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沖縄集団自決は軍の命令だったのか?座間味島の場合-2   


【このエントリーを読まれる方への注意】
これは、あくまでも座間味島に於ける梅澤裕さんと宮城初枝さんとの間の話です。極めて限定された場所と人物についての話であり、沖縄各地で起きた集団自決を物語っているわけではありません。
時折「沖縄集団自決訴訟」だけをとりあげ、梅沢隊長(座間味島)、赤松隊長(慶良間島)の命令の有無だけを取り上げ「命令はなかった」という論調を見かけますが、それはこの問題を著しく矮小化し歪めていることに留意してください。

沖縄戦における「集団自決」と「住民虐殺」の事例一覧

(2007/10/29追記)


昨日のエントリーでは、朝日新聞の記事が印象操作的だったことに触れましたが、今回からは、「母の遺したもの―沖縄・座間味島「集団自決」の新しい証言」から引用しながら、なぜ集団自決が起きたのかを考えてみたいと思います。

ところで、今回報道された文部省の教科書検定について批判的な方の意見に目を通していくと、次のような考え方が多いことに気づきます。

すなわち、「ハッキリした形の『命令』ではなかったかもしれないが、国家の教育や鬼畜米英といったプロパガンダがあったからではないか。結果的に死ねと命令したのと一緒ではないか」という意見です。昨日そういうコメントもいただきましたし、下記の記事のように、集団自決で生き残った方の声にも現れています。
歴史曲げずに伝えて」=沖縄の集団自決生き残り男性-教科書検定 時事ドットコム(2007/03/30-17:36)
(キャッシュはこちら

集団自決の生き残りである中村一男さん(73)=沖縄県座間味村=は30日、こう語った。
座間味島で沖縄戦を体験したのは10歳の時。日本軍から手りゅう弾を渡され「米軍に捕まったら体のあちこちを切り刻んでじわじわ殺される」と聞かされた。「自決しろとはっきり言われたか記憶にないが、暗に自決しろと言っているのと同じだ」と振り返った。別の家族が手りゅう弾で自決するのも見たという。


これは、至極もっともな意見だと思います。
鬼畜と思っていた米兵は実際には怪我の手当もしてくれ、食料もくれた。「今まで信じていたものは何だったのか!?」・・・当然の感想でしょう。

そこで、皇民教育がいけなかった、戦陣訓がいけなかった、「鬼畜米英に陵辱される」というプロパガンダがあったからいけないんだ、という発想になるのでしょう。しかし、これは戦後の価値観による、やや短絡的な考え方ではないかと私は思います。つまり、国家や軍と個人を、「対立軸」で考えがちだからこその発想ではないかと・・・。

では、なぜ沖縄の住民が自決しようとしたのか・・・それを知るには、自決が起きた地域の状況や、日本人の精神性、当時の価値観などにも目を向ける必要があると思うのです。

地域的な話をすれば、集団自決が起きたのは、座間味島、渡嘉敷島、慶留間島、伊江島などの小さな「島」が多かったようです。小さな島と言うことは、四方が海ですから、米軍艦艇が海岸線を埋め尽くせば、もう逃げ場はないわけです。まさに袋の鼠です。そんな状況になったとき、人はどうするでしょうか?

やるかやられるか、もしくは投降するかです。しかし、投降したら「慰み者にされて殺される」と信じ込んでいる状況では、敵にやられるくらいなら自決の方がマシという結論になってしまうのも無理はないかと思います。日本が戦争を始めなければこんな事にならなかったという人もいるでしょうが、袋の鼠で生きるか死ぬかの状態の時にそんな批判をしている余裕はなかったと思います。

日本人の精神性という意味では、刀折れ矢が尽きた状態では昔から自決という道を選ぶことが多かった。白虎隊が市中の火災を若松城の落城と誤認して自刃した例などは有名でしょう。沖縄県の知事が昭和19年11月3日(明治節)に県民を集めて決起大会を開いたとき、「日本の武士はお城が落城する時は妻も子供も自決してお城と運命を共にしたんだ」「米兵がやってきて殺されるなら自決しよう」というような内容の話をしたという記録もあるようです。

