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特攻隊員の葛藤   

先日御紹介させて頂いた、元特攻隊員・永末千里氏のブログ「老兵の繰り言」では、特攻隊員の遺書やエピソードが、毎日つづられていますが,4月30日の記事は、両親宛の遺書を書いた後に母親と姉が面会に訪れ、「まだ死にたくない」と葛藤する17歳の隊員の話で、胸が苦しくなる想いで拝読しました。


特攻が「志願」か「命令」か、という話がありますが、私が知る限り、その時期や部隊によってまちまちだったようです。大まかに言えば桜花が開発された昭和19年頃は、志願制でしたが、徐々に、有無を言わせず、命令で特攻隊員にさせられたケースが増えていったようです。

そして、たとえ自ら志願して特攻隊員になったとしても、死を前にしての激しい葛藤は誰にでも訪れたのではないでしょうか。「老兵の繰り言」さんから、一部引用させて頂きます。


小野義明君の母親と姉上は義明君と面会するため、はるぱる国分基地を訪れました。運良く短い時間でしたが面会することができたそうです。
そして、いよいよ別れる間際になって、義明君が、「まだ死にたくない」と、呟いたそうです。

あの当時、 戦死は最高の名誉とされていました。とは言っても、必ず死ぬと分かっている「特攻隊」にわが子を送り出す母親の胸中はいかばかりであったでしょう。 いくら名誉だと言われても、わが子の死を願う親はいません。母親の苦衷が痛いほど感じられます。

私も経験したことですが、人間の感情には起伏があります。「特攻隊」に編入された際には、「よし、やるぞー」と、 決心を固めていても、時間が経つにつれて「まだ死にたくない」との思いが募ってくるものです。だから、小野君が遺書に書き残した決意も本音であり、母親と面会した際、今生の別れに漏らした言葉もまた本心なのです。

「世間の人は、 特攻隊だ、 特攻隊だと称えて下さるけれど、 本当はまだ死にたくない」。これが死を翌日に控えた、小野義明君の偽らざる心でしょう。 だが、そう打ち明けられても、なす術を持たない母親の苦衷を察すると、胸が張り裂ける思いです。

もうひとつ、その葛藤を表す文を、「特攻パイロットを探せ」から引用します。著者の平義克己氏が、靖国神社で行われた神雷部隊・桜花隊の慰霊祭で出会った元隊員から聞いたという話です。

459405000X
P.273~
ある桜花隊員はこう語ってくれた。

「私は昭和20年2月に神ノ池基地へ行って初めて桜花を見ました。」

この老人は当時まだ16歳で、予科練を出たばかりであった。予科練で、通称「赤トンボ」と呼ばれた飛行機で最も初歩的な飛行訓練を受けただけで、満足に戦闘機も飛ばせなかった。ゼロ戦での飛行訓練など受ける時間と物質的余裕はすでになかったのである。それでも桜花隊に志願してきた。 



「私はその日から、毎晩泣きました。『なんで、こんなところで死ななあかんねん。死にとうない』という気持ちばかりでした。日中は『お国のため』など格好のいいことを言って強がってましたが、夜は毎晩、60日間ぐらい泣き続けました。もう戦争は負けるって誰にもわかっていました。だから余計に『何で死ななあかんのや』という気持ちでした」

彼が泣き止めたのは、ある日悟ったからである。

「しかし、ある日わかったのです。私が死ぬことによって、母や妹たちが一日でも長く生き続けられるのなら、そして祖国が無事に存続できるなら、死ぬことも本望だと思うようになったのです。私のいう祖国とは、天皇陛下とか、国とか言う意味ではなく、生まれ育ったきれいな山や、川、田んぼ、小学校、そんな意味です。故郷ということです」

自分の死に意義を見つけた16歳の少年は、その後、笑顔で桜花の飛行訓練を受け、補充要員として、九州、宮崎の富高基地へ移動した。彼は出撃する機会に恵まれず、終戦をむかえた。しかし戦後、彼は一時でも「死にたくない」と思った自分への罪悪感に苛まれた。そして、出撃して散っていった先輩たち、戦友たちへ「すまない」という気持ちが常にあった。

