「多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」(カエサル)
「自分の正しさを雄弁に主張することのできる知性よりも、自分の愚かさを吟味できる知性のほうが、私は好きだ」 (内田 樹)

考察NIPPONの書斎
このブログを書く上で参考にした本の一覧。現在194冊考察NIPPON-別館明治~昭和初期の貴重な動画を集めるブログ
(考察NIPPONの別館です)

近代日本動画資料室 更新情報

RSS表示パーツ

いま読んでいる本

おすすめの本

















↑この本の関連エントリーリストはこちら





カウンター(試験設置)

TOP > スポンサー広告 > title - 特攻機「桜花」パイロットに志願した人の証言TOP > 特攻・特別攻撃隊 > title - 特攻機「桜花」パイロットに志願した人の証言

スポンサーサイト   

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

特攻機「桜花」パイロットに志願した人の証言   

前回のエントリーでは、「桜花」を発進(母機からの切離し)させる操作を行った方の回顧を紹介しました。つい先ほどまで同じ機上の人だった桜花パイロットが、自分の操作によって、生還絶対不可能の旅に出る・・・本当につらい任務だと思いますが、それ以上の覚悟が必要だったのは、桜花パイロット自身だったことはいうまでもありません。

数回に渡って「桜花」の説明を書いてきましたが、私が、より多くの人に知って欲しいと思うのは、桜花のパイロットに志願した人の気持ちです。


特攻 最後の証言
「特攻 最後の証言」より、桜花のパイロットに志願し、桜花の操縦訓練を受けたものの、出撃する前に終戦を迎えた、鈴木英男氏へのインタビューを引用します。(P.14~)
(※ エントリー中の写真は、全てクリックすると大きくなります)
「強制ではない、志願だった」

-桜花のことはいつ頃知りましたか?

鈴木「(昭和19年8月に)台南航空隊で艦上攻撃機の訓練を受けていた時、桜花ができるということで志願者の募集がありました。当時の台南空の司令だった高橋俊策大佐がパイロットを武道場に集め、戦局は非常に憂うべき状況にある、中央でとても効果の高い飛行機を作っている、それは死を覚悟した攻撃である、などの説明を受けました。いわゆる特別攻撃隊ですね。ただし、まだ特攻隊という形はできていませんでした。(略)」


-桜花の構想は特攻という言葉が生まれる以前にあったということですね。そのとき、桜花がどんなものか説明はあったのでしょうか?

鈴木「いいえ。桜花という言葉もロケットということも一切説明はありません。とにかく中央で新兵器を作っていると。この兵器に搭乗する者は必ず死ぬとの説明だけです。命はないとはっきり言われました。現状突破にはこの方法しかない。海軍としてはやむを得ない最後の選択であり、志願者を募ると。だから強制はしないと。あのとき300名ぐらいパイロットがいて、その中で教員とか教官とか、我々みたいな学生、妻帯者、それぞれいろいろな事情があった。武道場に集められて、妻帯者はここから退場しろ、一人っ子、長男も出ろといわれたことでも、強制でなかったことは明らかだと思います。」


-残される家族の負担を考えたわけですね。

鈴木「どちらかというと、志願しやすい人たちを残したということでしょうね。あくまで無理に志願する必要はないからよく考えるようにということでした。3日ぐらいの余裕はくれましたか。我々はまだ若いし、飛行機乗りになった以上、この戦局の中で当然そのような攻撃もあるだろうと思いました。あの当時はもう、サイパンは陥ちているし、いろんな形でこれは何とかしなければいけない・・・。よくよく考えた結果、志願したわけです。」

(米スミソニアン国立航空宇宙博物館に保管されている桜花)

-志願されたときの心境をお聞かせ下さい。

鈴木「心境ですか(笑)・・・敵がそこまで攻めてきていると。ここで防がなければいけないと。防ぐといったって、戦局を一挙に覆すことはできないわけですから、我々の考えとしては、敵に打撃を与えようと。こんな打撃を受けるのなら、いいかげんもう戦争をやめたいと、敵をしてそういう心境にもっていかせれば大成功という気持ちがありました。要は早く講話をしてもらいたい。自分の命に代えて、(壊滅的な)被害を受ける前にできるだけ有利な形で講話に持ち込めたらという思いでした。
(略)
一般的なアメリカ国民の感情としては、そんなに被害が出て、まして今度はこういう飛行機(桜花)ができて、艦隊を一度に沈められたら、さすがにもう戦争はやめようという世論ができるのではないか。そうするためには我々が犠牲になっても本望だという気持ちがあった」

(桜花の操縦席)

懊悩を超えて

-心の準備と言いますか、死を前にしての動揺はなかったのでしょうか?

