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私が読んだ特攻関連の書籍   

ここしばらくの特攻関連のエントリーでは、私が今まで本を読んだり調べたりしながら、「○○について紹介します。」などと、えらそうに書いてきましたが、実は特攻関連の書籍を読むようになったのは割と最近のことなんです。もちろん、特攻については子供の頃から知っていましたが、特攻の本を最初に買ったのは、昨年秋に訪れた知覧特攻平和会館で購入したのが最初です。


それ以来、購入した本は7冊です。特攻がテーマの本は戦後数え切れないほど出版されていますので、そのうちのごく一部に目を通したに過ぎないわけです。ですので、新たな本を手にするたびに、特攻に対するイメージが大きく揺らいでいるのも正直なところです。特に、つい先日読み終えたある本によって、私は特攻についてのそれまでの捉え方を、大きく考え直さざるをえなくなってしまいました・・・。


おそらく多くの人がそうであるように、特攻隊員の遺書や出撃前の日記を読んで、両親・家族へ感謝する心と、国を想う気持ちの強さに私も感激し涙を流しました。そこで、彼らの気持ちをわかったような気になっていたのですが、ひょっとしたら、そこで私は「思考停止」していたのではないかと、実は今反省してい るところなんです・・・。

やはり、所詮戦後生まれの私ですから、特攻隊員となった方たちの気持ちは、とうてい理解できるものではない・・・。しかし、日本人が感謝しなければならない散華した特攻隊員たちに対して、誤解するのはやはり避けたい・・・そう思っています。

だとしたら、いままで何度も書いているように、色々な角度から見てみないといけない・・・。


私が何を言おうとしているのか、いまいちわかりにくいと思いますが(苦笑)、それは今後のエントリーで追々書いていくとして、どんな本を読んだのか簡単に上げておきたいと思います。


 


「知覧特別攻撃隊」 村永薫編 ジャプランブックス1989/4/25


知覧特攻平和会館で 購入した、特攻隊員の写真・遺書・日記・手紙などをまとめた本です。知覧では涙が止まらなくなってじっくり展示を見ることができなかったので、この本に掲 載されている遺書をあとでゆっくり読もうと思って買いました。でも、読んでいるとやはり泣いてしまうので、一気に読むことはできませんでした。


 


 


photo

特攻へのレクイエム


同じく知覧で買いました。著者は、特攻隊員の遺書や出撃前のエピソードから彼らの想いを推し量ります。また見送った人々、生き残った特攻隊員の苦悩などにも触れています。鳥浜とめさんの話もでてきます。




 


photo

特攻 最後の証言


過去エントリーで何回か引用しました。航空特攻のほかに、回天伏龍震洋マルレなどの各種特攻兵器の元隊員9人の方へのインタビュー集です。各インタビューの最後に、若い人たちへのメッセージがあるのですが、真摯に耳を傾けようと思わずにはいられません。






タイトル通り、特攻の写真集です。国内で撮られた出撃前の写真はなく、すべてが米軍によって撮影されたものです。特攻の瞬間だけでなく、特攻後の写真が、その過酷な現実を露わにしており、「散華」という言葉が果たしてふさわしいのかどうか、考えさせられました。巻末には米軍側の特攻についての資料も掲載されています。





photo

特攻とは何か


特攻隊の生みの親とされる、大西瀧次郎中将にスポットを当てた本です。なぜ特攻が始まったのか、当時の様子について詳しく書かれています。航空特攻初期の隊内の様子や、その報道によって当時の日本人がどのような反応をしたのか、などがわかります。







photo特攻パイロットを探せ―埋もれた歴史の謎を掘り起こした真実の記録
アメリカ在住の日本人弁護士が書いた本です。特攻攻撃を受けた米駆逐艦キッドの元乗組員が、自分たちの船に体当たりした特攻隊員が誰なのかを知りたがってい ると聞いて、アメリカや日本の当時の資料をつぶさに調べていく過程を記しています。特攻を受けたアメリカ兵がどのように受け止めていたのかが興味深いで す。



 



そしてつい先日読み終えた7冊目がこの本(↓)です。


photo「語られざる特攻基地・串良―生還した「特攻」隊員の告白」
出撃の途中に特攻機の故障で引き返した元特攻隊員・桑原敬一氏の回顧録です。正直に言って、特攻隊員が何を考え、命令をどう受け止めていたのか、自らの運命をどう捉えていたのか、改めて考えさせられました。この本を読んでから、特攻隊員の遺書について、私の見方が変わった気がします。どう変わったのかは、今後書いていこうと思います。



こうして今まで読んだ本を並べてみると、特攻へのアプローチの仕方が様々ですので、実態を知るにはある程度バランスを取っていた気がします。しかし、どれかひとつだけ読んだだけで特攻を知った気になると、それはかなり偏った知識となってしまうな、と改めて思いました。


