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「パール判事の主張」の追記の追記   

※このエントリーには、さらに続編があります。

パール判事についてさらに追記


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
先日の「パール判事の主張」というエントリーの最後の方で、紙屋研究所さんからの孫引きで、中島岳志著「パール判事―東京裁判批判と絶対平和主義」の中から、次のような一節を引用させて頂いたのですが・・・

パールの息子であるプロサント・パール。東条英機をはじめとする日本の戦争指導者を美化する映画『プライド』が彼の「心を傷つけ、憤らせている」とインドの新聞「インディアン・エクスプレス」は報じた。 「父が渾身の力を振りしぼってまとめ上げた判決書を、自分の政治的立場を補完する材料として利用しようとする者への怒りは、きわめて厳しかった


これについて、きち@石根さんが上記で出てくる新聞「インディアン・エクスプレス」の原文とその日本語訳を提示して、中島岳志氏がいいかげんであり、「全く意味・背景、違う」と指摘されていました。

詳しくは、きち@石根さんの「パール判決を貶めたい勢力」というエントリーに書かれていますが、要約しますと、プロサント・パール氏が怒りを感じていたのは、映画『プライド』は、当初はパール判事を中心に描くと聞かされていたのに、出来上がった映画は、東条英機が中心となっており、「話が違うじゃないか」ということだった・・・とのことです。

たしかに、「インディアン・エクスプレス」の当該記事を読むと、きち@石根さんが指摘するような内容になっており、中島岳志著の本からの引用部分「自分の政治的立場を補完する材料として利用しようとする者への怒り」ではなかったようです。

それを知って、私も「ひょっとして中島岳志氏がプロサント・パール氏の意見を曲解した可能性があるのでは?」と思い、先日の「パール判事の主張」というエントリーに、8月24日付で追記したのですが・・・。

その中島岳志氏の「パール判事―東京裁判批判と絶対平和主義」がamazonから届いたので、該当部分を先に読んでみました。以下に、紙屋研究所様さんが引用されていた部分の前後を含めて丸ごと引用してみます。


(P.294~)
息子の怒り

1998年6月6日。
インドを代表する新聞『インディアン・エクスプレス』紙に「父の名のもとに裏切られた息子」 この「息子」の名前は、プロサント・パール。1996年の来日時に同行したパールの長男である。

記事は、次のように始まる。

今、一本の映画が東京で上映されている。戦中の日本の総理大臣・東条英機の生涯とその時代を描いたものだ。そして、この映画が、六五歳のあるカルカッタ人の心を傷つけ、憤らせている。

[Indian Express 1998.6.6]

東京で上映中の映画とは、「プライド-運命の瞬間」のことである。

プロサント・パールは、当初、映画関係者などから「パール判事とその判決がメインの映画を作りたい」という企画を提示されていたという。晩年の父に付き添い、その熱い思いをきいてきた彼は、「パール判事」の業績や考えを後世に伝えることを、自分の義務(ダルマ)と考えていた。そのため、日本から押し寄せてくる映画関係者を温かく迎え、父の想いをじっくりと伝えた。

しかし、出来上がった映画は、東条英機の生涯が中心で、父とその判決は二次的な扱いだった。父の判決が、東条の人生を肯定するための都合のいい「脇役」として利用されていることに、彼は納得がいかなかった。

彼は当初の企画が変更されたことなど聞いておらず
、すぐさま抗議の手紙を書いた。

日本側窓口の田中正明から返ってきた手紙は「大衆へのアピールを映画会社が優先した」というものだった。プロサント・パールにとって、それは「屈辱的な裏切り行為」以外の何ものでもなかった。 

[Indian Express 1998.6.6]

彼は、父が中心の映画と、東条が中心の映画では、その性質がまったく異なることを見抜いていた。父は日本の戦争を擁護しようとしたのではなく、一法学者として「法の正義」を守ろうとしたのだということを、息子である彼は強く訴えたかったのだろう。耳障りのいいことばかりを口にし、それをあっさりと反故にする日本人を、彼はこの時ばかりは許すことができなかった。父が渾身の力をふりしぼってまとめ上げた判決書を、自分の政治的立場を補完する材料として利用しようとするものへの怒りは、きわめて激しかった。

インドの新聞では、日本に対する好意的な記事が目立って多い。そのような中で、プロサント・パールの悲痛な訴えは、多くのインド人に衝撃を与えた。


えーっと・・・。中島岳志氏は、プロサント・パール氏の意見を曲解などしていないことがわかりましたね。インディアン・エクスプレスの記事を歪めることもしておりませんでした。

と、いうことで、紙屋研究所様さんが中島岳志氏の「パール判事」から引用した部分に対するきち@石根さんのツッコミは、残念ながら(?)的外れだったようです。きち@石根さんはこの本を読んだのかなぁ・・・。