鈴木ないと言えば、嘘ですよ。死んじゃうんだから。たとえ国のために死んだとしても家族は悲しむだろうなと。多少そういう懊悩はありますよ。しかし、それを乗り越えたところに気持ちはありました。あの部隊に配属になったのは一番早い人で19年10月15日。そして初出撃は20年の3月21日です。待機した期間は約5カ月あります。一番長く待機したのは生き残った者で、終戦までの10ヶ月間。死ぬ部隊に入って常に訓練して、いつでも出撃できる状態で過ごすわけですから、出撃するときには、それこそ待ちに待って出ていった。」

ohka-trainer(Ohio).jpg
(オレンジ色に塗装された訓練用桜花。桜花は体当たり用なので、着陸の車輪はないが、訓練機には”着陸用橇(そり)"が取り付けられていた。右は教官が同乗できる複座形。左の桜花は、National Museum of the U.S. Air Force所蔵)

「自分の死を乗り越えたところに気持ちがある」・・・戦後生まれの日本人には、想像することすら難しい心境ですが、どのようにしてその境地に達するのか・・・。それがわかるような、もう一人の桜花パイロットのお話を、次回紹介したいと思います。

■関連エントリー


■参考リンク



■参考書籍
特攻 最後の証言
特攻 最後の証言『特攻・最後の証言』制作委員会

アスペクト 2006-10-17
売り上げランキング : 51436

おすすめ平均 star
star石本、神崎両氏の後書だけでも
star等身大の姿がそこにある。
star沢山の人に読んで欲しい

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

桜花―極限の特攻機 (中公文庫)
桜花―極限の特攻機 (中公文庫)内藤 初穂

中央公論新社 1999-03
売り上げランキング : 299409

おすすめ平均 star
star桜花と特攻隊を知るには最適の入門テキスト

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

スポンサーサイト

ブックマークに追加する

コメント

自分が犠牲になっても国を守るということは今の時代ではむずかしいかもしれませんね。以前光人社の桜花についての文庫を一冊読みました。一冊で色々桜花についてわかりますよー。桜花は試験運転(?)で失敗して優秀パイロットは死んでしまって、訓練は事故も多く近所の子供の首を刎ねたということもあったみたいです。それでも練習に励んだんですよね。同じ国であるのにもうまったく違う世の中なんですよね・・・

>さきさん

戦後生まれには、あの時代の空気を想像することさえ難しいですしね。でも、よくよく調べてみると、「自分が犠牲になっても」という心境に達するまでは人によっては相当な葛藤があったようですし、日常の様子などを読むと、今の若い人とあまり変わらない気がしないでもありません。
特攻隊員の人数分、様々な想いがあったのでしょう・・・。

はじめまして

どうもはじめまして。貴重な桜花パイロットの証言、どうもありがとうございます。彼らの生の証言を初めて知りました。
意外に淡々と、そして合理的に志願していたという印象を受けました。
確かに、あの時代にいないとわからない雰囲気があったのでしょうね。
また面白い本がありましたらご紹介ください。私もTBさせていただきます。

>みりけんさん

はじめまして。コメントありがとうございます。

>意外に淡々と、そして合理的に志願していたという印象を受けました。

このあたりは、人によってかなり違うようですが、このエントリーで紹介した鈴木英夫氏へのインタビューでは、たしかにそういう印象を受けますね。
みりけんさんも沢山戦争関係の本を読んでいらっしゃるようで、こちらこそ何か良い本があったら教えてくださいね。
これからもよろしくお願いします。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

桜花訓練経験者のお話

私の親戚のおじいさんが、元ゼロ戦のパイロットで、桜花の訓練の経験者です。
2011年1月に零戦のお話をしているとき、桜花について何か知っている?と聞いたところ、「知ってるも何も訓練を受けたよ」とのお返事で初めて桜花の訓練を受けていたと知り、いろいろお話を伺いました。 まさか桜花の訓練経験者と直接お話が出来るとは思ってもいなかったので貴重な経験です。
まとめてみると、
 ・一式陸攻で桜花2機を曳航して水平飛行訓練を実施した。
 ・訓練機は着陸装置が貧弱で、事故が続出したので、着陸はやめて、
  500mの高度でパラシュートで飛び出す形に変わった。
 ・その方法では訓練の度に機体が失われるので、満足に訓練もできなかった。

おじいさんは元々航空本部で機体の材料の研究をしていたので、特に機体については詳しいようです。
お話の中では桜花への志願については特に悲壮感は無かった様に感じました。元々技術屋なので、お話の中では、志願したときの心境よりも、桜花の機体構造や問題点など、技術的なことを詳しくお話していただきました。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:
http://jseagull.blog69.fc2.com/tb.php/388-7756b44d

FC2Ad

相続 会社設立

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。