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戦争について考えるということ   

先週2/21のエントリー『特攻 最後の証言』より -本当は人道的な兵器だった人間魚雷 回天で、引用紹介した「特攻 最後の証言」という本の著者は、”「特攻 最後の証言」制作委員会”となっていて、複数の人が編集に携わっているのですが、構成と撮影を担当した 石本 馨氏が後記の中で書いていることに共感できる部分がありましたので、少し引用紹介しておきます。


P.279~
自分が特攻隊員だった方達の話を伺うことになるとは、まったく思ってみたこともなかった。会って話を聞いてみたいが機会に恵まれなかったとかいうことではない。自分と接点が生じる人達だと思ったことがなかった。そもそも戦争そのものに興味が無く、それどころか、戦争について知ることを避けてきた。戦争は僕にとって忌避すべき対照だったのだ。
(中略)
広島に産まれた僕にとって、戦争とはつまり原爆のことでもある。母は原爆投下後、数日ほどしか経たない広島の街を歩いて横断した。その時の経験を母は「酷かった」という以外、話してくれたことがない。思い出すのも辛い凄まじい光景を見たということだけは確かだった。近所のおばさんは爆風で飛んできたガラス片を浴び、肌にたくさんの傷跡を残していた。習字の先生は顔に一目でわかるケロイドがあった。
(中略)
そんなことが、直接は知らない戦争に対する僕の原体験となっている。戦争に関わる記憶はどれをとってもただ暗いものでしかない。
その結果の戦争嫌いは、思想としての反戦ではなく、生理的嫌悪感に近いものだ。戦争は惨めで悲惨である以外の何者でもない。それについて知る気も起きなければ、そこで何かを学びたいと思ったこともない。

"生理的嫌悪感による戦争嫌い"というのは的を射た表現だと思います。日本人の中にこういう人はきっと多いでしょう。戦争について考えないこと、あるいは戦争を否定することが平和だと思いこんでいる状態とでも言えるかも知れませんね。

考えてみれば、戦後世代の言う「反戦」や「平和」とは、それぞれそこに至った経緯は異なるにしても、僕とさほど変わらないある種の思考停止状態を指すのではないか。反戦、平和のお題目を唱えていれば、それで済んでしまう。絶対的な結論がそこにあり、議論の余地も疑問の余地もない。この疑問を持たないところが、おそらく一番の問題だと思う。

多くの戦争関連出版物を見ても、テレビを見ても、平和を訴えるパンフレットの類を見ても、「悲惨な戦争の・・・」式に、戦争には必ずその種の言葉が付加されている。そんな言葉が何度も繰り返される。その効果は絶対的で、思考停止をもたらす魔法の言葉になっていると僕は思う。
(中略)
取材の過程で僕はある人にあった。元海軍軍人で、戦後長くある戦争関連の資料館で館長を務めていた方だ。(略)その方の考えは、戦争には良い面も悪い面もあるが、どちらかだけを強調したり、教育したりするのは間違いだ。自分はあったことを正確に伝えて、どう判断するかは見る人自身が考えるに任せてきた。それが本当の教育だと思うと。

僕もまったく同意見である。結論ありきの平和教育は、単なる思考停止しかもたらさないとも考えている。戦争には非常時故の悲惨さや醜さもあれば、崇高な人間ドラマもある。良いも悪いもそれが戦争で、まず事実をありのままに知り、判断は各自がすべきことだ。思考停止のままでいることは、明らかに間違っている。

ここ最近、特攻についての本などから引用紹介するエントリーを書き、動画も紹介してきました。特攻隊員が日本を、家族を守りたい一心で自らの命を惜しまず戦ったこととその崇高な精神に対しての感謝の念を私は強く持っていますし、エントリーを読んで頂いて、同じように感じた方も少なくないと思います。

しかしその一方で、米軍が撮影した特攻隊員の遺体写真を見ると、「散華する」とか「天に昇る」という言葉が果たしてふさわしいのかどうか、このような言葉で美化してしまっても良いのかどうか、どうしても考え直してしまいます・・・。

特攻隊員の崇高な精神を知るだけでは、それはやはり一面的なものの見方になってしまうのかも知れません。色々な情報を様々な角度で見て考えなければいけない・・・自分が直接知らない時代のことですから、一部を知っただけで全部を知った気になってはいけない、思考停止にならないためには、時には自分の知識さえ疑うことも必要かと感じています。