対象となるものをきちんと読まず(?)に、一部分だけを取り上げて批評すると、それは的外れなものになってしまうという例を見てしまったような気がします。

でも、歴史問題について色々な本を読んだり調べたりしていると、こういうことって割と多いんですよね・・・。そのたびに「あれ?」って思うことも多くって、そういうことを繰り返して、私のスタンスも一年前とはかなり変わってきているところがあります。

まぁ、私もこのブログで、書籍から一部を引用して紹介することが多いので、読んで頂いている方が誤解してしまっている可能性はかなりあるかもしれません。(^^; ですので、拙ブログで読んだことは、決して鵜呑みになさらないように(笑)

結局は自分で納得いくまで調べるしかないかなぁと思います。


パール判事については下の2冊を読み比べてみると面白いかも知れません^^
田中正明氏の方はだいぶ前に読みましたが、中島氏の方は、上述したように入手したばかりですので、どのような差があるのか楽しみです。



※更に追記エントリーをアップしました(2007/9/17)ので、こちらもどうぞ。

ご無沙汰です & パール判事についてさらに追記




パール判事―東京裁判批判と絶対平和主義
中島 岳志
4560031665


パール判事の日本無罪論 (小学館文庫)
田中 正明
4094025065
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コメント

ネタ元の信頼性も慎重にご考慮を

はじめまして、こちらの記事に興味を抱きましたので、少々書かせていただきます。

他所の記事を取り上げる際には、まずはその情報源の「信頼性」も考慮に入れる必要があるのではないか、と老婆心ながらご助言申し上げます。

こちらで取り上げていらっしゃる「きち@石根」というサイトは、かつて「アインシュタインの予言」という、根拠のない捏造「予言」を撒き散らし、その結果ネット上での信頼を大きく落とした「実績」があります。

詳しくは下記などをご参考に。
http://ameblo.jp/disclo/entry-10013327332.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%AE%E4%BA%88%E8%A8%80
http://ilovenippon.jugem.jp/?eid=158
http://alberteinstein.seesaa.net/

■ 傍観者A さんへ

はじめまして。コメントありがとうございます。

「アインシュタインの予言」問題、そういえばありましたねぇ。

私は「世界の偉人たちが贈る日本賛辞の至言33撰」を読んでいて、その後朝日新聞の記事で「?」と思って、ネットでいろいろ調べたことがありました。
そのときは、いまや詐欺疑惑が取りざたされている某てっ○氏が、雑誌「改造」に出ているからあとで引用するというようなことを書いておきながら、結局そのままになってしまっていたような記憶があります。

今回のエントリーで、きち@石根さんblogをネタ元としたのは、ほかではほとんど触れられていない、インディアン・エクスプレスへのリンクと訳があったからです。(実はその訳にも問題があるのですが、それはまた今度・・・)

「ネタ元の信頼性」という意味では、私は、最近はネット上の情報は全部といってもいいくらい「眉に唾」して見ていますよ。もちろんWikipediaも例外ではありません。

でも、たとえきち@石根さんが、以前にそういうことがあったからといって、切り捨てたり、まったく信用せずに全否定するのは、それも、もったいない話だと私は思います。

たとえば、きち@石根さんがインディアン・エクスプレスへのリンクを貼ってくれなければ、当該記事が今もネットで読めることには気づかなかったわけですし。また、きち@石根さんの意見はそれはそれで、「こういう見方もあるんだなぁ」と捉えればよいだけの話で、賛同するかどうかは別問題です。きち@石根さんのところにコメントされている方たちは、インディアンエクスプレスの記事を引用したことで、信頼度高と判断されているようですけれども・・・。

ご理解いただけるかどうかはわかりませんが、私は自分のエントリーで「わざと」こういう書き方をしています。

「こういうトピックがあって、調べたら、こんな話が出てきた。でももっとよく調べたら、また違う話がでてきた。さぁ、どう判断するか?それとももっと調べる必要があるか・・・」読んでいただいた方に、それぞれご自分で考えてみてほしいと思うところです。
ですので、拙ブログで読んだことも鵜呑みにしないように、と、書いています。

ネット上の情報は安易に鵜呑みにしない方が良い。自分で調べれば違う視点の見方も出てくるし、知らなかった(隠された)情報もでてくる。だから、自分の耳に心地よい、共感できる意見・情報だけを妄信するのは、危ないし、それは思考停止だよ・・・・それが、私がこのエントリーで訴えたい「真意」なんですよ。

きち@石根というブログは、メディアリテラシーを気取って返り討ちにあったイイ例ですね(^^

この方々は何処の国の方々なのか、疑問に思う事が最近はつとにあります。
日本人であるにも関らず、日本人としての歴史観を持てない方々には悲哀すら感じます。
他国に色塗られた歴史観がいかに国益を損害しているかに気付いていません。

