「多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」(カエサル)
「自分の正しさを雄弁に主張することのできる知性よりも、自分の愚かさを吟味できる知性のほうが、私は好きだ」 (内田 樹)

考察NIPPONの書斎
このブログを書く上で参考にした本の一覧。現在194冊考察NIPPON-別館明治~昭和初期の貴重な動画を集めるブログ
(考察NIPPONの別館です)

近代日本動画資料室 更新情報

RSS表示パーツ

いま読んでいる本

おすすめの本

















↑この本の関連エントリーリストはこちら





カウンター(試験設置)

TOP > スポンサー広告 > title - 従軍慰安婦・南京虐殺がなかったと思っている人へ-1TOP > 従軍慰安婦問題 > title - 従軍慰安婦・南京虐殺がなかったと思っている人へ-1

スポンサーサイト   

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

従軍慰安婦・南京虐殺がなかったと思っている人へ-1   

たいそうなエントリータイトルを付けてしまいましたが、別に決定的証拠があるとか、そういうお話ではありません。議論が尽きないこの問題をどのように考え、捉えたらよいかというテーマでの愚考です。

どちらの問題についても、私は本を2、3冊読んだ程度の知識しかなく、まさに初心者にも満たないレベルです。もしも論戦を挑まれたら、きっと私はあっという間に論破されます(笑)

前置きはさておき、いつもコメントをくださるhaloさんが、先日、とてもためになるお話を書いてくださいました。

一部引用させていただきます。(haloさん、ゴメンナサイ)


以前、私は知合いに「解決しない状態や、わからないという状態に、慣れろ」といわれたことがあります。(中略)すぐ結論に飛びつくのをやめて、試行錯誤を必要とするケースもある、というような意味でした。

人間なら(というか私は)、もやもやするグレー領域を脱出して、白黒はっきりさせたい願望があると思うんですけど、そういうとき、自分が共感できる主張を何かで見つけるとそれなりの満足感が得られるので、自分でよく調べもせずにそれに傾倒してしまいがちです。でもそれも、結果ありきの考え方なのかな?と思いました。


歴史の問題というのは、大変に複雑であり、その事実にたどり着くのは大変な作業です。それゆえに安易な結論に飛びつくのは避けるべきだと思っています。

過去エントリー「元日本兵 伊藤桂一氏が記した慰安婦 -1」でも書きましたが、「なかった」と言い切っている人に対しては、「全てを見たわけでもないのに、なんでそこまで言い切れるん だろ~?」というのが以前から感じている私の素朴な疑問です。

「あった」という説がそれまで主流だったこれらの問題を、「なかった派」に転向させるためには、それまで「あったとされる証拠や証言」を、論理的に否定しなければならないと思います。でも、冷静にいろいろな否定説を読んでみても、納得できる論説に私はまだ出会ったことがありません。

例えば、南京虐殺否定派の「当時はどこも報道していなかった」という主張がありますが、残念ながら知らなかったのは日本の国民だけで、世界中で報道されていたという事実があり、しかも、昭和9年(1934)の内務省警保局長からの「外国出版物ノ取締ニ関スル件」という通達によって、数多くの南京事件に関連した外国出版物の発禁処分がなされたという証拠が、1938年1月の「出版警察報 第111号」に残っているという話もあります。(※「太平洋戦争と新聞」 P.333)

同時に、このことによって、「当時はまだ検閲がなかったのだから、報道がなかったということは、そんな事件など存在しなかったのだ」という主張も、成り立たないことが明白となります。

また、いくらアイリス・チャンの本がでたらめでも、「証拠写真」として通用するものは1枚もなかったとしても、それらの検証は、本質的には事件の存否には因果関係がなく、数多くの証言を覆すことにはならないと思います。

中には、「証言は証拠にならない。私はあなたに100万円貸しました。これは証拠になりますか?え?」などという無茶な書き込みをネットで見ることがありますが、、「証言は証拠にならない」のなら、警察の犯罪捜査なんてなりたちませんってば。

問題はその信憑性とか、多角的に検証して誤謬がないかどうかを判断すれば、十分に証拠になると思います。ただし、人間の記憶は曖昧なものですし、被害の証言は時として共感を得たいがために大げさになりがちな傾向(ドラマタイジング・イフェクト)がありますから、ある手度は割り引いく必要もあると思います。

では、この複雑で厄介な問題について、結論を急ぐことなく考えていくのには、どのようにしたらよいのか?

