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昭和8年のゴーストップ事件(進止事件)-2   

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昭和8年のゴーストップ事件(進止事件)-1」の続きです。

前回、信号無視をした上等兵とそれを注意した警官との些細なケンカが、軍部と警察の対立に発展したというところまで書きましたが、軍が発表した声明文を紹介しているサイトがありますので、少し引用させていただこうと思います。

なんで、軍人が警官に注意されてケンカしたくらいでこんなに大事になったかというと、軍の上層部としては、

天皇陛下の赤子(せきし)である軍人を、衆人環視のもとで連行し、巡査風情(ふぜい)が殴打するとは何事ぞ

という意識なんですね。

※注: 赤子 (せきし=天皇を親とする赤ん坊という意味)



そして軍部、正確には第4師団長寺内寿一陸軍中将が発表した声明文というのは次のような内容だったそうです。


「中村一等兵は地理不案内、新たに設置された天六交差点の自動信号機に気づかず、横断せむとしたところ、巡査戸田なにがしに襟首をつかまれ、従順に交番に連行されたというに、衆人の面前で侮辱を加えられ、鉄拳で上唇部を4回、右掌で頬及び左耳を強打され、左鼓膜破られ全治し難いとの診断を受けた。

軍人の法律違反はまず憲兵に通報すべきだ。しかるに一介の巡査が勝手に暴行を加えた不法行為は、絶対に見逃すわけにはいかぬ。およそ国の大事に殉ずる兵士への理不尽な懲戒は、軍部に対する警察権力の挑戦にほかならない」

さらに、

「本事件は明白に軍人への警官暴行傷害事件である。単に偶発的な街頭問題に非ず。皇軍の威信にかかわる重大事件なり。師団は総力あげて断固なる決意で解決に当たり、責任者の処罰を要求する」

東淀川ジャーナル  ゴーストップ事件(2)より。 文中強調箇所は引用者による)


araki_sadao

当時の陸軍大臣 荒木貞夫も 「伝統ある大日本帝国陸軍の威信と名誉にかけて警察側に非を認めさせよ。絶対に譲歩するな」 と言ったそうですが、その後・・・



十月中旬から福井県下で陸軍特別大演習があり、天皇が荒木陸相へ「大阪でゴー・ストップ事件というのがあったが、どうなったのか」と御下問があった。

大あわての荒木陸相は内務省と急きょ、話し合うように指示したのである。

天皇のツルの一声で解決にこぎつけたわけだが、解決の共同声明では、警察が軍部に屈伏したことは明らかだった。

(略)

師団側は「本事件は軍部が特に意を注いで府当局の注意を喚起せし所以のものは皇軍建設の本義を宣明し軍人の特殊地位を明徴にせんとせしに外ならず」と意気軒昂だが、一方、警察側は「常に親善なる関係の下に進んできた両者の間に気まずいことの出来たのは残念に思っていましたが、円満解決をみたことは喜びに堪えず」と弱々しい。

太平洋戦争と新聞」 P.212~


と、発生から約5ヶ月後にようやくこの事件そのものは解決したわけですが、結果的に、警察(内務省)であっても軍人のすることには違法行為といえども逆らえないという雰囲気ができつつあったということのようです。


師団声明にも明記しているように、皇軍の建設のために、軍人は他の国民、警察以上の特殊な地位を持っていることを主張したのである。

交通違反を犯しても、軍人ならば許される無法状態となった。

内務官僚が軍部に屈伏してからは、国内では軍部にタテつくものはいなくなった。あとは軍部による戦時体制が着々と築かれていく。

太平洋戦争と新聞」 P.213


このような当時の風潮からか、軍人が酒を飲んで暴れても「陛下の軍人」や「統帥権」をもちだして非を認めようとしない、そんなこともあったようです。

もちろんこのような不届き者は一部の人間なのでしょうが、軍人の天皇の権威を笠にした特権意識は、日本国内のみならず占領地でも発揮されてしまったことが、アジア各地で日本への反発をうんだ一因といえるのではないかと思っています。