戦後、何十年か経ち、彼はある桜花隊の士官の話を聞く機会があった。その士官も、この16歳の少年飛行兵と同じように、死を恐れ、葛藤のすえ、母のために死のうと決意したというのであった。彼は、「自分だけではなかった」という安堵感に救われたという。

特攻隊員の遺書を読んでいると、その決意と勇敢さ、そして親兄弟や祖国への気持ちに心打たれるものがありますが、その心境に至るまでは、その若さには過酷すぎるほどの葛藤があったのかもしれません・・・。

下は通称「赤トンボ」と呼ばれた「九三式中間練習機」が映っている動画です。(1分23秒)


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コメント

真実でしょう

 母が言っていた「戦争は体験したことの無い人には解らない!」
 この、元特攻隊員の皆さんの気持ちは、恐らく我々には永久に分からないものでしょうね。
 「遺書も本音、言葉も本音」
 当然葛藤があるであろう位の想像はつきますが、やはり体験者の言葉は、とても重く・とても深いです。
 特攻に限らず、前線の突貫も同じでしょう。

 「特攻は志願ではなく、強制だった!」
 先日映画を見に行ったら、こんなキャッチフレーズの映画の予告をやっていました。
 世の中組織で動く場合、みな強制ですよね。
 最近、やたら悪意に満ちた「強制」と言う言葉の氾濫に辟易しています。

 後世の我々が、想像もつかない葛藤戦慄の中で、最後の思いは、やはり家族が一日でも残るなら、その住む祖国が残るなら、と思うしか道がなかったように思います。

 先人のかかる思いを、残して頂いた我々が、無にして良いわけがありません。
 
 

戦争を体験したものでもその年齢、立場、男女、居住地などによって
大きく違いがでるようです。というのもウチの親も戦争体験者ですが
爆撃にもあっておらず、身体的理由で戦場へも行ってないし末期には
田舎へ疎開していて戦争体験=食糧難という実感が大きい位のようなのです。空腹だった、とにかく親から聞くのは「食料が不足していた」というのが一番で、戦死者も身近にいなかったから本当に戦争体験者といえるのかというほど、ご苦労された方のお話と乖離しているのです。
だからなのか、特攻や戦争そのものに対してどこか人ごとのような批判めいた言葉が出てきます。「赤紙一枚で戦場へ送られて・・・」という
いわゆるステレオタイプの戦争批判です。戦後のサヨク的洗脳のせいでしょうか。どんなことにしろ「強制」をやたら忌み嫌い恐れ憎む風潮があるようですが、強制がなければ人間はきっと堕落の一途をたどるに違いないと思います。特攻隊の皆さんや旧日本軍に対して感謝と尊敬の誠を捧げたいと思います。自分の命を捨てて守ろうとしたという事には
変わりないのですから。

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コメントありがとうございます

>tono さん
「特攻は志願ではなく、強制だった!」
こう言う人は、知ってか知らずかはわかりませんが、、事実の一部分のみを切り取り、誇張して、自らの主張に合わせるべく政治利用しているんですよね。そこが、一番私の気に障る部分です。

「最近、やたら悪意に満ちた「強制」と言う言葉の氾濫に辟易しています。


人間が社会生活を営む動物である以上、「私」を抑制しなければならない場面は数限りなくありますしね。「私」や「個人」の権利ばかりを主張している人は、裏返せば社会や先人に感謝の意を微塵も感じない「冷酷な人」という気がします


「後世の我々が、想像もつかない葛藤戦慄の中で、最後の思いは、やはり家族が一日でも残るなら、その住む祖国が残るなら、と思うしか道がなかったように思います。


この葛藤の中で自分を納得させるためには、確かにそう思うしかなかったのかもしれません・・・。


>sesiria さん
疎開先で貧しかった体験もやはり戦後生まれで経験していない者にはわかりませんし、日本の敗戦という結果を目の当たりにしてきた以上、戦争については批判的な見方しかできないのも無理はないと思います。

「強制がなければ人間はきっと堕落の一途をたどるに違いないと思います。」

考えてみれば、「法律」、「マナー」、「義務」など、みな強制ですしね。社会生活をする以上、強制は必要です。ただ、たしかに戦前は、それが行き過ぎていた面はあるでしょう。何事もバランスは大切ですから・・。

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