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支那事変時の軍紀の乱れの特徴   

cover1


このエントリーは、「支那事変勃発から一年半で732名も」の続編です。

今回も、昭和15年(1940)の陸軍省文書「支那事変ノ経験ヨリ観タル軍紀振作対策」からの引用です。
 
軍紀の乱れについて、その特色を記した部分を今回は引用しておきます。




 

二.支那事変間に於ける犯罪、非行の特色

支那事変間に於ける犯罪、非違の件数は国軍総兵員数の激増せるに比すれば其の増加率は必ずしも大ならさるも 軍紀犯は平時の数倍に達し 就中(なかんづく)軍紀上最も忌むべき上●暴行脅迫同侮辱犯激増し、逃亡、掠奪、強姦、賭博等の悪質犯及び経理上の非違行為多発し、幹部の犯罪非行亦少なからざることは其の特色とす

而(しか)して犯罪の件数は時日の経過と共に漸増の趨勢を来し黨興上官暴行、用兵器上官殺害などの悪質犯発生せるは特に注意を要する所なり

元の文書のカタカナはひらがなに直しました。また判読できない部分は●で示しました。
一部、括弧内に読み仮名を追記しましたが、私が読めなかった部分は放置してあります(苦笑)

こういう昔の文章は慣れないと非常に読みづらいですが、それでも、犯罪が増えて軍紀が乱れていったことは読みとっていただけるかと思います。

この文書では、さらに具体的な犯罪非行の特色についても言及されています。
個人的に気になる部分は赤字にしてみました。


三.前項の他、犯罪非行防遇上留意すべき主なる事項左の如し

  1. 犯罪非行者の大部は事件生起当時飲酒を伴いあること
  2. 悪質犯罪は招集者特に後備役予備役の者に多きこと
  3. 事変地に於ける犯罪非行は敵前の者には比較的少なきに反し警備勤務者及後方勤務者に多きこと
  4. 事変地に於ける犯罪非行は戦闘直後駐軍間に多発し移動間特に戦闘間は少なきこと
  5. 事変地に於いては住民に対し徒に優越感に駆られ生起する事犯多きこと
  6. 内務の実施不確実に基因する事故多きこと
  7. 事変長期化に伴い
     イ.犯罪、非行悪質巧妙化の傾向あること
      ロ.現役者の事故漸増の傾向あること
      ハ.駐留長期に及ぶや特に物欲犯増加の傾向あること
      ニ.戦闘倦怠、凱旋希望、軍隊生活厭忌に関する要注意言動多きこと
  8. 気候不順の地に於いては精神錯乱に基因する事故発生しあること
  9. 事変地より帰還せる軍人、軍属の要注意事故少なからざること
  10. 軍服を着用せる軍人軍属の自粛自戒を要する非行多きこと
  11. 軍機保護、防諜観念の欠如に基づく事故多きこと


文中に出てくる「後備役」「予備役」について、ご存じない方のために下記に辞書から引用しておきます。

予備役
    現役を終えた人が一定期間服した兵役。非常時にだけ召集されて軍務に服した。
後備役
    もと軍隊で、現役定限年齢に達した者、または予備役を終えた者の服した兵役。
※三省堂提供「大辞林 第二版」より)

ちなみに、司令官だった
松井石根自身も事変勃発前は予備役でした第二次上海事変勃発を機に軍務に復帰したのだそうです。

盧溝橋事件第二次上海事変以降の中国 国民党軍はそれまでと変わって本気で日本に反撃してきたため、日本軍側の被害も甚大なものとなり、一旦は兵役を終えた予備役・後備役の人が急遽召集され、戦線に送られたようです。通常の兵役でしっかり訓練された若い兵達に比べ、突然召集されたこれらの人達は、仕事も持ち、所帯を持った人も多かったようですが、どうも、これらの人達が問題を起こすことが多かったことが上記の文書から見て取れます。

あと、気になるのは1.の飲酒と、5.の住民に対する優越感ですね。5.については、中国人に対する蔑視と言い換えられるかと思います。


これらの軍紀の乱れは、中国人の民心の離反を招きますし、治安悪化にも繋がりますから、軍としても見過ごすことは出来なかったのでしょう。これが、
昭和十六年に東條英機の名で全陸軍将兵に示達された『戦陣訓』に繋がったと思われます。

戦陣訓』というと、「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を遺すこと勿れ」の部分ばかりがクローズアップされますが、そもそもは、この軍紀の乱れをただすためのものだったのですね。

戦陣訓』の作成背景については、いつもコメントを下さるくわっぱ上等兵さんが「【戦陣訓】 作成者・白根氏の回想録」というエントリーを書かれていますので参考にしてみて下さい。


あと、念のため引用した箇所の原文を下記に貼っておきます。 クリックで拡大します・・・が、それでも読みづらいですね・・・(^^; 元の文書は、下記の参考リンクtokusyoku 先にあります。
tokusyoku2
tokusyoku3 

続きのエントリーは以下へどうぞ。

南京事件を批判して自決した軍人がいた
南京事件の「皇軍」に対する当時の日本人の嘆き
南京事件論争についての私見



■参考リンク
・アジア歴史資料センター

教育指導の参考資料送付の件 (大日記甲輯昭和15年)
     レファレンスコード「C01001825800」
教育指導参考資料送付の件 (昭和16年 「陸支密大日記 第59号」)
     レファレンスコード「C04123563200」(活字です)

