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日本が行った戦争は、アジア諸国の独立に役立ったか   

真珠湾攻撃後の日本の東南アジア占領地の中で、御前会議で「帝国領土」と決められた地域などについて、今回は書いてみたいと思いますが、その前にひとこと。

一昨日のエントリーについて、最後まで読んでいただいた方はそれぞれ色々な感想をお持ちになったと思いますが、私としては、当時の日本を「悪く言う」とか「貶める」ような意図はありません。

また、当時の日本兵の多くが「大東亜共栄圏」を心底信じて、そのためにこの戦争を「聖戦」として命がけで戦ったことも否定するものではありません。日本兵だけでなく、日本国民、そして占領地域の一部の人達も真剣に信じていた人もいたでしょう。それが公的なスローガンだったのですから。



でも、日本の上層部はどう考えていたのか、そしてその実態はどうだったのかを把握しておくことは、歴史問題を口にするなら、おさえておく方がよいと思います。日本の言い分(一部の人たちですが)のみを声高に叫ぶだけでは、当時の日本を思い出して警戒するようになる国は後を絶たなくなると思います。いや、実際にそうなってきていると感じます。

「自衛戦争かどうか」と言うことについては、立場や解釈によって変わってきますので、それ自体を云々言ってもキリがないと思います。
アメリカが日本との開戦を望んでいたという論拠は確かに存在しますし、そういう意味では日本の最後の決断は「自衛のためだった」というのもアリかとは思っています。

しかし、そのような状況になってしまった原因は、それまでの日本の行動に大いに関係があり、日本が自ら追い込んでしまったとも言えると思います。

別途書くつもりでいますが、それまでの日本の行動を列記すれば、これで日本に対する各国の圧力が高まらなかったら、むしろ不思議なくらいです。

そして、なによりも「アジア解放のため」だったという主張には、今の私の拙い歴史知識から言っても違和感を感じます・・・。


というわけで、やっと今回の本題。


■日本の対アジア政策

一昨日のエントリーで、

『1943年の5月31日の御前会議でハッキリと「帝国領土と決定」されてしまった東アジアの地域もあるのです。 』

と書きました。具体的にはどの地域だったのでしょうか。

1943年5月31日 御前会議決定 「大東亜政略指導大綱」より抜粋します。(読みやすいように適宜編集してあります)


(前略)

・対緬方面(ビルマ)
  昭和18年5月10日大本営政府連絡会議決定 緬甸(ビルマ)独立指導要綱に基づき施策す。

・対比方面(フィリピン)
  なるべく早く独立せしむ。

・その他の占領地域に対する方策を左の通り定む
(イ) 「マライ(マレー)」「スマトラ」「ジャワ」「ボルネオ」「セレベス」は帝国領土と決定し重要資源の供給地として極力之か開発ならびに民心把握に努む。

(ロ)前号各地域においては原住民の民度に応じ努めて政治に参与せしむ。

(後略)


nanpou
上記(イ)の地域を地図で表すと右のような感じです。(地図はクリックで拡大) 
 
世界地図ぬりぬり」というネットの白地図サイトで作ったのですが、現代の国境の地図しかないので、上述した地域と若干異なっている可能性はありますが、おおむね右図のような感じになったと思います。


この文書から、ビルマとフィリピンについては「独立させる」とされましたが、(イ)の地域は「帝国領土」と御前会議で決定していることがわかりますね。

つまり、もしあの戦争で日本が勝っていれば、独立するどころか、日本の一部になった可能性が高いのです。

逆説的に言えば、日本が負けてしまったために、日本領土とならずに、その後、独立できたとも言えそうですね。

多くの日本占領地の一部の話ではありますが、これでは「日本はアジア諸国を独立させるために戦った(役だった)」とはとても言えないと思います。

「大東亜共栄圏」とは、日本がアジア地域の西欧勢力を追い出し、かわりに支配者となって統治することを示していたというのが妥当な解釈かと思います。

確かにあの戦争の後、アジア各国は独立しましたが、それはあくまでも結果論であって、「日本の戦争がアジア諸国の独立に役立った」という主張は、客観的に見れば詭弁といわれてもしかたないと思います。


■フィリピンを独立させる理由とは

なお、ビルマ独立を認めたことについては勉強不足でわかりませんが、フィリピン独立については、日本としてはそれを認めざるを得なかった、はっきりとした理由があります。

当時フィリピンはアメリカの植民地でしたが、アメリカは1934年の時点で、すでにフィリピンに対し「1946年に独立させる」と約束していたからです。すでに独立準備政府もできていて、フィリピン人大統領もいました。

そこへ日本が「大東亜共栄圏」をスローガンに攻め入ってきたわけですが、日本がいまさらアメリカとの約束はなかったことにするわけにはいきませんし。

実際に日本は、1943年10月14日にフィリピンを独立させ、民心の把握に努めますが、その後もフィリピン人の抗日活動は激しく・・・・って書き出すと長くなりそうなので、今回はこの辺で。


下は引用した「大東亜政略指導大綱」です。引用した箇所には赤傍線を引いておきました。
(元資料は、こちら。 資料閲覧にはDjVuビューア(プラグイン)が必要です)


daitoua-seiryaku-shidou1 
daitoua-seiryaku-shidou2

 

