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満洲とシナ   

反日ワクチン」さんから満洲関係のTBを頂いたので、私の方でも触れておこうと思います。「リットン報告書」のエントリーで紹介した『満洲はシナの一部ではない』とは、いったいどういう事なのか?・・・今の中国を思い浮かべると想像しづらいですが、私にとって下記の解説がとても理解しやすかったので紹介しておきます。
全文リットン報告書
渡部 昇一
4828413170
P.14~
大当たりした映画「ラストエンペラー」には、いつも黒い服を着て溥儀(管理者注:第12代清朝皇帝)のそばに付き添っているイギリス人が登場する。あれがジョンストンである。溥儀の家庭教師ー当時の言葉で言えば「帝師」であると同時に第1級のシナ学者だったから、「紫禁城の黄昏」には「満洲とは何ぞや」ということがきわめて正確に記されている。
ジョンストンは言う。
日本には一つの王朝しかない(中略)したがって、その国名(「大日本帝国」)はヨーロッパの国々と同じように用いるが、シナの用いる用語は王朝名であり、「中国」ではなく「大清国」である。(「紫禁城の黄昏」第8章注)

少々解説をしておけば-ヨーロッパでは「領土の王」という言い方をする。イギリスの王であれば”King of England”、フランスの王なら”King of France”だ。日本の天皇は”Emperor of Japan”となる。それは王朝と領土が一定だからである。ところがシナの場合は、漢民族が支配したり、モンゴル民族が支配したり、あるいは満洲族が支配したり・・・と、次々に支配民族が変わり、王朝が変わり、そのたびに領土も変化してきた。したがって、”King of China”というものはいない。”Kingdom of China”も”Empire of China”も無い、というのである。

換言すれば、シナには近代的な意味での国家が存在したことが無く、あったのはシナ本部を支配した鮮卑族(隋、唐)や漢民族(宋、明)やモンゴル民族(元)、満洲民族(清)の王朝だけであった。
だから、シナの場合はすべて”Dynasty”すなわち「王朝」で見なければいけない。
(略)
これが何を意味するかと言えば、満洲という土地は清朝を興した満洲民族の故郷であって、断じて「シナの一部」ではないことを物語っている。それは”Qing Dynasty”すなわち清朝の歴史をたどってみれば一目瞭然だ。
(略)
秦の始皇帝以前も以後も、シナの王朝が満洲を実行支配した事実はないのである。
満 洲民族は全部で百万人内外だったから、その数百倍の漢民族を支配するためには満洲民族もシナ本部に移住しなければならなかった。そのために満洲は人口の過 疎地になってしまったが、清朝は故郷・満洲の地を尊敬して、その純粋性を守るため、さらには漢民族の統治に失敗した場合はそこに逃げ戻るため、シナ人が満 州に入ることを禁じるいわゆる「封禁政策」をとった。
今では「中国人」と言う言葉でひとまとめにして表現することが多 いですが、「清」時代は満洲民族が漢民族を支配していました。そして誰もが知っている「万里の長城」より北、すなわち満洲(現在の中国東北部)は現在の中 国の大半を占める漢民族の力の及ぶところではなかったと言うことです。ちなみに、昔の中国人のシンボルとしてしられる「弁髪」(頭髪をそり上げ一部分だけ長くのばして編んだ髪型)は、満洲民族の伝統で、満洲族への服従の印として漢民族に強制したものだそうです。
ここまで読んでも満洲民族・漢民族といっても、ピンとこない方もいるかも知れませんが、かつてはその言葉さえも別個のものでした。
このように、清朝を興した愛新覚羅氏は明らかに満洲とシナを区別して統治していた。シナ人に対してはシナ語で命令し、満洲人に対しては満洲語で命令を下した。今の台湾の故宮博物館へ行き、清の時代の書を見ると脇に普通の日本人には訳のわからない文字が書かれているが、あれが満洲語である。満洲とシナは常に別なのだ。
満洲語とは、下記の本の表紙にあるような文字で、明らかに漢字とは異なりますね。また、Wikipediaの「満洲語」のページには紫禁城にある満洲語で書かれた額の写真もあります。
満洲語文語入門

