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12月8日、真珠湾攻撃のあった日に思う・・・   

最近のメディアは12月8日がどういう日であったかをほとんど報道しませんね。拙ブログにおいで頂いた方はほとんどが意識していらっしゃると思いますが、言うまでもなく、今日12月8日は真珠湾攻撃のあった日です。




ここ数日で、「正論」のWEBサイトでは「真珠湾への道」シリーズをやっていて、色々な方が語っていますが、昨日は作家の上坂冬子氏は当時の様子を綴っていらっしゃいました。

 


日米開戦を痛快と感じた当時の日本 」のエントリーで書いたように、また、「12月8日が近づいてきました・・・」のエントリーで御紹介した kemukemuさんのブログがまとめていらっしゃるように、65年前の今日、日本は真珠湾攻撃成功の報に歓喜し、支那事変には反対だった人達さえも「これでスッキリした」と思っていたようです。このことからも、決して独裁権力が強硬に開戦に踏み切ったと言い切れる物ではないと言えるでしょう。

もちろん開戦決定に強硬に反対した人(例えば山本五十六)もいましたが、そう言う人達は命さえも狙われると言う時代でした。


(今週の「その時歴史が動いた」は山本五十六についての前編でしたね。来週は後編の放送があるようです。)


開戦に至った理由については、ルーズベルトの陰謀論を筆頭に様々な勢力の謀略等が徐々に知られるようになってきていますね。事実は明らかにする必要がありますし、日本が一方的に悪かったとする偏向した人達と、彼らに洗脳されてしまった人達への反論としてもこれは大切なことです。
しかし、そこには落とし穴も潜んでいると私は思うのです。
例えば、五百旗頭 真(いおきべ まこと)氏はその著書「日米戦争と戦後日本」の中で次のように述べています。


「ローズベルトの陰謀論」P.21~
(中略)
ところが困ったことに、日本の論者でこの説に飛びつく人は、日本は何も悪くなかった、ローズベルトの陰謀で戦争が始まったのだから、加害者はローズベルト政権であって日本は被害者だ、と言いたそうに見える。これは非常に具合が悪い。というのは、それでは日本外交は愚かでいい、と言うことになってしまう。たとえローズベルトが日本を追いつめておいて背中を見せたとしても、ナイフで突き刺すことが外交として賢明なことなのかどうかという反省が、そこにはまったく見られない。
およそ殺人事件において、ナイフを突き刺した人間が被害者であり、刺された人が加害者であるという凡例はかつて一例もない。心中を思いやればまことに同情すべきものがあると、情状酌量がなされることはあっても、被害者と加害者が逆転するという裁判は一つもない。ところがこれが政治論になると、「白馬は馬に非ず」的な、無茶苦茶な議論が横行する。そして、そう言う議論をもてあそぶことによって、日本の政治や外交の質を悪くしてしまう。
日本外交には、もっとしっかりしてもらわなくては困る。・・・

(そこまで言わなくても・・・という気はしますが(苦笑))

つまり、日本の政治・外交として反省すべきことを見落としてしまってはいけない、進歩が無くてはいけないと思うのです・・・。


それが、あの時代を知る手がかりとなる本から引用紹介するエントリーを続けている理由でもあります。自分は浅学にして、あの時代から何を学び今後の外交政策にどう活かすべきかの強い主張をするまでには至りませんが(汗)、エントリーを読んで頂いた方にそれぞれ考えて頂く材料として拙ブログが役立てればよいなと、思っています。


日本の外交下手は、過去も現在も変わらぬ日本の弱点だと感じています。それは世界のどの国とも異なる日本人独特の感性や価値観から来るものが大きいのではないでしょうか。

ちょっと話がそれますが、海外のビジネスの場で活躍している人達は、よく次のようなことを語りますね。



  • 会議の場では、喧々囂々の議論で激しい自己主張を戦わせるが、その会議の直後に、実に仲むつまじく一緒に食事を取る・・・。

  • 中国で何度交渉を重ねても埒が明かず、あきらめて交渉決裂を表明して帰国しようとすると、態度を豹変させこちらの要求を飲むと言ってくる・・・。


有名なカーデザイナーとして、ゼネラルモーターズ、ポルシェと渡り歩き、フェラーリも手がけている奥山清行氏は、この様子についてテレビで次のようなことを語っていました。『彼ら(外国人)は大昔から、こういうやり方でやってきたんだな・・・』と。

彼らは、超えてはいけない一線のギリギリのところで議論する。それに対し、日本人は、熱くなるあまりその一線を越えてしまい、つい言ってはいけないことを口走ってしまう・・・。
(たとえば親子喧嘩でもつい激昂して「言ってはならない一言」を吐いてしまった経験のある人も多いのではないでしょうか。「産んでくれと頼んだ覚えはねーよ!」とか。これって日本だけかな?)


