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硫黄島決戦と竹槍事件   

前々回のエントリーで硫黄島決戦の話がありましたが、それで「竹槍事件」を思い出したので触れておこうと思います。戦時中の東条英機による言論弾圧事件と、そのとばっちりを受けて極めて理不尽な理由で、激戦地・硫黄島に送られた250人の話です。

---
戦局が悪化する一方の大東亜戦争後半、陸軍は本土決戦、一億玉砕を唱え、女性から子供まで竹槍訓練を実施しました。私の母も子供の頃に竹槍訓練をしたそうですが、それを批判した記事が1944年2月23日の毎日新聞朝刊第一面の真ん中に掲載されたそうです。その記事とは・・・


 


勝利か滅亡か、戦局はここまで来た。竹槍では間に合わぬ。飛行機だ、海洋航空機だ

『太平洋の攻防の決戦は、日本の本土沿岸において決せられるものではなくして、数千海里を隔てた基地の争奪をめぐって戦われるのである。本土沿岸に敵が侵攻してくるにおいては最早万事休すである。・・・・・敵が飛行機で攻めてくるのに竹槍をもっては戦い得ない。問題は戦力の結集である。帝国の存亡を決するものはわが海洋航空兵力の飛躍増強に対するわが戦力の結集如何にかかって存するのではないか。 』

本土決戦、女性から子供まで竹槍主義で一億玉砕を唱えていた陸軍のアナクロニズムをズバリと批判した。同日の社説「今ぞ深思の時である」でも、「必勝の信念だけでは戦争に勝てない」と軍部の精神主義を正面からやっつけていた。
(略)
皮肉なことに、この日の一面トップは東条首相が閣議で「非常時宣言」を発表、「皇国存亡の岐路に立つ」と竹槍精神での一大勇猛心を強調した発言がデカデカと載っていた。これに対し真っ向から挑戦する見出しで、竹槍訓練と必勝の空念仏への批判であった。


上記は「太平洋戦争と新聞」 404ページからの引用です。


この記事は読者から圧倒的な支持があったらしく、販売店や支局からも大好評との報告があったようです。
しかし批判された側・東条英機首相は「記事の筆者は誰か。反戦思想の持ち主は直ちに退社させろ」と激怒。

さらに夕刊でも一面トップで、アメリカがヨーロッパから太平洋に戦略を移しつつあるのに備え、海空軍を拡充し太平洋決戦を主張し、東条英機らの本土決戦に反対する内容の記事が掲載、東条は「軍の統帥権侵犯だと」怒りを爆発させたとか。そして、東条英機は、「竹槍作戦は陸軍の根本作戦ではないか。毎日(新聞)を廃刊にしろ」という命令を出します。
しかし、村田五郎情報局次長に説得され廃刊命令は引っ込めますが、この記事を書いた新名(しんみょう)丈夫・海軍記者に執拗な処罰命令を出します。


P.408~
事件は新名記者をめぐる陸海軍の対立へとエスカレートした。新名記者に対して陸軍から懲罰招集が強行された。極度の近視ですでに徴兵検査で兵役免除になっていた37歳の新名への再度の招集であった。

海軍省は「新名は報道班員としてパラオ派遣が決定しているので、招集を延期されたい」と陸軍省に申し入れたが、陸軍省はこれを突っぱねた。しかし、海軍の運動が功を奏したのか、召集は解除された。

ところが今度は陸軍中央から「絶対に還すなという厳命がきて」、再度招集となり、丸亀連隊へ一人だけの中年二等兵の入隊となった。

兵役免除だったはずの大正生まれ37歳の新名が徴兵されたことについて、海軍は「大正の兵隊をたった1人取るのはどういうわけか」と抗議したのですが・・・

これに海軍が再び抗議した結果、新名と同じく大正生まれの兵役免除者250人が突然招集され、つじつまを合わせた。「新名記者憎し」の陸軍の執拗な懲罰招集であった。

さらに、陸軍中央は新名を最激戦地の沖縄、硫黄島方面への部隊へ転属させろと厳命してきた。生きて帰さぬ方針であった。

3ヶ月後、新名は他の戦友とともに除隊になった。丸亀連隊報道部の香川進大尉は「この招集は東条大将の厳命だったんだよ。新名は絶対に還すな、重労働を課せとね。海軍や軍令部からなんども人がきた。われわれは自分らの正しいと思う判断で君を扱った。善通寺師団司令部でも見て見ぬふりをしてくれた」と除隊の真相を説明した。

海軍はただちに新名を報道班員としてフィリピンへ送り、陸軍の再招集を防いだ。新名記者がフィリピンに出発した直後、新名のとばっちりをくって再招集された丸亀連隊の中年二等兵たち250人は硫黄島に送られ、全員玉砕してしまった。