それを考える上で、大変参考になる本に最近出会いましたので、次回、引用してご紹介したいと思います。


おまけ:
結論を急いじゃった人の例(動画です。8分過ぎあたりから南京問題答弁)

動画はめんどくさい、という方はこちらの議事録で「南京」「慰安婦」でページ内検索を。

このエントリーの続き。

従軍慰安婦・南京虐殺がなかったと思っている人へ-2

■参考書籍







前坂 俊之 / 講談社(2007/05/11)

Amazonランキング:128531位
Amazonおすすめ度:










谷岡 一郎 / 文藝春秋(2000/06)

Amazonランキング:900位
Amazonおすすめ度:










マイクル シャーマー, Michael Shermer, 岡田 靖史 / 早川書房(2003/08)

Amazonランキング:45580位
Amazonおすすめ度:




スポンサーサイト

ブックマークに追加する

コメント

やっぱり読む本、聞く話が偏りすぎると疑う心なく信じてしまうものですね。(´ω`)私もそうですが・・・。

>さきさん

さきさんより、ずぅーーーーっと年上の人たち(含、自分。あ、いや、ちょっとだけ年上(笑))でさえ、鵜呑みにしてしまう人がきっと大半だと思いますよ。人間だから仕方ないですが、意識しているかどうかの差は大きいと思います。

メディアリテラシー・リサーチリテラシー等の講義があったら受けてみるのも良いのでは?さきさんの学校なら、きっとそういう講義がありそうな感じがします。
(^^)

ためになってよかったです。

こんばんは。結論に飛びつくまえに考えよう(ちょっと待て自分!みたいな..)って頭でわかっていてもなかなか難しいんですよね。次のエントリ楽しみにしてます。

在ったことをどう捉えるか

私も此処では、色々勉強させられます。
先の「海の記念日」で半世紀+1割も生きているのに・・・・・
私の頭の中で「慰安婦」は在る程度纏まって来つつありますが、「南京」は色々資料を(考察NIPPON大資料室の物も、、)読んでいけば行くほど纏まりません。
 ただ、またひとつ知らなかった事が新たに解りました。
 「上からの命令で、とにかく殺した」の類の証言と「女、子供も手榴弾を持っている、兵隊がやられた、という情報があった」等の証言群です。
 私が「虐殺」の定義(基準)としている、「無抵抗の非戦闘員の惨殺」で、外国の報道も「市民も婦女子も殺された」という物があり、これが「虐殺」とされています。 
 で、特攻の時のように我が身をその場に無理やり(そう無理やりです)置いて考えてみました。
 イラクに行く自衛隊に「まず声をかけろ威嚇射撃をしろ撃ってきたら撃て」等を机上で侃々諤々言っていた議員達が居ましたが、誰が考えても現場を知らなすぎると言うか、想像する意志すら感じません。 
 私が、兵隊を預かっていて「婦女子にも更衣兵が居て兵隊がやられている」という情報が在ったときに、敵地の中、市民の集団とであった時にどうするだろう?
 部下に「ひとりひとり持ち物検査をして・・・・・」と命令出来るだろうか?  「もしもひとりでも手榴弾を持っていれば、多くの兵を失う」
 「兵が躊躇すればやられる可能性は高まる」
 記事を書いた外国人記者には、この心配はありません。
 当時は双方宣戦布告もしていないです。何故かは此処では書きませんが、実際命懸けで実戦を行っていたのは支那と日本なのです。狙われるのは日本兵です。撃ち合いの流れ弾とは本質的に違います。
 「皆殺し命令」とその実行だけを取り出せば、極悪非道の虐殺ですが、行き過ぎがあったとしても「過剰防衛」の範疇には入らないのかな?
 更衣兵を送った時点で、ある意味私の「虐殺」の定義は非常に狭くなってしまいます。自ら「兵隊・軍隊」の範囲を拡げてしまった訳ですから。
 これを防止するはずの物が「非戦闘員の殺戮禁止」であり「更衣兵の禁止」であったはずです。 
 ご理解頂けると思いますが、虐殺が在ったとか、人数がどうとか言うのではなく、現場にいたら、自分の命もさることながら、多くの将兵の命を預かっていたらという面から、見方のひとつとして「無理やり」考えて見ました。
 私ならどうするか?
 臆病者なので皆殺しにするか、臆病者なので皆殺しに出来ないか・・・
 やはり、現場に居ないので、、、、、解りません。