もう一つ、「特攻 最後の証言」から、元特攻隊員の土方氏と木名瀬氏からの現代の若者達へのメッセージを引用しておきます。

土方
私たちの時代は、「」が主で「」が後ろに隠れていた。今の時代は逆で、「」が前面に出て、「」が後ろに隠れてしまっている。常に世の中というものは、論語の言葉を借りるなら、中庸は徳の至れるものなりで、やはりバランスの取れた感覚を大切にして欲しいと思います。えてして若者は極端に走りがちですが、右でも左でもなく常にそういう感覚を持ってもらいたい。それにはやはり、歴史をよく学んでもらいたいですね。「公」があって「私」がある。そのどちらだけでもいけません」

木名瀬
私は、この世の中のことは、男と女、白と黒・・・デュアリズム(※)で処理されていることを、、世の中を考える上で必要であると思います。絶対主義というのは想念の中でしかありえないと。あらゆるもの、現実世界、地球上にあるものは、デュアリズム、表があれば裏がある、これを知っておいてもらいたい。だから絶対平和なるものは一つの目標としては素晴らしい。目標として掲げることによって、我々の理性が活躍し、世界を平和にしていこうという動きをもたらすことはあるかも知れない。しかし、それによって世の中の争い事がなくなると考えるのは、これはいかがなものかと。世の中には善と悪がある、一人の人間も悪と善が混在する。一人の人間を絶対善の人間とするのでは大きな誤りを犯すと。絶対平和を目標にしていくことはよい。絶対平和が世の中に存在できると考えると、これは危ない。現実社会には表もあれば裏もある、ということをぜひ考えていただきたい、というのが私の考えです。
※ デュアリズム 二元論や二神教など、二つの原理で世界を説明する言説の総称

土方氏の言葉は、今の社会を的確に表現しているように思います。
戦争中と戦後の真逆の時代を生きてきた人生の先輩達の言葉として、噛みしめておきたい話だと思います。

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特攻 最後の証言

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コメント

この「思考停止」ってのは、よくわかります。

確かにあの戦争って、善悪だけでは図れないものがあると思いますね。祖父の代の日本人が戦った歴史でもあり、日本史上空前の敗戦でもあり、またどこでどう舵取りを間違えたのかということでもあり、日本人の民族性を表しているものでもあり・・・。
あの時代は非常に奥が深いと思います。

たまにテレビを見てて、あの戦争について「日本は悪かったんだ」とか、「戦争をやるべきではなかった」とか、「軍国主義だった」とかやってるけれども、結局60年経っても、そこから先に進んでないっていう。

日本人ってのは、結局本質的な議論を避け、形式的に片付けちゃう性質があるのかもしれませんな。

「公」があってこその「私」、これを理解するまでに時間がかかるもので、実行にうつすのは大変ですよね。わたしもこの本のあとがきのページもとてもすばらしい内容だと思います。

>くわっぱ上等兵さん

コメントありがとうございます。返信が遅くなり済みませんでした。
数年前まで私自身が「思考停止」状態でしたからね~。今はその反省と反動が来てこんなブログをやってます。

>またどこでどう舵取りを間違えたのか
結局、二重政府のようになってしまい、誰も舵取りできなかったというのが実態なのかなぁという印象を持っています。

>日本人ってのは、結局本質的な議論を避け、形式的に片付けちゃう
>性質があるのかもしれませんな。

日本人の弱点でもあり長所でもあるかなと。
日本は農耕民族でかつ、あらゆるタイプの天災もある土地柄ですから、集団で力を合わせうまくやっていく為には、争いは避けたい、和が大切、という価値観が育ったような気がしています。(素人考えですが)




>さきさん

おかえりなさい♪ 知覧・万世はいかがでしたか?
やはり万世の方は入館者がほとんどいなかったみたいですね。
赤字で閉館なんて事にならなければよいのですが。。。

>「公」があってこその「私」
これを意識していない人、中には否定する人がいるのが現実でしょうね。
でも、住みやすい社会のためには、このことを意識できる人が多い方がいいのかな~なんて最近思ってます。

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