つじつま合わせで突然徴兵され硫黄島へ送られた250人の心中はいかばかりだったでしょう・・・。

他にも東条反対派の東久爾宮に接近したという理由で、四二歳で突然招集されて中国に送られた松前重義のような例もあったようです。
これらは、「東条幕府」と揶揄されたのもうなずける事例といってよいでしょうね。

(追記)
このエントリーについて、後日補足しておりますので、関心を持たれた方はどうぞ。
↓↓↓
硫黄島決戦と竹槍事件-補足


蛇足ですが、硫黄島は戦後「いおうじま」とよばれていましたが、今後は以前の呼び方の「いおうとう」に戻すことが正式に決まったというニュースがありました。

硫黄島は「いおうとう」 (キャッシュ)
iou-tou




■参考リンク
竹槍事件 - Wikipedia

■参考書籍

太平洋戦争と新聞
前坂 俊之

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コメント

理不尽ですよね

 この記事、記者の独断でしょうか?
 東条の逆鱗に触れたわけですが、海軍は好意的ですね。
 内容を見ても、軍全体とは言いませんが、海軍のそこそこの将校は暗黙に了解していた記事ではないでしょうかね。 
 海軍の情報による、海軍の意志とも思えるような記事ですね。
>「軍の統帥権侵犯だと」
 当時なら、こう取られるぐらい想定出来たのではないでしょうか?
 海軍が付いている・・・・思惑が思わぬ展開に・・・そんな気もします。

 東条が悪者になるのは仕方ないですが、東条対一記者ではなく、軍の統帥権(特に陸軍)対反東条(陸軍)に巻き込まれたという図も感じられます。
 こんな、理不尽なことが起きるのが戦争です。東条で無くともやったことだと思いますし、寧ろ東条で無ければ、聞く耳持たぬで新聞社は潰されていたのでは無いかとも思います。
 潰されていれば、海軍との意地の張り合いにも巻き込まれず、250人が玉砕することも無かったかも知れないというのも皮肉な物ですね。 
 ジャーナリストとしての「正義感」は素晴らしいと思います。しかし、強盗に例えるのも何ですが、銃を突きつけられている多くの人質の中で、一人相手の武力を考えずに、スタンドプレーをすれば、本人だけならまだしも、他の人質に被害が及ぶかも知れない事には考えが及ばなかったのでしょうか。
 ましてや「海軍にそそのかされて」いたとすれば、250人は浮かばれませんね。
 とまあ、今のんべんだらりと暮らす私には、そう言う見方も出来ます。
 一つの事柄を後からポイントで見ると、いろいろな角度から見ることが出来ると思います。 

竹槍事件‐なるほど:

竹槍事件の当時、私は小学校4年生でした。あの戦争の少し前から各地の新聞は統合され、札幌市内で中央の新聞はお役所あたりでしか見られなくなっており、事件は大学時代以後出版物で知りました。
 ただし巻き添えに250人が硫黄島に配属されたとは本エントリで初めて知りました。
 また、これには陸・海軍の思惑が絡んでいた可能性については、tono様のコメントで初めて知りました。

こんな事件があったとは・・・
栗林中将の硫黄島派遣もこの類いの理由があったんでしょうかねえ・・・。
それにしても、帳尻を合わせるところがお役所的でありますな。

>tonoさん
このエントリー内容だけだといろいろ勘ぐってしまいそうですね。参考にした本には、この事件の背景がもっと詳しく書かれていますので、あらたに続編のエントリーを近いうちに書こうと思います。
ちょっとだけ補足すると、新名記者は、海軍に従軍していたようです。また、この記事は毎日新聞上層部もGOサインを出していますので独断では無かったようです。海軍と陸軍の間の確執が背景にあったことも確かのですね。

>いわおさん
上でも書きましたが、もう少し詳しく書いたエントリーを後日アップしようと思います。
当時は新聞はご自宅では読めなかったのですか。紙不足などもあったようですが、新聞の統合の背景も引用した本の中に出てきます。このあたりも後日引用してアップしていこうと思っています。

>くわっぱ上等兵さん
あの戦争の時に大正生まれで徴兵されたのは、この件だけかもしれません。栗林中将のことは私は詳しくないのでわかりませんが、東条英機が私情を持ち込むことは時々あったようですね。
それにしても、この250人がいきなり徴兵されたときの驚きとその後は理不尽ですよね・・・

竹槍事件‐なるほど(再)

管理人様 コメント有難うございます。戦時中一般の人は地元の一紙(北海道新聞)しか購読できなかったということです。もちろんそのほうは自宅で読んでいました。

>いわおさん
なるほど、そういうことだったんですね。
ご丁寧にありがとうございました。

ずっと気になっていて調べてるんですが、巻き添え食って玉砕させられた250名に対する新名氏の意見はどこにもないんですよね。
普通ならショックで何も言えなかったともとれますが、無責任で有名な毎日新聞の記者となると、自分が助かったんだから他は関係ないと思っていそうな気が・・・

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