 またしても、長文・・・失礼足しました。

>tonoさん
何を主張されたいかよくわかりませんが
南京関連の資料に目を通して話をしてますか?
そうは思えませんが。


一つの個人的見解

私は「慰安婦」は間違いなく「居た」と考えています。これは歴史認識に於いて議論の余地の無い珍重な「事実」であり「真実」です。

また、「南京虐殺」は「遭った」と考えています。これも「事実」であり「真実」と思われます。

但し、「従軍慰安婦」は「居なかった」し、「南京大虐殺」は「政治的プロパガンダ」であり「巷間言われているような事実は無かった」という認識に今は落ち着いています。

ですから、現状、「近・現代史」に興味のある私としては(だからこそ“j.シーガルさん”に出逢えたのですが…)上述の問題に関して考察を加える時は、「何故虚偽の事実を声高に叫ぶ人たちが居るのか?そしてそのことを信じる人達が居るのか?」、また「戦争(争い)の惨劇・悲劇そして功罪とは?」に観点が移っております。

以上「一つ(一人)の見方(見解・見識)」でした。

>haloさん

勝手に引用してしまって済みませんでした。でも、大事なことだと思ったので。時には頭の中で別の自分と闘うことも必要ですよね。
私が時々「目眩がする」と書いているのは、だいたいそういうときです^^


>tonoさん

最近、拙ブログの右側カラムに「南京事件・慰安婦問題資料リンク集」というのを設置しました。特攻の動画のすぐ下です。
私は、ホントに素人なんで、(ブログサブタイトルも「歴史のど素人が」を最近追加しました(笑))、こちらからご覧になった方がよいかも知れません。ただし、膨大な資料です。
一応、バランス(?)をとるために、肯定派・否定派両方乗せています。どちらの論理展開に無理があるか考えるのもよい頭の体操になりそうですよ(笑)

頭の中を整理してまとめるには「南京事件FAQ」がよいかも知れません。

全然、いただいたコメントへのRESになっていませんね(汗)

なお、私は捕虜の殺害についても、相手が無抵抗の状態で、裁判手続きもなしに処刑したら、私刑であり、ハーグ陸戦法規違反だと捉えています。
あとは、南京に住んでいた人たちにとって、日本軍の行動はどのように映ったのか・・・そのあたりも考えていきたいところですね。

あと、業務連絡(?)です
tonoさんのコメントの後に書き込んでいただいたFXさんが、tonoさんに問いかけていらっしゃいます。


>FXさん

はじめまして、書き込みありがとうございます。
tonoさんの書き込みについてのコメントのようですので、私の方からは控えさせていただきます。(他のエントリーでもコメントいただいていますし)
ただ、拙blogのコメント欄では、これまで、他の有名blogのように、BBS化したことがありませんでしたので、他の方のコメントにまで目を通しているかどうかは、ちょっとわかりません・・・。一応呼びかけだけはしておきましたが。


>あすなろおじさん

いつもコメントありがとうございます。
「従軍慰安婦」か「慰安婦」かは私はあまり問題視はしていません。当時はなかった言葉でも、後付で出来た言葉で語られていることは歴史上沢山ありますし。当時はなかった言葉を使えないとなると、「江戸幕府」や「鎖国」も使えなくなってしまいますしね。

「南京虐殺」か「南京大虐殺」かについては、30万人というのは今の中国のある学者でさえ、「学術的な根拠がない、政治的な数字」と解釈しているようですし、何を基準に"大"をつけるかというのはあまり意味のない論争かと思います。

>「何故虚偽の事実を声高に叫ぶ人たちが居るのか?そしてそのことを信じる人達が居るのか?」

この「声高に叫ぶ人たち」には私も興味があります。
でも、もしかしたら、あすなろおじさんと違う人たちをイメージしているかも知れませんし、同じかも知れません(?)

このあたりは、今後のエントリーで書いていこうと思います。

ぜひ、また御意見くださいね。

>業務連絡?

