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ある元特攻隊員の回想   

5/12のエントリーで、私は「特攻の捉え方について考え直した」「思考停止していたのではないかと反省した」と書きました。それはどういうことかというと・・・

特攻隊員の遺書を読むと、日本の将来を想う気持ちがつづられていることも多く、現代よりもはるかに強い郷土愛・愛国心を持っていたからこそ、人間の本能に反して自ら死んでいくことができたのだ、と解釈していました。もちろん、そういう特攻隊員もいたと思いますが、すべての特攻隊員が果たしてそうだったのか?あの遺書は本心だったのか?ということはあまり考慮していませんでした。
(特攻隊員の遺書の一部は、「神風 陸軍・海軍特別攻撃隊」さんの「遺書」のページか「老兵の繰り言」さんで読むことができます。)

若い人の遺書は、普通滅多に目にするものではありません。なので、それを目にするだけで感情が高ぶってしまい、行間を読むことができなかったのではないか・・・。


確かにあの時代は、現代よりは多くの人が強い愛国心を持っていたでしょう。しかし、同時に家族制度も強く、また貧困の時代でもありました。

親兄弟が働きづめで やっと食べていける時代に、まさにこれから稼いでいく世代の若い男性が死んでいくということは、残された家族にとってどれだけ厳しいか、特攻隊員となった本人が一番心配していたのではないでしょうか。

家族への想いとともに遺書につづられた国を想う気持ちは、いかにして家族に心配をかけないようにするかとい う心情の表れなのではないか・・・そこを見落としていたような気がするのです。そしてその家族への思いを断ち切り、自らの「生」への執着をも断ち切るに は、「自分の死が郷土を、日本を守ることになるんだ」と、自ら思いこむしか術がなかったのかも知れません。

もちろん、人それぞれ違っていたでしょうが、あの遺書を表面的に捉えて「特攻隊員はみな強い愛国心の持ち主だった」というのは、特攻隊員を誤解しているのではないかという気さえしてきたのです。そしてそれを証言を利用している人さえ存在していると言うことも・・・。

そんなことに気づかされた本を、これから引用紹介していこうと思います。
元特攻隊員・桑原敬一氏の「語られざる特攻基地・串良―生還した「特攻」隊員の告白」より

はじめに

戦後の三十有余年、この間にじつに多数の戦記や軍隊の記録が世に紹介された。予科練出身者を含めた飛行機搭乗員の記録もその例外ではなかった。
これらの戦記などに共通することは、その内容の多くは、若年の戦士がいかに大義に生き、使命感に燃え、そして果敢に戦ったか、という事実が見事に描かれていることである。

それはその人それぞれの原体験であり、かけがえのない貴重な証言である。だが特攻隊員生き残りの一人である私にとっては、自分の体験を回顧し、これらの戦記 などと対比してみるとき、率直なところ、「おかれた環境の相違はあるにせよ、これだけでいいのだろうか?」と思う疑問が、常に胸中のどこかに渦巻いていた。

特攻隊員として出撃し、死を垣間見ながら生き長らえた私には、正直なところ、現在でも胸の奥底には暗く重苦しい戦いの日々が息づいており、それを思い起こすとき心情的には戦後も平和もない。

わたしはかつて元搭乗員を前にして、特攻隊員の一員としての体験を披露する機会を与えられたことがある。私の端的な胸中の披瀝に対して、その反応は極めて厳 しく、発言の訂正すら求められるありさまであった。その中でごく少数ではあったが、人間の心情を突いている、という声がなくもなかった。

”特攻隊員”と人は事もなげに言う。しかし、歴戦のつわものといえども、それぞれの心情には余人がとうてい迫りえない”特異さ”があったことは、あまり理解されていない。

けっして、私一人だけではなかったはずのあのころの心中・・・・・。

(略)

昭和59年10月

 
次回もこの本から引用紹介していこうと思います。



語られざる特攻基地・串良―生還した「特攻」隊員の告白 (文春文庫)
語られざる特攻基地・串良―生還した「特攻」隊員の告白 (文春文庫)桑原 敬一

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不時着―特攻 「死」からの生還者たち (文春文庫) 群青―知覧特攻基地より 特攻隊員の命の声が聞こえる―戦争、人生、そしてわが祖国 (PHP文庫) 特攻基地知覧 (角川文庫) 指揮官たちの特攻―幸福は花びらのごとく (新潮文庫)

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コメント

うーむ。
ワタクシ思いまするに・・・戦争を経験した人間と経験してない人間の埋まらない溝みたいなものなんじゃないかと。って言ったらお終いなんでしょうが、戦争を経験していない私にとって、あの時代を都合のいいように描く傾向が確かにありますね。

戦場に行って、毎日死の恐怖を感じ、戦友を失って、生きるために敵を倒し、腹を満たすために民家から食べ物を略奪し・・・、ということを繰り返したら、違ったモノの見方ができるかもしれないですね。
戦争に行った爺さんの気持ちは、わかりたかったけれども結局わからなかった。武勇伝が爺さんの本当の姿だったのか、それとも毎日仏壇に線香を上げ、(たぶん戦友に)手を合わせて、寂しそうにしてた爺さんが本当の姿だったのか。

コインの裏表みたいなもんでしょうか。

う~む

 ある意味、特攻でなくても、陸軍の突貫命令なんかもほぼ「死ね」に等しいですよね。
 「戦争を体験していない」私が思うに「体験した人」の思いは、あるエリアに集約されるのかも知れません。そしてそれはミックスジュースみたいなもので、ある人はオレンジを語りある人はバナナを語る。しかし全てを語れる人は居ないのかもしれません。
 筆舌に尽くしがたいと言う言葉はこういう場合のためにあるのかも知れないと感じることがあります。
 なんか、うまく表現できませんが。。。。