他にも色々読んでみたいと思っていますので、なにかお薦めの特攻関連の本がありましたら、気軽にコメント欄ででも教えていただけると嬉しいです。


ただ、どの本を読んでも変わらないのは、特攻で亡くなった方への感謝の気持ちです。特攻に限らず、あの戦争で亡くなった方たちへの感謝の気持ちは、絶対に変わらないでしょう。彼らがいたからこそ、今の日本があるのですから。



下記に、私の好きな動画を貼っておきます。特攻の映像と、精霊流しや靖国神社のみたま祭り、現代の東京の風景が絡み合い、過去とのつながりが感じられるムービーです。今の日本の平和を感謝せずにはおれません。BGMが泣かせます・・・。




ところで、このBGMの歌手って誰でしょう?ご存じの方がいらっしゃいましたら教えてください<(_ _)>

 


■追記■
この動画をYouTubeにアップされた方のコメントを引用しておきます。
2年前に初めて靖国神社に行きました。それまで靖国神社は軍国主義の神社だと思ってい ました。僕は反日の日本人だったのです。友人に初詣に誘われて、はじめて行った靖国神社。遊就館で戦争で亡くなられた方たちの遺品や遺書、展示物を見ているうちに、61年前、存亡の危機にあった日本、そして愛する家族や妻や恋人を守るために、必死で戦って亡くなって逝かれた幾多の人たちの思いに接しました。「お母さん、自分はたとえ死んでも、靖国に私の魂はあります。靖国でお会いできますね」と言って戦地に赴いた多くの日本人たち・・・。日本人なら、靖国神社に参って、亡くなった人たちに感謝することは、きわめて自然なことだと思うようになりました。なぜなら、いまの平和な日本があるのは 、戦って死んでいった幾多の人たちのお陰だからです。
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コメント

いつも拝見させていただいてます。このBGMは、松田聖子さんの瑠璃色の地球だと思います。

ありがとうございます!

"guest"さん、何度も読んで頂いているようで、ありがとうございます。
また、さっそくの情報ありがとうございます!
松田聖子さんと聞いて、「でもちょっと声が違うような気がするなぁ」と一瞬思ったのですが、早速公式サイトに行って「瑠璃色の地球」を試聴したら、間違いないですね!
http://www.sonymusic.co.jp/Music/Arch/SR/SeikoMatsuda/download/d5.html
↑このページの一番下で試聴できました。

シングルになっていないにもかかわらず、かなり有名な曲だったんですね。いわゆる隠れた名曲ってやつですね。
こんなに早く判明するとは思いませんでした。ひょっとして私が知らなかっただけ?って思ったり(^^ゞ

ぜひ、またコメント下さいね。ありがとうございました。

「いざさらば我は御国の山桜」の巻末?に山岡荘八氏が従軍記者として書いた『最後の従軍』がよかったです。本を読めば読むほど、読みたくなくなるぐらい混乱する気持ちはわかります。とらえ方考え方も人によりちがいますものね。

特攻

「特攻」それは悲しい歴史の一面ですが、当時の若者の一途な国へ想いの現わだと思います。
今の時代に己を育んでくれた国をここまで想っている人がいるのかと言えば残念ながら皆無でしょう...
j.seagullさんのおっしゃるように先人あっての我々です。感謝以外にありません。極論とレッテルを貼られかねない事を唱えて人様を不快な想いにさせてしまうのは不本意ですが、それをとやかく言うのは歴史認識も自覚も無いのではと言いたくなります。

合掌しながら動画を拝見しました。涙がとまりません。
ただただ、感謝の思いでいっぱいになります。

動画を紹介してくださいまして、ありがとうございました。

テレビを見ていると

 昨日、何気なくケーブルTVのチャンネルを回していると、モノクロの戦争映画をやっていて、途中からですが最後まで見てしまいました。
 「あゝ 零戦」でした。
 世界一の「戦闘機」が「戦闘爆撃機」に使われ最後は「爆弾」そのものになる・・・・・
 その後「おれきみ」の話が紹介されていました。鳥濱トメさんの話が主でしたが、石原慎太郎が雑誌の編集長?とトメさんに話を聞きに行ったとき、気が付かないうちに二人とも「正座」していたと言っていました。あの方は「菩薩」だと。
 今度は勝手に台詞を変えるような事も無いでしょうし、岸恵子さんのインタビューを聞いても期待できそうです。「菩薩」を演じてくれるでしょうか?
早く見てみたいと思います。
 5月27日の海軍記念日には「鹿屋」に行こうと思っています。こちらは海軍ですが知覧同様特攻機の基地でした。
 父は海軍通信兵として「鹿屋飛行場」で終戦を向かえましたが、特攻機を見送ったのだろうか?今度聞いてみようと思いますが、話してくれるか???