>あと、業務連絡(?)です
 tonoさんのコメントの後に書き込んでいただいたFXさんが、tonoさんに問いかけていらっしゃいます。
・業務連絡ありがとうございます。(゚∀゚)アヒャ
 FXさんのコメントは読んだのですが、j.seagullさんのブログなので、答えるにしても短く、ご迷惑をかけないようにと考えていましたが「業務連絡」があったので返答させて頂きます。
 
>FXさん
>何を主張されたいかよくわかりませんが
 南京関連の資料に目を通して話をしてますか?
 そうは思えませんが。

・文章が下手で申し訳ないです。
 問いの答えになるかどうか解りませんが、
 まず、資料については、僅かしか読んでいません。
 本では3冊くらい、後は南京関連のブログにある「引用図書(リンク先も)」を数十点は読んでいますが、同一図書多かったりなので、まあ膨大な資料の極一部だと思います。
 主張については、このコメントには書いていませんが、元々「虐殺」の定義に拘っていたので「30万人大虐殺」は政治的数字であり、総戦死者ならともかく、私の「虐殺」の定義では、実際には「無かった」と言うことは前提としてあります。
 しかし、多くの婦女子を含む非戦闘員と思われる人が日本軍に殺された事は事実として有るだろうと言う事も認識してきました。
 私の読み違いだったら、マヌケな話ですが、兵隊の証言を集めた物の中に、
 「支那人はみんな殺せ」の類の命令が「あった」とか「直接聞いてないけれどそうらしい」等の証言があった様に記憶しています。
 また、別に「女、子供も手榴弾を持っていて、兵隊がやられたとも聞いた」と言うのもあった様に記憶しています。
 俗に言う「更衣兵」が多く存在したと言うのもあったと思います。
 理屈では「非戦闘員」と「ゲリラ」は分け無ければいけないのでしょうが、そもそも、「殺さなければ殺される」戦場で、元々支那人に対する不信感に満ち(理由は更に昔に戻ることになるのでしょうが)、市民の中に兵隊が紛れ込んでいるという情報の中で、何処までが虐殺で何処までが戦闘行為(正当防衛/過剰防衛も含む)なのかの線引きが、今のところ少ないように感じたのです。
 私は戦争体験はありませんが、健在の両親は体験しており、想像以上に「戦争」は異常な世界のようで、常々「体験せねば分からん」と言います。
 全員が、現在人権派の弁護士の常套句である「心神喪失状態」にあったのかもしれません。
 今殺される心配のない私は何とでも言えますが、時の流れを止められずに瞬時の判断が要求される現場での行為を、どう評価して「虐殺/戦闘行為」に分けるかも、もう少し語られて良いように思ったわけです。
 文章が下手で申し訳無いですが、僅かでも理解して頂ければ幸いです。
 最後に、私はまだまだ勉強が足りませんが、先にも書いたように「プロパガンダ」は否定しますが、殺される心配の無い我々が「有った事実」を考察していくことは勿論、大変重要なことだと思っています。
 j.seagullさん、長々と場をお借りしました。
 ありがとうございました。

正確には、「南京での戦闘があった」が正しいはずです。

南京で起きた事件が虐殺なら、
全ての戦闘が虐殺になります。
もちろん、世界中の軍隊が、です。

虐殺と戦争の議論も大事ですが、
日本への虐待行為と脅迫行為は最も気をつけるべきです。

戦争につき物としての、ある程度のやむをえない現実的対応の中での虐殺や、慰安婦などはあった可能性はありますが、しかし日本軍だけが中国軍やソ連軍米軍以上に突出してひどいことをしたとは思いません。
そういうなかにあって、日本だけが謝罪を求められるのは納得できませんし、またそれを主張するのは彼らの戦略でもあるわけですから、虐殺の事実があったのだから謝罪するというのは間違いであると思います。

>tonoさん

とても丁寧で冷静なコメントありがとうございました。
歴史上の一つのできごとを調べる上でも、色々な視点で考察してみることは大切なことだと思います。tonoさんからいただいたコメントは、日本軍兵士がどんな気持ちだったのか、どんな精神状態だったのか、にポイントをあてたものと解釈しております。


>FXさん

こういうテーマで話すときには、持っている知識も情報もバックボーンも人によってそれぞれ違うと言うことを大前提にすることが必要だと思います。
立て続けに3つほどコメントをいただきましたが、どれも、「(自分は知っているのに)この人はこんなコトも知らないのか」という本音が見え隠れしているように思います。
南京や慰安婦の話になると、すぐ感情的に「もっと勉強しろ!」と言い捨てていく人をよく見かけますが、そんな言い方をされて素直に「もっと勉強しなきゃ」と思う人は普通はいないでしょう。それはただの言い争いで、お互いに感情を害するだけで、情報や知識の交換すらできず、まったく生産的ではないでしょう。
人の意見や感想は、自分には見えなかった視点に気づかせてくれるものとして尊重すべきというのが私のポリシーです。自分より多く知っているとか知らないとかは関係ありません。
再び来訪していただけるかどうかはわかりませんが、次にコメント頂く際は、できれば上述したようなスタンスで書いて頂ければと思います。