う~む・・・

>くわっぱ上等兵さん
くわっぱ上等兵さんをはじめ、複数の方から「あの時代は経験しないとわからない」と両親・祖父母から聞いたというコメントをいただきました。沖縄集団自決のエントリーで紹介した宮城晴美さんも、自決体験者の母・初枝さんからそう言われていたそうです。溝は埋められないですよね。。。

元特攻隊員でも、戦後自衛隊に入る人もいれば共産党に入る人もいる。「戦争映画の功罪」で取り上げた映画評論家氏も元特攻隊員ですから、いくらあの時代とはいえ、やはり人それぞれ考え方は違いますし。

私も、自分に都合のいい解釈をしていた気がして、今になってすごくバランスが悪くて落ち着かない気分なんです(苦笑)

>tonoさん
私は、考察が一番難しい「昔の人の心情」というエリアに入り込んでしまったのかもしれません(^^; 本当に表現が難しいです。

突貫命令は確かに「死ね」に等しいと思いますが、戦闘に真剣に集中している状態で受ける命令と、特攻命令を受けるのは状況がかなり違うと思うんですよ。
やっと飛行機を一人で飛ばせるようになったばかりで、しかも熟練先輩パイロットがたくさんいるのに、一回も敵と遭遇したことがないばかりか爆弾を積んで離陸した経験さえない自分が、何で特攻命令を受けるのか?という疑問と、命令を受けてから早くて3日、長くて半年ものあいだ、死生観を築く日々の苦悩は、二十歳そこらの若人には相当堪えると思います。


いやはや私も偉そうなこといいましたが、よくよく考えてみると、ずーっと不思議に思っていたことかもしれません。「昔の人の心情」を自分なりにどう読み解くかってとこが、ゆらゆら揺れ動くところであります。
私なんかは正直、戦争物をどこまで理解して読めているんだろうって思ったりしています。知識はそれなりに理解したつもりでも、当時その場所にいた人の心情ってのが一番わからない。当人が残した手記でも、葛藤というか、矛盾している是でも非でもない部分があったり。第三者が書いたものだと、当人の心情ではなく著者の私情であったり、同じ出来事を目の当たりにしていても、ある著者は是として書き、またある著者は非として書いている・・・。
しかし、この時代の人は等しく、国を思い、戦友を思う気持ちがあったということだけは間違いないと思います。そして、それが結果として是(武勇)とするか非(反戦)とするかは個々の事情であるにせよ、根本的に「愛」「情」「義」などの人間的心情は豊かだったと思いますね。

私の考えはどちらかというと「武勇」色が強い、これもまた個人的な事情によって培われたものかもしれません。
ただ貴殿のいうとおり、両極を見て判断するという意味で、バランスは確かに大事だと思います。

>くわっぱ上等兵 さん

戦争の時代を体験した方との溝は埋められなくても、いろいろ知ることで、距離は縮められると思いますし、そうしなければならないと思います。
戦後に第三者(私も第三者ですが(^_^;))が書いたものは、あくまでもその人の意見と言うことで捉えるように私はしています。その人が書いた時点で持っている知識の中で思考した結果ですからね。

「おれきみ」の映画を見た人の感想が書かれたブログを見て回ったのですが、やはり捉え方は様々でした。特攻隊員の心情に感動する人有れば、特攻隊員にあのような思いをさせた軍や国家に怒りを感じる人もあり・・・。どちらに主眼を置くかで感じ方・考え方は変わりますが、どちらか片一方だけではいけないなとは常々思っています。

>この時代の人は等しく、国を思い、戦友を思う気持ちがあったということだけは間違いないと思います。

それは間違いないでしょうね。
やはり本当の日本の危機でしたし、戦友が亡くなればそれを思わない人はまずいないでしょうし。また、アジアで欧米諸国に植民地されていなかった希有の国家の一員としての想いもあったのかもしれない・・・。

「愛国心」というといろいろ議論が出てきますが、現代人もひょっとしたら日本が本当に危機に直面すれば、案外あのころに近い愛国心が芽生えるのではないかって気が最近しています。病気になると改めて健康の大切さに気づくのと同じように(^^;)
まぁ、確かに行きすぎた個人主義の蔓延があるので、あれほどまでにはならいかもしれませんが。

はじめまして。
特攻隊については私も昨年映画「回天」を見てから関心を持っていたのですが、私の友人がつい最近、特攻隊関係の本を著しました。
もう一つの特攻隊―特殊潜航艇・蛟龍(こうりゅう)という特攻兵器のことです。この本は、特殊潜航艇艇長として敗戦時に出撃した、海軍兵学校第73期出身の宗像元中尉の戦争体験の物語です。機会がありましたら、目に通してみて下さい。
『特攻兵器 蛟龍艇長の物語』(宗像 基著/堀口洋子・聞き書き)
 定価1680円 社会批評社発行
 http://www.alpha-net.ne.jp/users2/shakai/top/75-5.htm

>青木誠さん

拙エントリー本文に言及されず、また同じ文面で方々のブログのコメント欄に投稿されているので、「広告」のためのコメントとも判断できますが、特攻証言の書籍と言うことで、削除しないでおきます。

機会がありましたら目を通してみたいと思います。

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