(アジア歴史資料センター レファレンスコード  B02032973300)


(しかし、3日連続でblog更新したのはひさしぶりだなぁ・・・)


☆このエントリーの続編が下記にあります。
日本の占領統治とインドネシア


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コメント

保阪正康さんの本に書いてあったのですが、昭和18年に占領地域や傀儡政府の代表を集めて行われた大東亜会議のパーティーで、会場に掲げられたアジア地図に日本が占領した地域に日の丸が立てられ、その地図について東條首相が「得々」と説明したそうです。自分の国に日の丸を立てられた参加者たちはさすがに不愉快そうだったそうです。

このエピソードを見ても「アジア開放のための戦争」は単なる建前であることがよくわかると思います。

力のこもった良エントリーが続きましたね。興味深く拝読させて頂きました。不勉強な私にはコメントのしようがありませんが、励ましと感謝の意を表したく一筆。

おひさしぶりです。

■o_sole_mio さんへ

>会場に掲げられたアジア地図に日本が占領した地域に日の丸が立てられ

それは知りませんでした・・・。情報ありがとうございます。

良くも悪くも当時の日本のスローガンは「八紘一宇」なんですよね。
一見、平和なアジアの自治を目指すスローガンにも見えますが、その大前提には「日本の天皇が治める」ということがあるわけで・・・

それでもなお、平和的なスローガンだと、思っていた時期もありましたが、それは、そのスローガンを言っている当時の大日本帝国が全体主義国家であったことを見落としていたんですね・・・未熟でした。
まだまだ勉強が足りませんので、また色々教えてください。


■ddffさんへ

ありがとうございます。
いつもddffさんのコメントには励まされていますね♪

拙ブログは、半分は自分で勉強したことを整理するつもりで書いているものでもありますが、関心を持って読んでいただける方の存在はやりがいにつながります。

今後ともよろしくお願いします

嘘を言うな

>良くも悪くも当時の日本のスローガンは「八紘一宇」なんですよね。
>一見、平和なアジアの自治を目指すスローガンにも見えますが、そ
>の大前提には「日本の天皇が治める」ということがあるわけで・・・
 正にその通りで、それは、世界に対して権威の言葉を、与えられているからです。それは、宗王家の言葉として当然でしょう。宗教をまとめる唯一の預言者ですから。

 ジャワ、スマトラ、マレーシアと日本は、基本的に同民族で、ムー王国の末裔の民族である。それは、エジプト、チリ、インカ帝国、ウィングル族、アラスカ民族、ポピーがいるアメリカンインディアン等の環太平洋文明圏は、基本的にモンゴロイド文明圏で、かってムー王国の末裔の国であり、更にレムリア文明(アスカ王国)の正統の後継の国であると。

 天皇陛下というのは、異星人から文明を学び、地球に教え説いたその古代王国の末裔でもあって、唯一世界の宗教を統一出来る宗王家であって、万世一系天皇陛下が存在する国であると。

 元々、日の丸の国であり、同民族である。神話も基本的に共有している国であって、その末裔の国であると。


 そして、盧溝橋事件以降でも、インドを救う事が第一使命であり、そのように軍事綱領が出来ている。ちゃんと教えているでしょう。大東亜共栄圏であると。だからその為の南進であり、北東アジアは、敵の共産主義革命により何百万虐殺を企んでいる事の防御でしょう。

 東条大将は、不埒のの将校がいたら、憲兵を使って注意を行い、正しめたのである。松井将軍も真面目な将軍であって、だから、重要視したのである。昭和天皇陛下の視野の狭さで、欧米に近づいたから、国内で統率が取れなくて間違った方向に走ったのが、欧米派海軍の太平洋戦争攻略である。だから、大義がなかったのではない。素直に孝明天皇陛下の勅語で動いただけである。


 そして、中国が、日本国民に対して猟奇殺人や強姦などを起こしたのであって、だから、その征伐が、基本的にある。その意味の南京攻めもあった事は事実だけど、日本人が行った訳ではない。ただ一部の不穏分子がいて、上司の言うことを聞かない。それは今の日本だって同じだし、部下の失敗は、当然、管理失敗で許されない事だった。それは松井大将の日記にも書かれている内容だし、そして、藤井氏の論文は、偽りが多いことでも有名であるが。

南京大虐殺の虚構
http://www5b.biglobe.ne.jp/~nankin/

「南京大虐殺は嘘だ」
http://history.gr.jp/~nanking/


お久しぶりです

■忍さん

1年半ぶりぐらいですな。あの時は”愛”と名乗っておられましたが。
相変わらずのご様子で^^;

まぁ、ユニークなご意見ですので、このままにしておきます。
敢えて私から申すことはございません。
何を言ったところで、忍さんが「確証バイアス」のループから抜け出せることはなさそうですし。

でも

でも日本はアジア諸国に技術をおしえたがアメリカはただつくった物を売ってるだけ

■山下さん

はじめまして。
ネットでよく見かけるテンプレ通りのコメントありがとうございます
(^^;
私も以前は山下さんのように考えていたときもあったんですけどね・・・。

よろしければ下記エントリーも是非お読み下さいませ・・・。

日本の占領統治とインドネシア
http://jseagull.blog69.fc2.com/blog-entry-498.html

ビルマ独立は英国インドへの圧力という見方もあるようです。

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