>せ~ちんさん

「南京での戦闘があった」これは疑いようのない事実です。だけど、戦闘行為とは言えない事件の証言が、中国人からも、日本兵からも沢山出ていることは無視できないと思います。

>日本への虐待行為と脅迫行為は最も気をつけるべきです。
それはもちろんそうなのですが、南京であった事件から目をそむける理由にはならないと思いますよ。たとえ今の中共がどんな戦略を描いていようと、歴史の事実を解き明かすこととは関係しません。
南京の事件については、勉強すればするほど、「なかった」と主張する言論人達の矛盾や、都合の悪い証拠の無視、強引な解釈、歪曲が見えてくるものです。

私も、日本人がそんなことをしたと思いたくはありませんし、一時は「本当はなかったんじゃないか?」とも思ったこともありましたけども、「なかった」とはとても言えない、というのが今の私の解釈です。


>bonさん
はじめまして。コメントありがとうございます。

>日本軍だけが中国軍やソ連軍米軍以上に突出してひどいことをしたとは思いません。

気持ちはわかるのですが、それはあくまでも「願望」であって、歴史を知ろうとするときにバイアスがあったり予断があってはいけないと思います。
当時の日本の社会風潮や中国蔑視感情を考慮すると、残念ながら、虐殺行為があっても、さほど不思議ではないと思えるようになってきました。

例えば「なかった派」は、なぜだか通州事件をよく引き合いに出しますが、あの事件と似たような惨い事件が、日本国内でも起きています。関東大震災の時の朝鮮人殺害がそうです。調べればわかると思いますが、通州事件の時と似た手口が出てきます。
なので、「日本人がそんなことをするはずがない」とは言い切れないと思うのです。
私だって信じたくはないですが、数多くの証言・証拠に対して、「なかった派」の論理はあまりにも弱すぎます。

私が思うに、日本が謝罪を求められているのは、過去に行ったことではなく、それをなかったことにしようとする日本の一部言論に対してなのではないかと。
それが一部のおかしな学者や言論人だけだったらまだしも、国会議員の中にまでその影響が及び、余計な広告まで出すものだから、火に油を注いでいるのではないか、と。
そうだとしたら、いつまで謝罪を繰り返さなければならないのか?という疑問も崩れますよね(かつて、わたしもそう書いたことがありますが・・・)
いったんケリが付いたものを、相手の感情を逆撫でするように蒸し返してしまったのかもしれないんですよ。

もし、南京虐殺や、悲惨な目にあった従軍慰安婦が事実だったらどうしますか?
光市母子殺害事件の弁護団に怒りを感じませんか?拉致をなかったと言い張っていた北朝鮮に怒りは感じませんか?
日本の「なかった派」が同じコトをしている可能性は、絶対にありえないと思われますか?
もし、そうだとしたら、無用な外圧を招いて日本の国益を損なおうとしているのは・・・。
それがあるから、なかったと思っている人に「結論を急ぐな、もっと慎重に」と、言いたいのです。

本当になかったのなら、それでもよいかも知れませんが、私が勉強した限りにおいても、「なかった」と主張する人達の説は、論点ずらしばかりしていて、強引で、まったく理論的ではないという印象です。

あと「日本だけが謝罪を求められる」と仰っていますが、アメリカも戦時中の「日本人収容所」についてだけは、レーガンが謝罪し賠償も行っていますよ。

慰安婦はいたけどそれは民営であって
国が一般の韓国女性を無理やり慰安婦にしたのでは無い
と色んな書籍を総合的に読んで思ってます。
勿論民営の慰安婦は日本軍についてまわって仕事してますから
色んな面での関与はあったとされてますが・・
(衛生面や慰安婦を守ると言う意味で)
問題はそういう歴史的問題が現在の韓国内の反日の材料にされたり
日本に対し外交のカードに使われる事なのではないでしょうか
そこら辺はどうお考えなのでしょうか?

