつかない論法で正当化され、合理化されてきたことがわかります。

そして個々の戦争を検討すると、社会を構成する人々の認識が、がらりと変わる瞬間がたしかにあり
また、その深いところでの変化が、現在からすればいかに荒唐無稽に見えようとも、やはりそれは一種の論理や観念を媒介としてなされたものであったことは争えないのです。

わたくしのやったことは、いくつかの戦争を分析することで、戦争に踏み出す瞬間を支える論理がどのようなものであったのかについて、事例を少し増やしただけなのかもしれません。

歴史は、一回性を特徴としますから、いくら事例を積み重ねても、次に起こりうる戦争の形態がこうだと予測することはできないのです。

ただ、こうした方法で過去を考え抜いておくことは、現在のあれこれの事象が、「いつか来た道」に当てはまるかどうかで未来の危険度をはかろうとする硬直的な態度よりは、はるかに現実的だといえるでしょう。

(P.291~)


本のあとがきの部分だけを抜き出しても、その要旨はわかりにくいかもしれませんが、戦争が起こる原因はいつも同じではないのだから、あの時代に戻らないようにするだけでは戦争を防ぐことはできない、ということでしょう。

第一次世界大戦終結後、日本では大正デモクラシーの時代、多くの人が「もうあんな悲惨な戦争は起きない」と思いこんでいたようです。世界的にはあの時代は「Naval Holiday(海軍の休日)」と呼ばれ、日本でも、軍人は「もう用無しだから」と侮蔑されていました。家を出て軍に向かうときも、軍服で列車に乗ると一般人に馬鹿にされるからと、わざわざスーツに着替えていたという話があるくらいです。

それが、わずか20年あまりの後には第二次世界大戦が始まる51wuDnN UyL・・・。

「また戦争がはじまった」といえばそれまでですが、時代背景や開戦までの経緯はぜんぜん別物です。単に「もう戦争は起きない、起こさない」というだけではダメだったということでしょう。

大杉一雄氏の「日中戦争への道」を読んだときにも強く思ったのですが、盧溝橋事件以降の支那事変前後には、武力衝突の拡大を回避できたターニングポイントはいくつもあった・・・しかし、ほんの些細な交渉の行きちがいや、政府内人事、その他の政策とのバランスやマスコミ論調、世論などが絡み合って、その後8年間も大陸で戦闘をつづけることになってしまった。 あの日中戦争を防げていたら、対米英戦にまで至ることもまずなかったと言っても良いと思います。


これから先、どんなかたちで戦争の危機がやってくるかわかりません。でもその時になってはじめてあれこれ考えるよりも、過去の教訓を踏まえた判断ができるようにしておいた方が賢明というものです。


「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」

(19世紀、プロシアの鉄血宰相と呼ばれたビスマルクの名言)

■参考書籍

戦争の日本近現代史―東大式レッスン!征韓論から太平洋戦争まで (講談社現代新書)
戦争の日本近現代史―東大式レッスン!征韓論から太平洋戦争まで (講談社現代新書)加藤 陽子

おすすめ平均
starsいっそ干戈に及べと、皆が感じる瞬間
starsぜひ同テーマの専門書執筆を。
stars少し難しいけど勉強になります
stars前半と後半の差
starsなかなかの力作

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

日中戦争への道 満蒙華北問題と衝突への分岐点 (講談社学術文庫 1846)
日中戦争への道 満蒙華北問題と衝突への分岐点 (講談社学術文庫 1846)大杉 一雄

おすすめ平均
stars日中戦争の理解に不可欠の一冊

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

スポンサーサイト

ブックマークに追加する

コメント

過去の活用

頑なな戦前への忌避だけでは戦争は回避できない。
そして大正デモクラシーの20年後に世界大戦が起こるのなら、今から20年後に戦争になってもおかしくないということですね。同感です。

積極的で柔軟な過去の活用が、未来を見通す目を養いことにつながるのではと思っています。

■グリッティさん

北朝鮮がミサイル実験をやったときに、読売新聞が世論調査したところ、政府の制裁措置を92%の人が「支持する」と回答したそうです。
http://www.yomiuri.co.jp/feature/fe6100/news/20060707it12.htm

世論調査で90%以上というのはあまり記憶にないです。
本文の引用箇所の「社会を構成する人々の認識が、がらりと変わる瞬間」というのはこういう感じなのかもしれません。

満州事変の時は、「関東軍主催、毎日新聞後援」というくらい、メディアも煽りましたし、その後の第一次上海事変中の「爆弾三勇士(肉弾三勇士)」の時は、当時の日本人の感動を呼び、歌を募集したり義援金もすごかった・・・。この変わり様はいったいなんなのだろうか、と。
メディアに煽られ易いところは、昔からなのかもしれませんから、せめてそこだけでも教訓として広めたいですね。
アジア太平洋戦争中も、軍も戦意高揚の為にメディアを利用しましたから。

政治家には「過去の活用」を、国民にはメディアリテラシーを。

(そういえば、先週金曜日2/22は爆弾三勇士の日でもありました・・・。)
http://www.u-shizuoka-ken.ac.jp/~maesaka/021226_contents/040228_bakudannsannyuushi.pdf

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:
http://jseagull.blog69.fc2.com/tb.php/517-f7fce9ef

FC2Ad

相続 会社設立

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。