現代の価値観や倫理観で過去を観てはいけません。
赤穂浪士を、御年寄りを殺害したテロリストと断ずるのに似ています。

>ブログ主様
はじめまして。エントリー非常に興味深く読ませていただきました。
情報を提示した上で安易な結論を簡単に導き出さないブログ主様の方針はなかなかできるものではないと思います。
今後のエントリーを楽しみにしております。

>Kamuri様
言論が独り歩きすることへの危惧という点では同意しますが、原文や中島岳志氏の著作を読むと、パール判事の長男の抗議は単なる「パール判事が主役から脇役になったこと(企画変更や約束の反故)」ではなく、そのことが「父の判決が、東条の人生を肯定するための都合のいい「脇役」として利用されていること」に対するものではないのですか?

もちろん、「紙屋研究所」さんの引用が前後の文脈を欠いた不十分なものではありましたが、文章の趣旨を無視した印象操作的な引用として、より問題があるのは、パール判事の長男の抗議を「主役がパパじゃなきゃヤダ!」レベルの卑近なものにしてしまった(またはそのように解釈されうるものにした)「きち@石根」さんのブログだと思いますが…。

>にっしゃん様
「日本人としての歴史観」とはどういうものですが?
この歴史観を定める主体は国家ですか?国民ですか?
主体が国民であり、国民が歴史観を作るのだとすれば、それは不断の先行研究批判と実証を続け新たな学説、歴史観を生み出している現在の状況そのものに合致しませんか?
「自由主義史観」もこの先行研究批判と実証に基づいているわけですし、
より実証性の高い証拠があれば歴史観は書き換えられるわけですから。
特定の時期の歴史観を切り取って、それを不可侵のものにすることは左右ともに許されないことだとは思います。(もっとも、特定の時期の歴史観を称揚し続けたのは朝日を中心とした左翼マスコミですし、そのことに対する反省もないことは腹立たしい限りですが)

主体が国家であるならば、今の日本国政府は「様々な異論はあるが、サンフランシスコ平和条約第11条に基づき東京裁判を受諾する」と述べていますが…?
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/qa/09.html
これは自由主義史観でさんざん批判の対象となっている「東京裁判史観」になりませんか?
そもそも、「国家には国民の歴史観を公定する権利がある」としますと、日本以外の他国が、自国に都合の良い部分のみに基づく歪んだ歴史を国民に教育することを認めざるをえないのではありませんか?
そうなると、中国や韓国のアレな歴史教育に何も言えなくなりませんか?
中韓には歴史観の公定権がなく、日本にはあるとすれば、二重基準になりますし。
意見をお聞かせいただけると幸いです。

「現在の歴史観で過去を裁いてはいけない」という主張は納得できる部分もありますが、この理論を一律に適用すると、欧米の植民地化に伴う多くの蛮行(原住民の虐殺など)をも正当化してしまいますが…。
自由主義史観では、この点はどのようにお考えなんでしょうか?
小林よしのり氏(自由主義史家の間でどういう位置づけなのか、そもそも彼は自由主義史観の持ち主であるのかはよく分かりませんが)は著作の中で、16世紀以降の欧米の蛮行を声高に非難していますが。
「これは二重基準にならないのかな?」といつも疑問に思います。
意見をお聞かせいただけると幸いです。

改めて時間を置いてみると、私の先の上から議論を吹っ掛ける嫌なコメントですね…。
気分を害された方、特にブログ主様、Kamuri様、にっしゃん様にはすみません。

最後になりますが、長文コメントに続いて、連投申し訳ありません。
チラシの裏ではないのだから、己の頭を冷やしてきます…。

返信が遅くなり申し訳ございません

■やっしゃんさんへ

自分もいつかやらかすかもしれませんので、気をつけたいところです(笑)

■にっしゃんさんへ

はじめまして、コメントありがとうございます。

>日本人としての歴史観・・・

それって一体どういうものでしょう?
史実を明らかにし、歴史を鑑として、より良い日本を作っていくための歴史観でしたら、おっしゃることには同意いたしますが・・・。
自国の反省すべき歴史を見ようとしない、過去を歪曲する一部の日本人が、本来無用な外圧を生み、いかに日本の国益を損ねているかということに、気づいていないとも言えませんかね・・・?