トコ様
私の理解では日本軍が行っていたことは、別に日本独自のシステムではなくどこの国の軍でも同じだったという認識です。ご存知かとは思いますが、日本占領の際に最初に米軍が日本政府に要求したのが、慰安所の設置です。また、ベトナム戦争時では慰安所で客が居るとき兵士が無防備になるので、入り口で別の兵隊が護衛に当たったと言われています。これも軍の関与と言えば、関与ですよね?

問題はやはり日本政府が「謝罪」してしまったことに尽きるのではないでしょうか?外交では謝ったら終わりです。本来謝るなら、占領時の強姦などの犯罪行為だと思います。(ソ連軍のベルリン陥落時なんか酷ったらしいですよ。)

返信が遅くなり申し訳ございません。

■トコさんへ

はじめまして、コメントありがとうございます。

>慰安婦はいたけどそれは民営であって・・・

中にはそういうところもあったことは確かですが、慰安所はほとんどが軍の要請によって設置されたこと、募集、管理(性病、売り上げ管理etc)、そして慰安婦輸送まで軍がかかわっていたことは、証言のみならず各種公文書で明らかですので、「民営」とはとてもいえない、というのが今の私の認識です。
「総合的に」読まれたとのことですが、他の立場で研究された書物も読んでみたらいかがかでしょう?ネット上にもいろいろありますし。

一番のお勧めは、下記のエントリー最後のリストにある政府研究資料です。
http://jseagull.blog69.fc2.com/blog-entry-459.html

トコさんが把握されている情報だけで「慰安婦とはこうだ」と結論を出すのは、まだ早いと思いますし、それだけで政治的意見を固めるのも早計だと私は感じました。もちろんそれがこのエントリーの主旨でもあります。

>問題はそういう歴史的問題が現在の韓国内の反日の材料にされたり・・・

私もそう考えていた時期もありましたが、そのように喧伝しているのは、一部の右派論壇であり、実態はそれとは異なるというのが、今の私の認識です。

韓国も慰安婦問題をやや誇張して利用している感じも無きにしも非ずですが、怒りのベクトルが慰安婦問題を矮小化しようとしている一部の日本人たちに向いていることも、ぜひ考えてみてください。

むしろ、慰安婦問題を矮小化しようとしている一部の日本人たちの行動が韓国に外交カードを渡して、日本の国益を損なっている・・・私はそんな気がしてなりません。


■fuyunekoさんへ

>日本占領の際に最初に米軍が日本政府に要求したのが、慰安所の設置・・・

産経の古森記者の誤報(というか、おそらく捏造)によって、RAA設置は米軍が日本に命令したと思っている人が多いようですが、実際には内務省「外国軍駐屯地における慰安施設に関する内務省警保局長通牒」によって日本が自主的に設置したようですよ。しかもこの通牒は玉音放送の3日後、8月18日です。この通牒の原文をまだ見つけられていないので、あえて断定はしませんが。。。

古森記者の問題や、RAAについての参考リンクなどを・・・
http://dj19.blog86.fc2.com/blog-entry-69.html
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%BC%EC%B0%D6%B0%C2%BB%DC%C0%DF%B6%A8%B2%F1
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E6%AE%8A%E6%85%B0%E5%AE%89%E6%96%BD%E8%A8%AD%E5%8D%94%E4%BC%9A
http://jseagull.blog69.fc2.com/blog-entry-438.html


管理人様

コメントありがとうございます。真実を探求することは難しいですね。どちらが正しいか?自分なりの結論はまだ得られていませんが、今後情報収集には常に疑ってかからないと再度思いました。

証言だけじゃ警察でも検察でも証拠にはなりませんよ。
他の証拠との関連性、証言によって明かされる秘密の暴露が無いと証言としては乏しいですね。
あくまで利害関係者の証言ね。
まったくの第3者が証言したのなら有効でしょうけど。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:
http://jseagull.blog69.fc2.com/tb.php/457-d49e0a8b

投降した日本兵を裁判なしに殺すのは合法らしい(小室氏の論法だと)

青狐さんとこ経由で知った数学屋さんのエントリhttp://d.hatena.ne.jp/khideaki/20070709 小室氏によれば、戦争における最高責任者は、降伏を申し入れる権限を持っているということだ。降伏というのは、単に勝ち負けを判断するということだけではなく、降伏して捕虜とな

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。