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特攻を拒否した美濃部少佐と芙蓉部隊   

先日(5/13)は、航空自衛隊静浜基地の航空祭に行ったのですが、そこで「芙蓉部隊」の展示をしていましたので、写真を撮ってきました。

芙蓉部隊」とは、エントリータイトル通り、特攻に反対し、終戦まで唯一(?)特攻を行わなかった部隊です。

美濃部少佐は、一度は特攻の父とも呼ばれる大西長官から部隊を特攻に出すように命令を受けますが、「私の部下をその程度の戦果のために殺すんですか?それでは、私が手塩にかけて育てた彼らの死はムダになります。どうしてもやれ、と仰るのなら、私の思うとおりにやる」と反論、特攻命令を取り消させた人です。その美濃部少佐が編成したのが「芙蓉部隊」です。 私は芙蓉部隊の存在は知っていましたが、現在の静浜基地(当時は藤枝基地)が、芙蓉部隊があった場所というのは、迂闊にも昨日行くまで知りませんでした。

簡素な展示でしたが、下記に撮ってきた写真を掲載しておきますので、ご覧下さい。
(写真はクリックで大きくなりますが、文字は読みにくいので、文字部分のみの写真も用意してあります)

※追記:やはり読みにくいので(汗)、次のエントリーでテキストに起こしてあります。じっくり読みたい方は、こちらへ
特攻を拒否した美濃部少佐と芙蓉部隊-2


(文字部分を拡大した写真はこちら



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ネットで美濃部正氏について検索してみると、みな、あの時代にこういう軍人がいたことに少なからず驚き、感心しているようです。下記のサイトを参考にしてみて下さい。

美濃部正という男~奇跡の芙蓉部隊~ - 斧に気をつけろ

彗星夜襲隊 特攻拒否の異色集団

岩川基地 芙蓉部隊 指揮官美濃部少佐

自分の信念を貫いた男・芙蓉部隊隊長 美濃部 正氏


彗星夜襲隊―特攻拒否の異色集団 (光人社NF文庫)
彗星夜襲隊―特攻拒否の異色集団 (光人社NF文庫)渡辺 洋二

おすすめ平均
starsこれが「異色」であった日本の悲しさよ
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コメント

う~ん、知らなかった

 リンク先も読ませて頂きました。

 軍会議に代理最年少で参加した美濃部少佐の 『2000機の練習機を特攻に駆り出す前に、赤トンボまで出して成算があるというのなら、ここにいらっしゃる方々が、それに乗って攻撃してみるといいでしょう。私が零戦一機で全部、撃ち落としてみせます!』という言葉は、凄いです。
 今此処で読んで上層部が良く了解したなと思いますが、これは、上層部は万策尽きており代案等が有ろうとは思いもしなかったところに出された、ある意味ひょっとしてという『渡りに船』を見たのかも知れませんね。
 もう一つは、ただ批判をするのではなく、真義に燃える少佐の迫力が、付けいる隙を与えず、お歴々を黙らせたと言うことでしょうか。
 陸軍だったどうだったのかな?
 と考えたりもさせられますね。
 しかし、リンク先に有った元少佐の「特攻」に対する
 『戦後よく特攻戦法を批判する人があります。それは戦いの勝ち負けを度外視した、戦後の迎合的統率理念にすぎません。当時の軍籍に身を置いた者には、負けてよい戦法は論外と言わねばなりません。私は不可能を可能とすべき代案なきかぎり、特攻またやむをえず、と今でも考えています。戦いのきびしさは、ヒューマニズムで批判できるほど生易しいものではありません』
 やはり、究極の体験をされた方の言葉は、とても重いです。

>tonoさん

こんにちは。
私が美濃部少佐について知ったのは先日紹介した特攻の本の中の「「特攻とは何か」でした。
大西長官は、美濃部少佐に対してしみじみと「君がうらやましい」とつぶやいたそうです。また、実際に美濃部少佐が唱える戦法で確実な戦果を上げていたことも、お歴々が反論できなかった理由かもしれません。

美濃部氏は米軍の実態も知らずに机上の空論で作戦を立てる人達に違和感を持っていたようです。ものすごく稚拙な例えになってしまいますが、「事件は会議室で起きているんじゃない!現場で起きているんだ」を地でいった人だと思います。

他の部隊が故障多発でもてあました「彗星」を整備隊のスキルアップで補い、前線基地は牛を放して牧場に見せかけるなど巧みなカモフラージュで終戦まで敵に発見されなかったことなど、どれをとっても当時の他の海軍航空部隊とは一線を画していますね。しかも自らの信念は突き通す・・・若干29歳にしてこの実行力ですから、本当にすごい。

何よりも自分の部下を心底信頼し、部下も美濃部少佐を信頼していたという関係が素晴らしいです。自信に満ちあふれとても終戦直前とは思えない芙蓉部隊の写真がそれを物語っているように思います。

しかし美濃部少佐は「特攻」を全否定したわけではなく、最後は体当たりの準備をしていたようです。(出撃前に終戦)

戦後は航空自衛隊に入り、後進の指導に尽力され、10年前に他界されたそうです。

戦争だからあらゆる手段を講じて「勝つ」ことを追求せねばならない
ぎりぎりの決断があったのでしょう。それを充分に理解した上で
尚、特攻を行わずに済む方法をお考えになったのでしょうか。
美濃部少佐の事はお名前だけは聞き覚えがありましたが
詳しくは知りませんでした。いつもながら感動的な記事をありがとうございます。あらためて先人への感謝の念を強くすると共に自分も含め
現在の生き様を反省すべきだという思いを持ちました。

>sesiria さん

こんばんは。

>特攻を行わずに済む方法をお考えになったのでしょうか。

フィリピンでの特攻が始まる前から、夜間戦闘機隊を率いていて、その戦法への自信と部下への強い信頼があったようです。ですので、特攻が始まってから他の戦法を考えた訳ではないようです。

>いつもながら感動的な記事をありがとうございます。

そういって頂けると嬉しいです。自分が感動したりしたことを書いているだけですが、sesiriaさんのように受け止めて頂けるとblogを書いていて良かったなって思います^^

>現在の生き様を反省すべきだという思いを持ちました。

そうですね。美濃部少尉の話は、組織を管理する立場にある人に知って欲しいと思いました。自分の行動も見直す良いテーマになりそうです。
特攻隊を指揮した人の中には、自己保身に走る人もいたようで、現代の「業績が悪ければ社員のせい、業績が良ければ俺様のおかげ」のような態度の管理職とダブって見えます。

参考になります。

勉強不足で全く知らない内容でした。御紹介ありがとうございます。

>大介さん

コメントありがとうございます。
>御紹介ありがとうございます。
どういたしまして。
こういうことは、以前なら本を買う(借りる)などするか、メディアが取り上げなければ多くの人に知られることはなかったですから、ネットは本当に便利だと思います。偶然に目にすることもありますしね。(メディアでも取り上げられたことは何回かあったようです)

田原総一朗氏も「日本の戦争ー封印された言葉」という本の中で美濃部氏の事を書いているようですが、「決して「封印」なんかされていません。「封印」していたとしたら、それはマスコミや一部文化人から作られた社会のムードではないでしょうか。」と美濃部氏の娘さんがご自分のブログで書かれていました。

戦後、航空自衛隊で後進の指導に当たった美濃部氏の考え方は、いまもしっかり受け継がれているそうですよ。

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