当時の価値観について簡潔にまとめるのは難しいですが、一つには日本人の中に渦巻く強い反米感情があったことは見逃せないと思います。

以前のエントリー日米「開戦を痛快と感じた当時の日本」などでも触れましたが、支那事変に断固反対していた人達までが、真珠湾攻撃成功の報を聞いて、「これでスッキリした」というくらい、日本人の中にはアメリカへの反感・憎悪があったわけです。

それは、アメリカに移民した日本人に対する人種差別政策や、植民地を持つ国による保護貿易主義や昭和恐慌、また日本からの輸入品がアメリカ人の失業の原因だというような事実無根のプロパガンダ(「アメリカはアジアに介入するな!」を読むとよく分かります)など、アメリカの日本叩きは酷かったわけです。日本国民の経済や家計を直撃したわけですから、日本人のアメリカに対するストレスも相当のモノがあったと考えて良いでしょう。

もう一つ、当時の国民の間にあった国家観というのは、現代人のものはとても大きな隔たりがあったことも忘れてはならないと思います。

黒船来航、開国後、明治維新を成功させ、アジアの中で西欧に植民地化されなかった希有な存在としての日本があった。また極めて短期間のうちに欧米列強と比肩するほどの国力をつけ、有色人種で唯一、国際連盟合の常任理事国となった国・日本の国民としての誇りのようなものがあった、と思うのです。
その頃の日本は、今とは比較にならないほどの格差社会でもありましたが、それでも、アメリカに移民した日本人が差別されていると聞くと、国民全体が怒るという一体感のようなモノが当時はあったと、私は色々な本を読んで感じています。

では、昨日のエントリーでも引用した、「米兵に捕まると、婦女子はさんざん弄ばれた上に刺殺され、男は道に並べられてローラーの下敷きにされてしまうのだ(P.36)」という話は、政府や軍によるプロパガンダだったのでしょうか?意図的に国民を騙して信じ込ませたのでしょうか?

これについては、詳しく調べたわけではありませんので、あくまでも私の想像ですが、軍人、民間人を問わず、結構本気で信じていたのだと思います。それは、過去に外国人による、とても人間のすることとは思えないほど非道で残虐、かつ組織的な殺人が、日本人に対して行われた事例があるからです。南京で日本人が虐殺を行ったかどうかについては議論が分かれていますが、逆に日本の民間人も、外国で虐殺された事件、すなわち通州事件尼港事件などがあり、日本国民はそれを報道で知っていたわけです。

今と違って、「外国人」を、産まれてから一度も目にしたことがない日本人が大半で、かつテレビもない時代、外国人に対する得体の知れない恐怖心は、意図的に誰かが宣伝しなくとも、自然に広まっていったと考えられないでしょうか?

そもそも、「鬼畜米英」などといって、戦意高揚をはかるのなら分かりますが、「敵に捕まると慰み者にされて殺されてしまうよ」という噂を、意図的に広める理由って何かあるでしょうか??? わたしにはちょっと思いつきません。。。
それに、米兵のごく一部でしょうが、日本兵の遺骨を記念品として持ち帰ったり、遺体の頭を踏みつけて金歯を取り出して持ち帰ったりということもあったと言われていますから、見たこともない外国人への恐怖心はなおさらです。
実際に、こういうことをしていた米兵もいて、日本の新聞記事になったわけですし → 「これ 見逃すな」さん記事
(日本兵の遺体をひっくり返したりしながら貴重品などを持ち去ろうとしている米兵の様子を映した動画がネット上にもあります。あえてリンクは貼りませんが。)

ともかく、今の価値観、特に国家と個人を対立軸でしか捉えられないモノの見方では、当時の様子を思い描くのは難しいと思います。



いろいろ書いて長くなってしまいましたが、要は、私のような歴史の素人が少し考えただけでも、これだけ色々と集団自決の要因が思い浮かぶのに、「集団自決があったのは、政府や軍が悪いからだ」と、決めつけてしまうのはいかがなものか?と思うのです。


今回の教科書検定に批判的な意見の方達は、集団自決の生き残りの方の証言集めや、戦争の悲惨な話の勉強には熱心な人も多いのですが、考え方の根底に、『国家と個人の対立軸』があり、そこから抜け出せないから、このような短絡的とも思える結論にすぐに飛びついてしまうのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?