またまた話がそれますが、叱られたことで親を殺してしまった子供が、近所からは「普段から親子仲が良くてとても親を殺すことは思えない」とよく言われるのも、超えてはいけない一線をしばしば越えてしまう日本人の特性の現れなのかと思ってみたりもしています。(海外ではどうなのかわかりませんが)


話を元に戻しますと、外交の結果、越えてはならない一線を越えてしまったのが開戦という決断だった・・・と言えないこともないという気がしています。(あの状況で、それでも「他に方策があったはずだ」と言えるかどうかは私にはわかりませんが・・・)

ただ、開戦の決断は、外交の結果の決断であり、開戦が本当にやむを得なかったのかどうか、の検証は必要だと思います。

今の政治家と外交にかかわる人達、そしてそれを見守る国民がすべき事は、誰に責任があるのかを追及することではなく、今後あのような困難な局面が巡ってきたときにどのように対処するべきなのか、どのように日本国民を守るのかを考えることではないでしょうか。そして、上述したような日本人の特性や外国人の価値観や交渉術を十分に把握しておく必要があることはいうまでもないでしょう。

第一次大戦後は、「もう戦争など起こるはずがないのだから軍隊なんかいらない」という風潮があり、軍人は国民から見下され、軍服で外を歩くことさえ出来ずにわざわざスーツで出勤(?)していた時代もあったとか。そんな時代を経ていても、その後日本は結局軍国主義に傾き、世論も開戦を絶賛するようになったのです。日本人のこの極端から極端へのブレやすさ(熱しやすく冷めやすい、とも言える?)の自覚も重要かもしれません。様々な意見があって、結果的に世の中が極端な方向にブレずにある程度のバランスが取れていれば良いのかな、とも思います。

「日本が悪かったんだ」と思っている人も、日本の開戦責任者を糾弾しそれを結論とするのでは未来に向けての何の解決にもならないこと気づくべきです。そして「日本は何も悪くない」という結論で思考が停まってしまっている人も・・・。

最後に、65年前の開戦のこの日に、以前にも「散歩道」さんから引用させていただいた箇所を改めて掲載しておきましょう。
> 「日本は侵略戦争をしたの?」
それは、論ずる人の立場によって変わる。
知るべきなのは「なぜ」戦争になったかであって、立ち位置によって変わる価値観ではない。

今、私の目の前にある、ジュースの缶も上から見れば「丸」であり横から見れば「長方形」。「丸」い物体と「長方形」の物体・・・どちらも真実。これを、「丸だ」「そんなことはない、長方形だ」と、見る位置によって変わるものを議論することに、どれだけの意味があるのでしょうか・・・。

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■参考サイト、ブログエントリー
【過去】開戦の日:小野田寛郎さん語録(ぼやきくっくりさん)
日本こそリメンバーパールハーバー (大島信三のひとことメモ)
日米開戦に反対だった山本五十六元帥のこと(大島信三のひとことメモ)

■参考書籍
日米戦争と戦後日本
五百旗頭 真
4061597078
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コメント

お邪魔します

J.Seagullさん、こんばんは。
拙ブログにご訪問いただきありがとうございました。
本当にメディアは8月15日はお腹いっぱいになるぐらいしつこく伝えるのに、12月8日はほとんどスルーですよね。産経ぐらいですかね、何日も前から熱心に伝えていたのは。

いろんな資料で語られてますが、当時の世論は開戦すべしに傾いてたんですよね。開戦回避に努力した東條英機も「弱腰」「売国奴」と世論から叩かれる始末だったそうで。
だけど今多くの日本人は「当時の国民はみんな戦争に反対だったのに、独裁権力が強硬に開戦に踏み切った」と思い込んでしまっているような気がします。

以下余談ですが…
拙ブログのミラー(FC2)からTB打たせてもらったんですが、届かないようです。
http://kukkuri.blog58.fc2.com/
FC2利用されてる他のブログさんにも届かなかったので、こちら側の問題だと思います。
今日はFC2のいくつかのサーバーで障害が発生したみたいで、私んとこも昼間管理者ページに入れなかったりしました。そのへんが原因かもしれません。

>くっくりさん

こちらこそ拙ブログに御訪問、コメントありがとうございます。

自らネットで調べたり本を読んだりしない限り、たった60年ほど前の時代の空気さえ歪められて伝搬しているという日本の現状に気づくことができないというのは、大変良くない事だと思います。

こんなブログを書いている私でさえ、65年前の12/8は大多数の国民が開戦の報に接して「痛快だ」と感じたと言うことは知りませんでしたから(苦笑)

あと、TBが届かなかったのは、拙ブログ側の設定で「言及リンクを含まないトラックバック制限の設定」を「制限する」にしていたためだと思います。
一時期スパムが多かったので、制限設定していたのですが、今、解除しました。

あと、これも余談ですが・・・勝手乍ら当サイトの右コラムの上の方で、くっくりさんの「首相の靖国参拝反対派への反論 」を紹介させて頂いております。
微力ですがお役に立てればと思いまして(^^;)

大した中身のない拙ブログですがお時間のある時に、是非またお越し下さいませ<(_ _)>

初めまして

五百旗頭真つながりで訪問させていただきました。非常に興味深いブログで、これからもちょくちょく訪問させていただきます。『日米戦争と戦後日本』は私も記事を書いているので、トラバさせていただきますね。

>大三元さん

はじめまして。
ご訪問、そしてコメントとTBありがとうございます。
私、実はこの本をまだほとんど読み進んでいなくて、これから読むという状態なんです(^^;

五百旗頭氏は、9月頃に小泉メルマガに載せた意見で保守派からは結構叩かれていましたね。
それはともかくエントリーで引用紹介した部分(大三元様のところでも引用されていましたね)のような主張は、自分は共感するものがありました。、
それに、あまりこのような主張を見かけないのが私にとっては気がかりだったと言うこともありました。。。

是非また遊びに来て下さい<(_ _)>

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