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桜花の開発が決まった時   

「桜花」についてのエントリーを書こうと思って、ふと気づいたのですが、「桜花」という特攻兵器がについては、どのくらいの方がご存じなんでしょう?

 「特攻」「神風」といえば、「爆弾をつけた零戦などの飛行機が敵艦に体当たりする」ということはほとんどの方が知っていると思います。 もともと、別の目的で開発製造された飛行機を、体当たり攻撃に使用したわけですが、「桜花」は体当たり攻撃のために開発された航空機なのです。

 どのようにして使用するのかご存じない方には、文字で書くよりも下の動画(CG)を見て頂くのが早いでしょう。(1:30)




桜花は、体当たり攻撃を目的に、しかも零戦などによる体当たり攻撃が始まる以前に、その開発がスタートしていたようです。しかし、搭乗員は必ず死ぬことが前提となっ ていますから、当然の事ながら大反対する人もいます。

開発を続けるかどうかの議論が紛糾、決めあぐねた結果、このような兵器に搭乗する者がいるかどうか、 桜花の部隊を編成できるほどの人数が集まるかどうか、調査することになったようです・・・。
「特攻パイロットを探せ―埋もれた歴史の謎を掘り起こした真実の記録」
特攻パイロットを探せ―埋もれた歴史の謎を掘り起こした真実の記録

P.157~
44年の6月、林は筑波航空隊で戦闘機操縦の教官をしていた。まだ中尉であった。

天候不順のある日、宿舎で待機していると、指令からの呼び出しがかかり、 士官室に7,8名の教官が集まった。そこでまず司令が戦局の説明をした。その後で、司令と飛行長が替わるがわるに口を開き、海軍に、ある新兵器の開発予定 があることを打ち明けた。

一度出撃すれば生還が絶対にできないが成功すれば空母でも戦艦でも一発で撃沈できる新兵器だと言った。林はその新兵器が何であろ うかと推測した。 司令の話を上の空で聞きながらも、イマジネーションを働かせその兵器のことを想像するのを楽しんでいた。

林は一発で撃沈できるという言葉が気に入った。飛行機なのか、爆弾なのか、はたまたまったく予想できない新兵器なのか。司令は、この兵器は搭乗員の生還は皆無であるがゆえにこれまでの人類で例を見ない非人道的なものであると評した。しかし、戦局が日本にとって日に日に不利になり、打開のめどが立たない限り、非人道的だからといって一蹴するわけにも行かない。

上層部でいくら論議を繰り返しても結論が出ない。それで、まず現場の搭乗員に意見を聞きたいというのであった。
彼らの完全なる自由意志とし、この兵器に乗り込むという志願者があり、それがなおかつ一個部隊を編成できるだけの人数であれば、この兵器の開発をはじめるが、もし志願者がないか、またはあっても人数が不足なら、廃案にすると決定したという。

しかし、日本中の飛行機乗り全員に志願の意志の有無を聞いてまわるのは不可能であり、この日列席した教官たちが代わりに意思を表明し、全国のパイロットの数字と合わせるという方法だった。

早い話、出席した教官の中で一人志願したのでは、全国パイロットの数に当てはめてみると一個部隊をつくるには不足する。少なくても二人が志願しなければ、この兵器は廃案となる、という代表投票だった。

飛行長が再度この兵器の必死性を繰り返した。この兵器で出撃するものは絶対に生還できない。万に一つの可能性もない。志願したから、勇気がある、志願しないから卑怯者ということでは決してない。今まで通り戦闘機で国に奉公するのも立派な仕事であると飛行長は強調した。

飛行長と司令が替わるがわる話を続けた。家族のことも考えなくてはならない。死ぬことだけが国への奉公ではない。それぞれの自由意志で決定してほしいと締めくくった。 教官たちはこのことを口外しないよう、またお互いに相談しないようにと忠告を受け、三日間の猶予を与えられた・・・。

桜花の開発が続くかどうかは、志願する飛行教官が二人以上いるかどうか、そこが分かれ目でした。そして、上記引用箇所で登場 した林富士夫元大尉と、いまだに誰かは特定できていないもう一人の教官の計二人だけが賛成票を投じ、桜花は廃案とならずに実現することになったようです。
林ともう一人が志願した後、海軍は桜花の開発に真剣に取り組み始めた。海軍が、この桜花を起死回生の主兵器とすることを決定したのである。

そして海軍全域から一般志願兵を集めはじめた。零戦、艦爆、雷撃、水偵など、多種多様のパイロットが志願、集結した。 そして44年10月1日に正式に、桜花専用の特攻部隊、そして日本最初の特攻専門部隊が結成された。正式名称を第七二一海軍航空隊といった。