また、渡部氏は今では中国人とされている満洲人たちが、「われわれにも、ついこの頃までは国があったんだよ」といって涙を流していたという証言も紹介しています。

清国時代には、漢民族支配の為に人口過疎地となっていた満洲地方・・・。ではその満洲における日本の「特殊権益」とはどのようなものだったのでしょうか。
P.19~
次に、日本がなぜ満洲にこだわったのかという問題がある。
この点について、リットン報告書は『満洲における日本の「特殊地位」』という言い方しかしていないが、一番重要なのはすでに清朝の時代から満洲はロシア領になっていたと言うことだ。
1899 年、「北清事変(義和団の乱)」が勃発し、翌年それが北京にまで波及すると、ロシアは日本を含む諸外国とともにシナに兵を送り込んだ。そして「乱」が満洲 にまで及ぶと、さらに増派してついには全満洲を占領してしまう。日露戦争間近の時期には、清朝の官吏が満州に入るにもロシアの役人の許可が必要であった。 満州は一度ロシア領になっていたのである。そこで日本は南下してくるロシアの脅威を振り払うために日露戦争に立ち上がるわけであるが、清朝は自分の故郷・ 満州が戦場になるのに、なんと「局外中立」を宣言している。
(中略)
ところが日露戦争に敗れたため、ロシアはやっと満州から手を引くことになった。そして、日露戦争後のポーツマス条約では次のような取り決めが行われた。
(1)ロシアは遼東半島の租借権を日本に譲渡する。
(2)ロシアは東支鉄道の南満州鉄道(後の満鉄線)と、それに付属する炭坑を日本に譲渡する。
(3)ロシアは北緯50度以南の樺太を日本に譲渡する。
これを見てもわかるとおり、日本は何も満州を侵略したわけではない。国際条約にのっとって正当に租借権を獲得し、あるいはその土地の領有権を得たのである。しかも、ロシアが持っていた権限以外は全て清国に返している。当時としてはきわめて紳士的な振る舞いであった。
その満州に対してシナ人がその権利を主張することのおかしさを、渡部氏はわかりやすい例えで説明しています。、
いわゆる辛亥革命は「滅満興漢」(満州民族の清朝を倒して漢人の国を興そう)というスローガンからもわかるように、シナ人が清朝の支配から脱しようとする運動だったからである。
つ いでにいえば-清朝を倒してシナ人の政権ができたからといって、清朝固有の領土である満州がシナの領土であると言うことにはならない。それは、例えばオラ ンダとインドネシアの関係に当てはめてみればすぐわかる。インドネシアはオランダの植民地であったが、第二次大戦後独立を果たし、オランダはインドネシア から撤退した。だからといって、オランダはインドネシアの領土だということになるだろうか。そんなバカな話はない。満州がシナの領土だというのは、それと 同じくらいばかげた主張なのである。
-----------------------
話はそれますが、このおかしな主張は、現代の中国においても見られます。それは台湾であり、チベットであり、東トルキスタン・・・。
例 えば、台湾は一度たりとも「中華人民共和国」の領土になったことがないにもかかわらず、その領有を主張し続けています。いや、それどころか、彼らの前時代的な覇 権主義は、人類にとってもきわめて危険な域に達していると思い知らされる記事を最近読みました。それは、細川一彦氏のBLOGの下記の記事です。
人類史上最も危険な思想1
人類史上最も危険な思想2

昨年の中国人民解放軍・朱成虎少将の核先制攻撃発言については私もニュースで知っていました。単なるブラフ(威嚇、はったり)かと思っていましたが、どうも思想的に将来の人類における中国の覇権をも視野に入れた思想から来ているようです。少し引用させて頂くと、
朱少将は言う。
  「国連の統計によれば、今世紀の中葉ごろには人口は150億人に達し、今世紀中には人口過剰の問題が爆発する。(略)ことにインドは人口、経済、パキスタ ンとの領土紛争をめぐり、核戦争を行なう可能性はきわめて高い。そのドミノ現象で世界核戦争が起こる。(略)だからこの未来の核戦争に対し、我々は受動的 でなく、主導的に出撃するべきだ。(略)人口問題を解決するには、核戦争が最も有効にして手っ取り早い方法だ
 朱はこういう認識の下に、中国人の生き残りと将来の優位を説く。核先制攻撃の戦略思想は、シナの伝統的な人命軽視の思想と結びついている。

  「我々中国人はこの競争(原註 人口増加による資源の争奪)のなかで機先を制さなければならない。(略)なるべく他国の人口を減らし、自国の人口を多く生 き残らせるべきだ。そうなれば生き残った人口が未来の人類の新しい進化の過程のなかで、有利な条件を得ることができる。(略)私が核戦争を鼓吹するのは、 国家民族の生存発展に有利だからである
 朱は、「国家民族の生存発展」「未来の人類の新しい進化」というナチス顔負けの思想をもって、核戦争を唱導する。
もう「思想」レベルで核戦争を容認・・・、いや期待しているようです。
核保有を抑止力として捉えているのではなく、核兵器を地球上の人口調節装置とし、核戦争後に漢民族が多く生き残ることによって人類の覇権を手中に収めるという・・・。
これが人民解放軍現役幹部の思想とは・・・。中国と言う国、本当に平和に対する一番の脅威として認識しなければならないのかも知れません。媚びている連中はわかっているんでしょうか・・・。

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コメント

ご紹介有難うございます

今後ともよろしくお願いします。

ご紹介有難うございます

TBも有難うございました。
私の本日のエントリーでもこのページの紹介をさせていただきました。

>ほそかわ様
いつも拝読させて頂いております。
「人類史上最も危険な思想」で紹介されていた内容には戦慄を覚えました。微力ですが、少しでも多くの人が認識したほうが良い内容だと思いましたので紹介させて頂きました。

>小楠様
いつもありがとうございます。
あの時代の大陸の様子は本当に複雑な上にプロパガンダやイデオロギーが入り交じっていて把握するのが難しいですね。
できるだけ多くの資料にあたっていくしかないかと思っていますが、やはり当時に書かれたものは貴重ですね。

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人類史上最も危険な思想2

●ヒトラー・毛沢東を超えた危険思想  中国が台湾に侵攻するとき、アメリカが軍事介入すれば、中国は米国に核攻撃を行うという意思表示は、朱成虎少将が初めて行ったものではない。平成7年(1995)から現在まで、中国は米国政府高官に対して何度もこうした威嚇を行ってい

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