短絡的な結論では、歴史の反省にならないし、未来に生かすこともできないと思うのです。「政府や軍が悪かった」を結論とすると、そこで思考が停止してしまいます。未来を担う生徒達には、結論や一方的な思想を提供するのではなく、事実を提示し、考える機会を提供する方が、よっぽど彼らの為にも国の為にもなるでしょう。


政府や軍の責任追及だけでは、自決した方達は無駄死にになってしまうおそれだってあると思います。このような悲劇が起きないようにするには、どうしたらよいのか?それを考えていくのが、後世をまかされた世代の役割でしょう。政府批判をしていれば、あるいは政府だけが反省すれば集団自決のようなことは起きないだろうと思うのは、油断しすぎ、まさに平和ボケではないかと私は考えます。


母の遺したもの―沖縄・座間味島「集団自決」の新しい証言」から引用紹介するつもりでしたが、長くなってしまいましたので、次回に譲ります。

念のために書いておきますが、集団自決の生き残りの方を非難したりするつもりは毛頭ありません。もし、「軍の命令があった」として援護法に基づく年金や弔慰金を受け取っていたとしても、沖縄の悲劇を少しでも知れば、誰が彼らを非難できるでしょうか。

沖縄地上戦 Okinawa ground war(5:23)



また今回もエントリーが長くなってしまいました。最後まで読んでいいただきありがとうございました。

 

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コメント

同感です。
最近思うのですが、あの戦争をどれだけ自分に置き換えて見れるんだろうと努力しています。
これは土台、戦争を経験してないから無理なんだろうけれども、戦前の日本人の心情にどれだけ近づけるかということであります。つまり、平面的な歴史の記述だけでは図れない物差しがあると思えてしょうがない。
貴殿がおっしゃるように、当時の日本人の精神性、価値観、国家観、宗教観、君主(天皇)観・・・など、現在では薄らいでしまった当時の心情をいかに読み解こうとするかにかかっているのではないかと思います。
つまり、これがないと臨場感にかけ、最近のマスコミのように単なる言葉の論いになってしまう。

少なくとも、当時の日本人には確立された思想や民族の誇りがあり、知識のみならず教養もあったと思います。靖国神社の英霊の遺書を見る度、これは単なるプロパガンダによる洗脳ではないということがわかりました。

確かに当時の日本人が米英を「鬼畜米英」と考えた根拠があったはず。戦場において米兵がまったく紳士的だったとは到底思えない。上官が見ていないところで、無抵抗の捕虜を殺害したり、女子をレイプしたりしても、アメリカにとって不都合な記録が残っていないだけの話ではないかと思えます。
つまり、戦後偏った日本兵の悪態ばかりが蔓延って、一種の悪玉論が展開されたと。
私は、日本人という本質を考える限り、米英よりも日本兵個人は善者であったと思う。さらに戦前の日本人は人間の完成度の高く、天皇という絶対的な統帥下で皇軍としての意識が強かったと思います。現に天皇の玉音放送によって、軍が武力放棄し、撤兵できたのも、この意識の高さの表れではないかと思うのです。

さすがですね

 私の「放言・暴言」と違い、タイトルに恥じない「考察」素晴らしいです。
 戦時を語るときに、時の流れを無視した発言が多いですよね。
 何時も言うのですが、上方から撮ったサッカーの試合のビデオを見て批評をしているんですね。それもポーズボタンを多用してなのです。試合をしている選手は立ち止まることは許されない状況にあり、上方からの映像も無いんですよね。
 先日、実家に帰って両親と話しましたが、やっと最近戦時の話何かをほんの少しですがするようになりました。
 母は疎開先で(S7年生まれ)で米軍の戦闘機の機銃掃射をくらい、先生の指示で命からがら大木の洞に逃げ込んだと言っていました。
 「その時の恐さと言ったら、体験しないと分からないよ。今ね戦争を体験してもいないのにね色々言う人が多すぎるんだよ。
 と言っておりました。
 これは、肝に銘じておきたいと思います。 