そのあたりについては、次回へ・・・。


なお、引用した「太平洋戦争と新聞」 の著者 前坂俊之氏のサイトにこの本の内容がそのまま掲載されています。この事件をメディアがどのように伝えたかについても記述があります。

→「ゴー・ストップ事件」 (リンク先はPDFファイルです)


■参考・関連サイト

ゴーストップ事件 - Wikipedia
おおさか百年物語129「ゴーストップ事件」(1)東淀川ジャーナル
ゴーストップ事件 / クリック 20世紀
天六ゴーストップ事件
ゴー・ストップ事件(1933(昭和8)年6月17日)
天満ながら名所圖會:ゴーストップ事件の交番


■参考書籍

太平洋戦争と新聞 (講談社学術文庫 (1817)) 太平洋戦争と新聞 (講談社学術文庫 (1817))
前坂 俊之

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コメント

軍部が怒るのは当然だと思いますが・・・巡査のやりすぎでしょう。

■moonさん

お久しぶりです。

>軍部が怒るのは当然だと思いますが・・

この一つ前のエントリーで「どちらが先に手を出したかということで、上等兵と巡査の証言が180度食い違っていた」と書きましたし、この事件についてそれ以外の知識は今のところ私も持ち合わせていないのですが、「巡査のやりすぎ」という情報をお持ちでしたらご教示いただけますと幸いです。

エントリー文末にあげた参考・関連サイトにも、そのようなことは書かれておりませんでしたし・・・。

ただ、本エントリーでは陸軍側の声明のみ引用したので、もしそれで「巡査のやりすぎ」と判断されたのでしたら、公平に双方の言い分を引用しなかった私の手落ちかもしれません・・・。

下記に警察側の「兵士の方が先に手を出した」という言い分も引用しておきます。



「信号を無視する軍人がいるので注意したところ、注意を聞かず進行して行くものですから、天六の派出所へ同行を求め注意をあたえようとすると、突然、私のアゴを突き上げ二週間のケガをさせ、その上、第二ボタンを引きちぎったのです。たとえ、相手が軍人であろうと私の職分をつくしたことに間違いない」
http://www.u-shizuoka-ken.ac.jp/~maesaka/021226_contents/heihakyoukinarigosutoxtupujiken_040420.pdf

「注意すると引き返すそぶりはみせましたが、いきなり体当たりしてきたんです。危ないぞ、あんただけやない、車と車がぶつかったら大事故になる。赤信号がわからんか。なに?わからん。よし、交番にこい、交通規則を教えてやる…とこうなりまして、交番に入ったんですわ。そしたら後向いてたとき、軍靴で思いきり背中蹴られましてん。壁に顔が当たって唇が切れました。何しやがると口論になり、もみあったことは確かです」

「中村一等兵は戸田の再三の注意に耳も貸さず、生意気ぬかすな、憲兵のいうことなら聞くが、巡査など問題にならぬと暴言を吐いた。交番では後向きになった戸田の背中を軍靴で蹴りあげ、顔面に負傷させる。よってもみあいになったが、市民の通報で憲兵伍長がかけつけ、仲裁したため大事に至らず終わった。たったそれだけのことで、軍部への挑戦とか皇軍侮辱とか、そんなばかげた事件では全くない」

http://osaka.cool.ne.jp/popli/yomi130.htm


もっとも、この事件の問題の本質は、どちらが悪いとか、先に手を出したかということではないんですけどね・・・

これはどうも、お手間を取らせました。すみません。なにせズボラなもので・・・。
本質は別のところです、確かに。

■moonさん

いえいえ、言われてみれば確かに双方の言い分を載せていなかったのも誤解を招くもとでしたから、指摘していただいて私もスッキリしました^^

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