しかし、後日、自分の目で初めて桜花を見た時、林は詐欺にあったと思った。
こんな粗末な兵器で連合軍に対抗できると考えるとは、とても正気の沙汰とは思えなかった。わが海軍もここまできたのか、というのが林の正直な感想であった。






次回に続きます。



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コメント

おそらく

結構知らないと思いますね、神雷部隊の桜花は。50~60代ぐらいの男性が遊就館二階から桜花をみながらあれはなんだ?みたいなことを言っていたのでそんな気がしています(´ω`)
戦中放置された桜花をアメリカは持ち帰っていたので丸裸のようなものですよね。そしてせっかく体当たりが成功しても敵艦を貫通してしまい爆発がおきないということもあったみたいですね。だけど、自らの手で仲間を敵艦に送り込むという戦法のこの兵器は一番つらい気がします。

>さきさん

いつもコメントありがとうございます。

そうですよね。特攻は知っていても「桜花」は知らない人がかなりいそうですよね。「回天」は最近の映画で知った人も多いでしょうし、激戦地硫黄島の存在も大分知られたでしょうけど・・・。
やはり、色々調べたら、国内に残っている桜花は入間基地の1機だけのようです。毎年11月3日に入間基地航空祭があるので見学できるんですけど、いま展示館を改築中で2010年まで見ることができないみたいです。
でもアメリカの博物館のサイトを検索してみたら、結構保存されているみたいです。

>だけど、自らの手で仲間を敵艦に送り込むという戦法のこの兵器は一番つらい気がします。

同感です。たしかに、いろいろあった特攻兵器の中で、桜花が一番きついかも。母機から切り離す合図を「オワリマーク」と言っていたと例の本にも書いてありましたね。

さき様へ

初めて書き込ませていただきます。私は今年中に満73歳になりますが、終戦時には満10歳半の少年でした。まして現在50-60台といえば当事は生れたばかり、或いはまだ幼かったわけですから、当事の記憶がないのも無理はないと思います。つまらぬ話で恐縮です。

>いわお さん

初めまして、コメントありがとうございます。
私の父と同い年ですね♪

さきさんや私が「桜花」を知らない、と書いたのは、戦時中の「記憶」としてではなく、「知識」として知名度が低いかな?ということなんですね。

戦後生まれの私自身もそうですし、ましてや、さきさんは現役の学生さんなので、終戦時は影も形もありませんから、いうまでもなく桜花の「記憶」はありませんので (^^;

神風特攻隊と違って、搭乗員が必ず死ぬことを前提に設計、製造された航空特攻兵器があったということ、そして、これから書いていきますが、それに自ら志願した人達が、どういう気持ちだったのかをネット上にも残しておきたいと思っています。

よろしければ、ぜひまたお越しください<(_ _)>

コメント有難うございます:

管理人様。 コメント有難うございます。「回天」「桜花」いずれにせよ、公表されていませんでしたから、当事成人されていた方々でも、関係者でない限り、戦後出版物で読むなりするまでは知らないのが当然なわけですね。

知りませんでした

私も戦時中の戦闘機や軍艦などのことは種類も名前もほとんど知りません。もちろん「桜花」の存在も初めて知りました。こう言うことは自分から関心を持たないと、ずっと知らないままかもしれないですね

>いわお さん

出版物は、ほとんどの場合、自ら興味を持って手に取るまでは知識にならないですが、ネットの場合は、居ながらにしてこのような情報に触れることができます。そして興味を持って検索すれば、更に色々な情報を得られますし、何かの拍子で偶然目にとまることもあります。

私が色々な本を引用しながらブログを書いている理由のひとつは、調べ物をする人の何かの役に立てれば、という気持ちです。そういう気持ちになったのは、私が、他の方のブログで勉強させてもらったので、その感謝の意味もあります。もちろん、世間に向けて言いたいことを書くというガス抜きの面もありますけど(笑)
そういうわけですので、いわおさんにとって、お役に立てることがあるかどうかわかりませんが、また、気軽にコメント頂ければ嬉しいです。


>halo さん

どうもこんばんは♪

>こう言うことは自分から関心を持たないと、ずっと知らないままかもしれないですね

そうですね。たとえば映画が作られて、それが話題にでもなれば知名度は上がるかも知れませんが・・・。
でも、こういう兵器をかつての日本が造ったこと、そして実際にそれに乗って戦った人たちがいたことは、後世を任された日本人は知っておいた方がよいと思います。
人によっては、「こんな非人道的なものを造るなんて、酷い国だ!」と思うでしょうが、そこで止まらずに、こんな兵器を造らなければならないほど追いつめられた状況や、そんな状況だからこそ、自ら志願して登場した先人達がいたこと、その人達がどんな気持ちだったのかを知ることが大切かな、と考えています。

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