>くわっぱ上等兵 さん

いつもコメントありがとうございます。
やっぱり、自らを当時にタイムスリップさせて考えて考えてみることは大事ですよね。その為には、やはり色々調べたり読んだりしなきゃなりませんが、それ以外に近道はないと思っています。

『つまり、これがないと臨場感にかけ、最近のマスコミのように単なる言葉の論いになってしまう。』

その通りですね。「レッテルを貼って批判しているだけで、本質を理解しようとしていないコトに気づけよ!」って言いたくなることが私もよくありますし。

『私は、日本人という本質を考える限り、米英よりも日本兵個人は善者であったと思う。さらに戦前の日本人は人間の完成度の高く、天皇という絶対的な統帥下で皇軍としての意識が強かったと思います。現に天皇の玉音放送によって、軍が武力放棄し、撤兵できたのも、この意識の高さの表れではないかと思うのです。』

私も今までそう思っていたのですが、実は、最近少し変わりつつあります。

あくまでも印象でしかありませんが、米英との比較で行けば、どちらも大差なかったのではないかと。「天皇の玉音放送で日本兵は一斉に武器を置いた」と、何かの本で読んでそう思っていたのですが、色々調べてみれば、「宮城事件」や「上野公園占拠事件」「厚木航空隊騒擾事件」など、8/15以降も終戦反対派による様々な事件が起きていますし、日本兵の証言集などに目を通すと、「これで死なずに済んだ。」「ホッとした」と言う感想も数多く目にします。崇高な志を持った日本兵もいれば、案外、現代人と変わらない日本兵も相当数いたようなのです。

逆に、前にも書いたように不届き者もある程度含まれていた・・・そうでなければ、軍紀の乱れを糾すために出されたという「戦陣訓」も、南京入城前に松井石根大将が「軍紀を厳守して皇軍の威信を示せ」と訓示したにもかかわらず、入城後に再度、不祥事を諫める「通達」も、必要なかったと思いますし・・・。その不祥事が、虐殺なのか掠奪なのか強姦なのかは、まだまだ不勉強なのでわかりませんが・・・。

美談・悪事は後世に残りますが、あまり語られることのない、徴兵制で出征した「その他大勢」の日本兵の話にも目を向けると、あの時代を理解する手がかりを得られるような気が、最近しています。


>tonoさん

長ったらしいエントリーなのに恐縮です<(_ _)>

『上方から撮ったサッカーの試合のビデオを見て批評をしているんですね。それもポーズボタンを多用してなのです。試合をしている選手は立ち止まることは許されない状況にあり、上方からの映像も無いんですよね。』

うまいことをおっしゃいますね!まさしくその通りです。ぜひ今度、使わせて下さい!
以前、格闘家の前田日明さんが「時間のカンニング・ペーパーを使って・・・」と表現していましたが、tonoさんのサッカーの試合の例えの方がわかりやすいですね。
もっとも、前田氏のこの発言(↓)は、在日の人の意見として重みがありますけどね。

『まるで時間のカンニング・ペーパーを使って当時の日本を侮辱する人たちは、本当に嫌ですね! しかも自分は日本人の罪を認めています、悔やんでいますという、 自分だけ良心の高みにおいているかのような感覚でいる連中が、もうたまらなく嫌です。 』

お母様も恐ろしい目にあっていたんですね。ご無事で何よりでした。そうでなければtonoさんもこの世に生まれていなかった・・・。お母様のお言葉、私も肝に銘じておきます。
しかし、疎開先、しかも先生の避難指示あったということは、学校での出来事でしょうか?そこに機銃掃射を喰らわすとは、「鬼畜米英」の裏付けになりますね。
この映像(↓)のような感じだったのでしょうか・・・。