ただただ感謝しかありません。
誰にこんな戦い方ができるでしょう?
色んな捉え方はあるでしょう・・・。でも、感謝の気持ちだけは
誰もが持たねばならないですね。

コメントありがとうございます

>さきさん
いつもありがとうございます。「特攻関連のお薦めの本を教えて」と書けば、きっと、さきさんからコメント頂けると予想していました(笑)
その本は、靖国神社で出している学徒出陣の本かな。
さきさんのblogで知った「戦艦大和」を見に行くついでに、遊就館の売店で入手できそうですね。

>トニオさん
再度のコメントありがとうございます・・・けど、何かお気に障ってしまったようで。まぁ今回は曖昧な書き方をしている私も悪いのですが、何か早合点(?)されているような気がしないでもありません。
赤い字で書いているように、感謝の気持ちは不変、どころか、知れば知るほど、感謝の気持ちは深まる一方です。

そもそも「歴史観」なんてものは、戦後生まれにとっては、見聞きした知識の範囲で受けた印象や思考結果を超越することはあり得ませんから、固定化すべきモノではないと思っています。新しい知識が入れば、再考することも必要でしょうし、それまでの知識が正しかったかどうかの検証も必要でしょう。それができなければ自虐史観からの脱却なんてあり得ませんから。
(ただ、「自覚も無い」については、トニオさんが「何の自覚」について仰っているのか、よくわかりませんでした・・・。)

「当時の若者の一途な国へ想いの現われ」
間違いなくそういう人もいましたが、もし、特攻隊員全員がそうだったと思われていたとしたら、それは行き過ぎだと思います。(違っていたらすみません)

少なからぬ外国人が特攻についてカルト宗教的な見方をしていることはご存じかと思いますが、特攻隊員が皆、そう思っていたと言うのでは、特攻をカルト視する連中に何ら反論できません。

実際には国のことよりも自分の親兄弟の方が心配だった隊員も少なくないと思うのです。今とは違い家族制度がとても強い時代です。その家族を心配する気持ちを断ち切るには、「国の為」と自分自身に思いこませる以外に術がなかった・・・。そう考える方が自然な気もしています。

それに、米軍が撮影した、千切れた特攻隊員の遺体写真を見たり、その遺体に対して米兵が行った仕打ちを知れば、「散華」などという言葉もむなしく嘘くさく感じられます。

あとひとつ、「特攻隊員は志願だった」というフレーズは、若い兵士を騙して特攻隊員にした上官たちが、自らの行為を誤魔化すために利用していることも知っておいた方が良いと思います。元特攻隊員の方達からも、上官に対する怒りの言葉は数多く語られています。
「回天は人道的な兵器」とまで仰る元回天搭乗員の小灘氏でさえ、上官への怒りは隠していないのですから。

ハッキリ書きますが、特攻を過度に美化することは、特攻隊員達への冒涜に繋がる可能性があることも考慮すべきだと思います。特攻隊員の遺書も、その行間を読む必要があることに私は今まで気づかなかった・・・それで「私は思考停止していた」と反省しているのです。

それから、このコメント(↓),皆無とまで言い切ったら自衛官の方に失礼かなぁと思いますよ。
「今の時代に己を育んでくれた国をここまで想っている人がいるのかと言えば残念ながら皆無でしょう...」

>感謝さん
初めまして。コメントありがとうございます。私はエントリーで紹介しただけですが、そこまで感動して頂けると、紹介して良かったなって思います。是非またお越し下さい。

>tonoさん
零戦は、元来が戦闘機なので爆撃や体当たりには適していないそうですね。ダイブして加速すると揚力が増えるので浮き気味になり、それを抑えるのにはものすごい力が必要だけど、力を込めると操縦が難しくなると言う・・・。米艦艇を飛び越えて海に突っ込んでしまう映像は、大体がそのケースのだそうです。
岸恵子さんが週刊朝日の対談企画で石原氏と面会した時の様子を語っているそうですが、それが、例の有田芳生氏のブログで少し紹介されています。
http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2007/04/post_dfcb.html
鹿屋は私もいつか行ってみたいと思っています。色々調べてみると、同じ「特攻」でも陸軍と海軍でいろいろと様子が違っていたようですし。ちなみに昨日は、鹿屋基地の公開日でしたね。私は、昨日は空自の静浜基地に行っていましたが、そこで芙蓉部隊の展示がされていました。次のエントリーでちょっと紹介しようと思っています。

>sesiriaさん
いつもありがとうございます。
「感謝の気持ちだけは誰もが持たねばならないですね。」
そうですね。心底そう思います。あの戦争について勉強するだけでアブナイヤツとか言う人にこそ、もっと知って欲しいと思います。

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