■参考書籍

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コメント

トラックバック頂きまして、ありがとうございます。
また、小生の記事をご紹介くださり、少々照れますな・・・(。-`ω-)ヾ
デヘヘ
しかしまあ、こういった問題点っていうのは、姿形を変え現代にも存在しているのかもしれませんな。
過剰なまでの精神訓を必要とし、国民教育の支柱となった背景には、それ相応の理由があったということでしょうか。
まさに“日本精神はすでに崩壊していた”という、真崎甚三郎大将の言葉が思い出されます。

なんか、解るような・・

>事変地に於ける犯罪非行は敵前の者には比較的少なきに反し警備勤務者及後方勤務者に多きこと
>事変地に於ける犯罪非行は戦闘直後及駐軍間に多発し移動間特に戦闘間は少なきこと
・要は進軍・戦闘状態や敵前では犯罪非行どころの騒ぎではないと言うことでしょうか?
 私はまだ死に直面したことも無いので、所詮高見の推測ですが、戦闘直後というのは、当然周りで死んだ戦友が居るであろうし、たまたま生き残った自分も次の戦闘では死ぬかも知れないという状況ですね。
 凛として自暴自棄になるなと言うのは簡単ですが、私は出来るかなぁ?自信がありませんが、この辺りは『悪質犯罪は招集者特に後備役、予備役の者に多きこと 』と言うのも同じでしょうか?兵役を終えてやっと安泰な暮らしに戻っていたのにという気持ちは当然有るでしょうから、血気盛んに「お国の為に!」志願した若者とは脳内を巡る要素の量が違うでしょうね。
 戦争と言う物は、人間から理性をジリジリと削り取り、生き物化していく要素があるようですね。

返信が遅れてすみません・・・

■くわっぱ上等兵さん

拙ブログからリンクを貼ったところで、ほとんどクリックされませんし、もともと拙ブログの読者も少ないので(^^;くわっぱ上等兵さんのブログへのアクセスは増えていないと思いますが(笑)

真崎甚三郎についてはほとんど知識を持ち合わせていないのでわかりませんが、今の私のつたない知識の中で考えるならば、日本精神をぶち壊したのは明治維新と維新の志士たち、明治の元勲ではないか?という印象を持っております。

「勝って官軍」となったからこそ「維新の志士」などともちあげられますが、所詮は自分たちの主張のために手段を選ばず京都や江戸で乱暴狼藉を働き治安を乱して住民を震え上がらせた、テロリストたちですし。
戊辰戦争での非道ぶりといったら・・・
岩倉具視(or伊藤博文)の孝明天皇の暗殺説もいまだ根強いようですし。

戊辰戦争で賊軍となってしまった会津藩や徳川慶喜のほうがよほど伝統的な日本精神を持ち、巧みな外交で諸外国からの圧力から無私無欲でで日本を守ったと思えています。
(例によって話がそれましたが(笑)、左側に張ってある「勝ち組が消した開国の真実」はおススメです、はい)


■tonoさん

>志願した若者とは脳内を巡る要素の量が違うでしょうね。

私もそう思います。しかも、盧溝橋以降の大陸での戦闘は、大儀がなかったわけで、国民も兵士も何のために戦争しているのかわからない状態なわけですから、現役兵でさえ士気はそれほど高くなかったようです。
日露戦争のころ、あるいは大東亜戦争末期の、日本の存亡の危機感を感じていた兵とは、大違いであったというのも、あながち的外れな指摘ではないと思います。

>戦争と言う物は、人間から理性をジリジリと削り取り、生き物化していく要素があるようですね。

そうですね。だからこそ、近代では過去の悲惨な戦争の反省から、戦争における国際法を作ったり、戦争犯罪を規定して一般市民への影響を少なくする努力は当時から行われていたわけで・・・。それでもかつてなかったほどの大量動員に対し、憲兵の数は話にならないほど少なかったようですので、軍法会議で有罪となった732人というのは、やはり氷山の一角なのでしょう。


それにしても、やられたほうにしてみればたまったものではありません。
中国、そして世界に反日機運が広まったのも当然かと・・・。
イラクのアブグレイブ刑務所での米兵による捕虜虐待が問題化して反米・反戦機運が高まるのと構図は似ているかと思います。
当時の世界の報道では、誇張など多少のプロパガンダはあったかもしれないが、それでも大陸での戦線拡大は紛れもない事実・・・。
兵站軽視の日本軍による現地住民からの食料などの徴発も、日本軍が撤退しない限り止りませんし。

それでも日本軍は力任せに、大儀もないままどんどん大陸での支配地域を広げていく・・・・中国もがんばるが、国家存亡の危機であり、西欧などほかの国にも助けを求める・・・西欧諸国が日本に経済制裁を行う・・・それでも日露戦争の勝利、満州事変成功などで図に乗って独善的になった日本は戦闘をやめるどころかヨーロッパ侵略実行中のドイツと同盟まで結び、連合国と敵対する道を選ぶ・・・ますます経済制裁される・・・ドイツにやられたフランスが弱体化していてちょうど良いので仏印進駐して資源確保・・・経済制裁と長引く日中戦争で日本国民の生活が窮乏しているのに、それでも戦争をやめない日本・・・・そして逆ギレして・・・

またまた話がそれましたが(汗)、これが現在の私の認識でございます。まぁ、いろいろ知識を吸収して、いろいろ考えて、これからも認識は変わっていくかもしれませんが、一年前の私とは大違い (苦笑(^^;)

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