「Attack on Japan in The Pacific War」
http://www.youtube.com/watch?v=BfJw6qlFGbg
(約1分の動画です。後半30秒くらいが、田圃の中の農家や学校と思われる建物、列車に向けて機銃掃射をしている米軍機のガンカメラ映像です。)

西日本の方は、今、黄砂が凄いようですね。お気をつけ下さい。

はじめまして。

当方のブログの訪問ありがとうございました。
近代史については学生時代から様々な角度で考えたりしていました。もちろん、現在の日本についても様々な考察をしています。
近代史は本当に色んな国からの意見もあり、日本の意見が通りにくい状態になっていたり、史実を曲げて教えたりと問題点がありますよね。
私のブログも時々は近代史の考察を入れていきます。
けど、本来はアホなブログですので・・・(苦笑)

今後とも宜しく御願い致します。

らくしょう さん

わざわざこちらにもコメント頂き恐縮です。
「本来はアホなブログですので」とおっしゃっていますが、近代史にかなりお詳しい方とお見受けしました。
私なぞ、近代史の勉強を始めたのはここ1~2年くらいのことですから、らくしょさんのBlogは、私にとってとてもためになる記事がたくさんありそうです。
私のところで何か認識間違いをしていることがあったら、ご指摘頂けたりすると、なお嬉しいです(^^ゞ
お気に入りリンクにも追加させて頂きました。今後ともよろしくお願いします。

このエントリの、ブルーのラインでカバーしてある文章は本当にその通りだと思いました。また、『国家と個人の対立軸』と言う言葉は、最近なんとな~く頭に湧いて来ていた思考をハッキリ文字にしてもらえた感じで本当にスッキリしました。例えば、あるテーマを読んでいる時に、被害者(権力に対しての弱者)的な視点から書かれたようなものを読む場合と、国や軍など(政治と言うか..)の視点から書かれたようなものを読む場合では、とらえ方が異なると感じることがありましたので。まだ知識の浅い私は様々な意見を読むたびに、あれにも納得、コレにも納得..となって、グラグラするばかりです。でもおっしゃるように「結論ありき」で考えることをやめる事にもとても納得します。
エントリへの感想を書きたいなと思いつつ、相変わらず考えがあちこちに拡大してなかなか書けません;ですがわかりやすい丁寧な文章で、好んでブログを読んでいます(更新もお疲れさまです)。


>halo さん

毎度です~♪
>ブルーのラインでカバーしてある文章・・・

そこは、私が一番に言いたいことだったので強調したのですが、他所では「わざとらしい」「最後の部分はいやらしすぎる」と書かれてしまいましたけどね~(^^;)

『国家と個人の対立軸』ってどうも敗戦後に出てきた価値観のような気がしているんですよ。対米開戦でみんな沸き上がったのに、戦争に負けてしまったから、「誰が悪いのか?何が悪かったのか?」っていう責任者探しが始まって、一番簡単な答え=「国(教育、天皇)が悪い」で、「はい、おしまい」(苦笑)

戦前は、支那事変や対米開戦に命がけで反対した人も少なからずいたけど、それは、別に「反日的」な発想ではなかったような気がしています。
このあたりは、また、いつか整理して書いてみようと思っています。

>あれにも納得、コレにも納得..となって、グラグラするばかりです。

それ、すごくよくわかります。ちょっと前の自分がまさにそうでしたから(^^ゞ いや、今でもそうかも?