>現代の価値観や倫理観で過去を観てはいけません。

それには同意しますが、歴史を鑑として今後の日本のあり方を考えることを忘れてはならないと思います。そのためには、「昔の日本人がそんなことをするはずがない」とかいう願望は排除して真摯に見つめることです。
それは、貶めたり、批判することとはぜんぜん違いますので。


■gennbunさんへ

はじめまして。コメントありがとうございます。

>情報を提示した上で安易な結論を簡単に導き出さない・・・

ありがとうございますm(__)m
でも、自分は無知で優柔不断なだけに、結論を出すのにためらっているだけです(^^;
過去の苦い経験もありますし・・・(苦笑)

自分の書いた文章を後から読み直して反省することは私もしょっちゅうです(笑)
コメント送信時に”Pass”のところにご自分のパスワードを設定しておけば、あとから再編集、削除も可能ですので、ぜひまたいらしてご意見を聞かせてくださいまし。
また、いろいろな方に寄せていただくコメントに長文が多いのは、どうやら拙ブログの特徴になりつつありますので(笑)、長くてもどうか気になさらずに(^^)

>ブログ主様
お返事&ご指摘ありがとうございます。
"Pass"ですか。最近のブログは便利な機能があるのですね…。
早速使わせていただきます。本当にありがとうございます。

印象操作うんぬんですと、中島岳志氏のブログのコメント欄が少々
熱くなっているようです。
ttp://www.indo.to/log/nakajima/?itemid=880#more
これを見て、久々に『戦争論』を読み返しましたが、思っていた以上に、小林よしのり氏はパール判事に関する引用に関して、引用元の思想を歪めないよう配慮しています。(少なくとも私はそう感じました)
今の右派論壇でのパール判事人気の震源は、おそらく田中正明氏、小林よしのり氏だと思いますが、伝言ゲームの要領で、パール判事の発言が、色々な人の口を経る中でどんどんあさっての方向へ向かっていったのかもしれませんね。

>伝言ゲームの要領で、パール判事の発言が、色々な人の口を経る中
>でどんどんあさっての方向へ向かっていったのかもしれませんね。

「ハルノートだされたらモナコやルクセンブルク云々」
ていう有名なセリフがその典型でしょうね。
なぜか「国際法学士パールの見解」になってますが、
これはアメリカの歴史学者が言ったことが元ネタで、
先ず弁護人がこれを引用し、パールが再度引用しただけなのに・・・。
しかもこのアメリカの歴史学者は日米交渉についてそれほど
精通していなかったようです。
言ってみりゃ「ふ~ん、アメリカの外交って強引だねぇ」という
ぼやきレベルのものが元ネタであるわけで・・・。

まぁもちろん、当時の日本憎しに沸いてたアメリカ人や
パール判事の口から出た見解と言うことの意味は小さくありませんが。

あらららら・・・

今度、エントリーで書こうと思っていたことそのものズバリを、gennbunさんとクロソさんのお二人に見事に先に書かれてしまいましたぁ(笑)

■gennbunさんへ

中島岳志氏のブログはフィードの配信をしていないので、更新されたかどうか自分からチェックしにいかないとわからないので不便です(^^;
見たら、またコメント欄が伸びていましたね。
小林氏の批判に答えていたので、どんな批判をされたのか、先日久々にSAPIOを買ってしまいました。私は小林氏の『戦争論』は読んでいないのですが、田中正明氏の方は以前に読みました。
昨日からやっと中島氏の著作を読み始めたので、田中氏の著作もそのあとで読み返してみたいと思っています。


■クロソさんへ

「ハルノートだされたらモナコやルクセンブルク云々」 が元々A.J.ノックという歴史家の1943年の著作からの引用というのは、私もつい最近知りました。拙ブログをWikipediaのラダ・ビノード・パールの「ノート」で紹介してくださった方がいまして、その「ノート」の議論の中で指摘されていたので・・。

たしかにガンジーを敬愛していたというパール判事が、「・・・矛をとるであろう」というのは、おかしいですよね。パール判事がどのような趣旨でA.J.ノックの著作から引用したのか、その前後の文脈を知りたくなってきました。





>Kamuri様
お返事ありがとうございます。Kamuri様の発言の意図は分かりました。
私は、原文を読んだ上で(second fiddleなどといったキツイ言葉も含まれていたので)、パール判事の怒りの背景には「主役から脇役への変更」のみならず「父の判決が、東条の人生を肯定するための都合のいい「脇役」として利用されていること」があると考えたので、上記のようにコメントしたわけですが、確かに「解釈」と言われてしまえばそうですね。

>事の経緯や記事の内容・文脈が提示されてこそ
紙屋研究所さんのブログには引用元のページ番号も書いてありますし、きちんと元資料に当たれば、事の経緯や記事の内容・文脈は分かるので
この点に関して、私の解釈ではそこまで悪質でもないかなぁ…といった感じです。
ただ、元資料にきちんと当たらないで批判や意見を寄せる方は、右派左派問わず、ネットには残念ながらうようよいますので、Kamuri様の考えも分からなくはありません。
Amazonレビューやはてブでも「読まずに書いたな…」と思わずつぶやいてしまうようなものは、私もよく見ますので。
「引用主は出典を明らかにし、読む側は出典に当たらずに安易に評価を下さない」といったlことを守り、精進していきたいものです。

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