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大東亜戦争の外的要因-2 世界恐慌と保護貿易がもたらした危機   

大東亜戦争に至る原因を勉強するエントリーの続きを書こうと思いますが、今回は渡部昇一氏の「日本史から見た日本人 昭和編」からちょっと離れて他の本から引用紹介してみようと思います。同じ、世界恐慌と保護貿易が日本を追い込んだという観点の記述で、もっと簡潔でわかりやすい本を思い出したからです。
(これまでの関連エントリーはこちらにまとめてあります。)


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P.113~「世界恐慌後の深刻な危機」

では、日本は、どうしてそこから大東亜戦争へと向かう道を歩むことになってしまったのでしょう。
まず考えねばならないのは、世界恐慌後の国際情勢の一変です。1929年(昭和4年)アメリカで起きた大恐慌により、世界の主要国は一斉に「ブロック経済」、いわゆる閉鎖的経済体制に移行します。当時、列強各国が生き残りのために取った方策は、今では考えられないほど奇策だらけでした。
(中略)
イギリスはどうしたかというと、1932年、イギリス連邦諸国の経済会議(オタワ会議)での取り決めにより、世界に先んじて「ブロック経済」に突入します。大英帝国の領土(連邦諸国)の中には、ほとんど一切の外国製品を入れない。全部シャットアウトしたわけです。これは、究極の保護貿易です。
イギリスは「太陽の沈まない国」と云われるほど世界中に植民地を持っていたので、ブロック内で自給自足できるからこんなことができるんですね。
そしてイタリアは、第一次大戦後、イタリア社会党左派から転向して「ファシスタ党」を結成したムッソリーニが独裁者として君臨し、「大企業は全部国有化する」と、まるでソ連みたいな事を始めるわけです。それを、もう一段攻撃的に展開したのがドイツのヒトラーです。こう見ると、ファシズムというのは、一種の社会主義、「国家を枠とする共産主義」だったのです。

こ んな具合に、当時の資本主義諸国は全て、その国の本来の姿とは正反対の、おかしな方向に走っていったわけです。ただ、世界恐慌の影響をほとんど受けなかっ た大国が一つだけありました。ソ連です。ソ連は当時唯一の共産主義国家で、世界経済から独立していたため、難を逃れただけでした。それなのに、資本主義諸 国の知識人やマスコミはこぞって「資本主義はもうダメだ」と考えてしまったのです

ただ、当時の景気後退ぶりを見ると、弱気になってしま うのも無理はない気がします。何しろアメリカでさえ失業率30%。日本にいたっては、例えば昭和6年(1931年)、京都帝国大学経済学部の卒業生51人 のうち卒業式までに就職が決まったもの3人、という不況ぶりなのです。いわゆる「大学は出たけれど」です。
日本の不況ぶりを表すのにたった52人の大学生の就職率で表すのはいかがかと思いますが(笑)、以前のエントリー「大東亜戦争の外的要因-2 保護貿易主義と世界大戦との相関(1) 」でも、その大不況ぶりに触れていますので興味のある方はどうぞ。
そう言った中、資源のある国はアメリカのようなニューディール方式で、ない国はイタリアやドイツのようなファシズム方式で、生き残りを図っていきます。
(中略)
世界の仲間入りを果たして間もない資源小国日本が極度の焦燥にかられたのもわかります。何しろ、世界中がブロック経済体制に移行してしまうのですから、輸出立国日本は、輸出はおろか資源の輸入もままならない状況に追い込まれてしまったわけです。
この「資源のある国」「資源のない国」というのはひとつのポイントですね。そのまま「連合国」と「枢軸国」にあてはまりますし、第二次世界大戦を「(資源を)持つ国と持たざる国の戦い」と表現する人もいるわけですし。
日 本人の中でも特に危機意識を持ったのが軍人です。当時の日本は-英米以外の何処の国でもそうでしたが-徴兵制です。当時日本の人口の50%は農民ですか ら、若い兵士はほとんど農民出身といえます。その農村の疲弊ぶりがひどかった。世界恐慌で農産物価格は暴落し十分の一以下になる。そのため、例えば養蚕業 で生計を立てている群馬や栃木、長野の農家などは借金も払えなくなる。東北地方などは、加えて冷害のダブルパンチです。もう一日一食の食事もできない子供 が大勢いました。この時欠食児童という言葉ができます。「娘の身売り」なども、一挙に激増したわけです。こういう家庭の貴重な労働力が兵隊として引き抜かれていたわけです。当時の兵士や若い将校達が「こんな不平等が許されるのか」と憤ったのも無理はありません。しかも農村がそれほど辛酸をなめているのに、東京の街ではモダンガール、モダンボーイなどと浮かれて遊び歩く輩が大勢いる、という話がいやでも耳にはいるわけですから。

たとえ本人達が貧農出身ではないにしろ、そう言う部下を大勢抱えた将校達が、「この国を何とかしなければ」と焦燥感にかられていったのも頷けます。ところが、肝心の政治が機能しない。当時は、税党政治の混迷期で、経済がそんな状況なのに、政治家達は、大臣や時間が次々と汚職で検挙されるとか、相手の言葉尻を捕まえては、不信任案を出すとか出さないとか、コップの中の争いに終始していたのです。つまり、軍部が政治の前面に出てくる、ある種の必然性があったわけです。
こ れに加えて、大正デモクラシーの頃、軍縮の時代では「税金泥棒!」「軍隊があるせいで生活がよくならない」「もう戦争なんか起きるはずがないんだから軍隊 なんか解散しろ!」と罵声を浴びせられ肩身の狭い思いをした軍人のフラストレーションも、もしかしたらあったのかも知れないですね。日本の安全保障のため に頑張っている人がこんな目に遭わされ、地元の方も悲惨な状態となれば・・・。

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コメント

この著者は、

コンドーム発言の人じゃない?

利己主義の見本

いざとなったら、道義も友好もあったもんじゃないという見本ですね。
日本も東亜のブロック化で対抗しょうとした。米英は自分のやっていることと、日本には正反対のことを押し付けていた。
今も、いざという時は、世界はこのように動くと考えておくべきですね。

>むーさん

コメントありがとうございます。

で、「コンドーム発言」!?
何のことかわからなかったので調べてみたら・・・ははぁ、そんなことをのたまっていたのですね、この著者は。。。全然知りませんでした。(Wikipediaにも発言のことが書かれていましたね)この著者の本は初めて買ったのですが、どんな人かもよくわかってなかったです。

まぁ、柳沢厚労相の「産む機械」発言ではないですが、発言した状況や前後関係がわからないので「コンドーム発言」についての批評は控えておきますが、保守系の人もドン引きする発言(失言)が多いようには思いますね。
でも、エントリーで引用した箇所はまぁまともだと思いますよ。

>小楠さん

いつもコメントありがとうございます。

なんだかんだ言っても自国民の生命・財産を守れなければ国そのものが危うくなりますからね。
いろんな意味で歴史から学ばなければならないことは多いですね。特に政治家には歴史を学んで欲しいと最近強く思うようになりました。

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