「結論ありき」はメディアの報道でも健康番組でも問題になっていますしね。私は歴史の「真実を知りたい、真実に近づきたい」というのが、一番の欲求なので、感情や政治的な背景は一旦脇に置いて本を読むように気をつけています。本の中にそういう部分が出てきたら、そこは眉に唾を付けて読みます(笑)

ドストエフスキーの次の名言が私のお気に入りです。
「本当の真実というものはいつでも真実らしくないものだ。
真実をより真実らしく見せるためには、どうしてもそれに嘘を混ぜる必要がある。
だから人間はつねにそうしてきたものだ。」



ヒトの記憶 民族の記憶

 管理人様、こんにちは。初めてコメントいたします。

 青ラインの部分ですが、私も同意します。
 ヒトは文明や科学を進歩させてきたけれど、ヒト自体はいつの時代も大して変わらない。情報が蓄積しただけ…みたいな事って、よく言われてますよね?
 国が続く限り、失敗の歴史もつらい経験も、民族の財産になりうる。ひたすら「バカだった!悪かった!」等言っていないで、次代への教訓にするための研究作業が必要なんじゃないかなぁと。そして、それができる位に、日本人はいい意味で忘れてきていると思います。個人個人の憎しみや悲しみは薄れ、あの時代を、哀悼と敬意と慈しみを持って、冷えた目と頭で見つめる事ができるようになってきているんじゃないでしょうか。
 まぁ、「戦争を悪と認識する事が戦争を理解する事」なんて絶対公式が巷にまかり通っちゃってるあたり、忘れすぎの感もありますが(笑)。

 祖母(83歳)に戦争の話を聞くと、「あの時代の事は、あの時代を生きていないと絶対に理解できない」とよく言われます。
 管理人様やここに集う方々は、理解できない事を理解しつつ、戦争を真っ直ぐに見つめようとしていらっしゃるようで、とても好ましく感じました(エラそうですみません)。文章も読みやすいですし。
 これからの記事にも期待しています。失礼します。

>きじとら さん

コメントへの返信が大変遅くなり申し訳ございませんでした。

>ヒト自体はいつの時代も大して変わらない。

これは、私も感じています。
その時代の空気というのはありますけれども、様々な人と考え方があって社会が成り立っているコトは普遍でしょう。
一部しか見なかったり一方的な立場からしか見ていないと、忘れがちですけれども。
左派がよく言う「『軍隊は国民を守らない』という事実は歴史で証明された」というのも、一部の軍人の行動を、無理矢理にあたかも軍全体がそうだったと言っているわけですし、逆に全ての旧日本軍人が崇高な精神を備えていたわけでもないと思うのです。

>日本人はいい意味で忘れてきていると思います。個人個人の憎しみや悲しみは薄れ、あの時代を、哀悼と敬意と慈しみを持って、冷えた目と頭で見つめる事ができるようになってきているんじゃないでしょうか。

何かの本で読んだのですが、世代を経る毎にこう言う傾向が繰り返されるそうですね。戦争を直接経験した世代とその子は極端な反戦傾向だが孫の世代になると、冷静に歴史として見つめられるようになるのと同時に、戦争の悲惨さを直接経験していないために、好戦的な傾向が出てくるとか何とか・・・。
ただ、現代は昔と違って戦争の映像を簡単に見ることができるので、それがある程度、歯止めになるのかもしれませんね。





コメントのお礼です

「j.seagull」さん、コメントをいただきまして誠にありがとうございました。
今後とも宜しくお願いいたします。

>外堀通信社 さん

わざわざお越しいただきありがとうございます。
もう少し先になると思いますが、あの記事は拙ブログでもご紹介させて頂こうと思っています。
こちらこそよろしくおねがいします<(_ _)>

ご丁寧にありがとうございます。

あの、まことに申し訳ないのですが、
もし宜しければ、私のブログのご紹介、遠慮させていただければと思うのですが。
私のわがままで申し訳ありませんが、
こじんまりとやっていくのが好きなのです。
あるとき、変な書き込みとかトラックバックとかが増えたのですが、
私のブログが引用されリンクされていたためでした。
誠に私事で申し訳ありません。
何卒、よろしくお願いいたします。
今後とも宜しくお願いいたします。

ご迷惑をおかけして申し訳ありません

誠にありがとうございました。
無理なお願いをいたしまして、申し訳ありませんでした。
今後とも宜しくお願いいたします。

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