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大東亜戦争の外的要因-アメリカの人種差別政策-3   

今日は、「大東亜戦争の外的要因-アメリカの人種差別政策-2」の続きをエントリーいたします。

P.175~
『反日感情の源は「恐怖」と「貪欲」』
では何がアメリカ人をして、そんなに日本移民を憎ませたのであろうか。それは第一に恐怖心であり、第二に貪欲である。
恐怖とは前に述べたように、近代化した有色人の存在は、アメリカの白人優位体制を根本から危うくするものであるという予感、あるいは実感から生じたものであろう。
(略)
また貪欲(cupidity)が排日運動の大きな動機だったことは、十数年前からウィリアム・ピーターソンのような研究者が認めるようになってきた。「排日が実益をも兼ねる」という事態は、太平洋戦争が勃発するとすぐに作られた「強制収容所」で頂点に達することになる。

ナチスの強制収容所はコンセントレイション・キャンプ(concentration camp)と言うが、日系アメリカ人の強制収容所はリロケイション・キャンプ(relocation camp)と言う。直訳すれば、「再配置キャンプ」であるが、何のことはない、日系移民が迫害の中で営々として作り上げてきた豊かな農地を根こそぎ没収する手段に他ならなかった。
アメリカ人が日本人に対して感じた恐怖というのは、それまでの世界常識「白人優位」「白人が人類の進化の頂点」が覆されかねない民族=日本人の存在と言うことなのでしょう。ヨーロッパでは身近に日本人が少なかったのでそれほど実感はなかったのかも知れませんが、移民した日本人と同じ土地に住んでいたアメリカ、とくにカリフォルニアのアメリカ人にとってはリアルな恐怖だったのかも知れません。何しろ、インディアンを虐殺して土地を奪い、シナ人を奴隷として虐待・虐殺してきた人達が西海岸の住人達だったのですから。。。
P.176~
『親米・尊米から反米・憎米への大転換』
さすがに大正13年(1924)5月26日、クーリッジ米国大統領が新移民法、いわゆる絶対的排日移民法に署名したと言うことが伝わると、日本でも反米感情が急に高まってきた。
ここで注目すべき事は、日本で反米感情が出てくるのは、アメリカの排日運動より20年近くも遅れていることである。20年近くも同胞移民が手を変え品を変えて差別されていたことが、絶対的排日移民法の成立と同時に、反米感情として噴出してきたのである。
この部分って、ある意味日本人らしい部分といえそうですね。そう、外部からの脅威に鈍感で、それに気づくと突然極端な方にブレやすいという日本人の特性が・・・。
元来、日本人は、本当に親米であり信米であり、尊米ですらあったのだ。それでアメリカの要望することは何でも受け容れて、いわゆる紳士協定の後は、実質上は移民を止めていたのである。アメリカは紳士協定を一方的に破り、今の南アフリカ共和国のアパルトヘイトよりも、はるかにひどい差別となった。
(管理人注:この本は平成元年の出版です)
アメリカ好きの日本人は、これほどまでにアメリカ人に憎まれていたのかと愕然としたし、また、憎まれる正当な理由はないと確信していたのである。(事実、今から見ても、日本人移民が憎まれるべき正当な理由はなくなっていた)。国民的な怒りが日本人の間に生じたことも理解できる。

東京のアメリカ大使館の前で割腹自殺して抗議する青年も現れたし、新聞界も「東京朝日新聞」以下、主要な大新聞は挙って声明文を出し、「このような差別待遇に甘んずるものでない」と言った。
元来は親米、知米的であった学者、思想家、実業家の間にも、反米・憎米の感情が現れた。
たとえば三宅雪嶺(戦前・戦中の代表的評論家)はアメリカに好意を持ち、尊重する気風の人だったと思う。それで明治の日本人達が無闇にヨーロッパに留学したがるのを彼は最前と考えず、アメリカをもっと手本とすべきだ、と言う論陣を張っていた。(略)その雪嶺も、クーリッジ大統領が絶対的排日法に署名した時は、「米国は、あらかじめ言っていることと、やることが、その時の利害次第で、どう変わるかわからない国だと言うことを知っていなければならない」という趣旨のことを書いている(『同時代史』第5巻418ページ)

徳富蘇峰(評論家)は排日移民法実施の日を「国辱の日」とせよ、と書いたが、これに対して、キリスト教界の代表的人物であった内村鑑三が熱烈同感しているのも注目に値しよう。
内村は日露戦争の時も非戦論を説いた人である。その内村がこれだけ腹を立てたのだ。世論だけに関して言えば、日露戦争直前の反露感情よりも強く反米的になった。
他にも渋沢栄一の対米感情の振幅の様子も詳しく書かれています。それだけ、この排日移民法は当時の日本人にとってショックだったのでしょうね。
P.191~
『アメリカがダメなら満洲があるさ』
幣原外交は大陸においても、シナ側の主張を重んじ、米国の意見に強調することを柱としていた。しかし「排日移民法を作るような国の言うことを聞いたり、その意見に遠慮したりする必要がどこにあるか」という世論が日増しに強くなっていた。アメリカに移民できなければ満州に出て行こう、というわけである。日露戦争の結果、満洲においては日本は特殊権益を持つ、と言うことは国際的認証をえていることであった。
(略)
当時の世論が満洲事変を支持し、陸軍の味方になったことは間違いない。アメリカが文句をつけても、「何を言ってやがるんでえ」というのが国民の気持ちだった。
日本の移民を帰化不能外国人(aliens ineligible to citizenship)と断定したのは、有色人種は白人アメリカ国に移民できないという意味である(本当はインディアンの国なのだが)。それならば有色人種の日本人が、有色人種の無主権地帯(ノーマンズ・ランド)に移民するのならば問題はなかろう、と言うのが陸軍や、それを指示する国民の意見であった。
ここで、なぜ日本が移民先を求めていたかを疑問に思う方もあるかと思いますが、当時日本は人口増大という問題も抱えていたようなのです。(このことについてはまた別の機会に取り上げてみようと思います。)
エントリーが少し長くなってしまいますが、最後にもう一カ所ぜひ紹介しておきたい部分があるので書き記しておきます。
P.194~
『人種平等確率は「日本の天職」』
蘆花・徳富健次郎は、「太平洋を中にして」の中に、こう書いた。
(略)世界の何処に”日”を旗章にする国があるか。自ら”日本”と名のったときに、”日”を旗章と定めた日に、日本の位置と天職はとくに定まっていた」

蘆花は「日本の天職」と言った時、それは有色人種を白色人種と平等にすることであると考えていたのである。日露戦争に勝ち、第一次大戦のパリ講和条約では五大国としての役割を演じた日本人でさえも、こと人種問題が絡めば、まともな人間扱いされないという厳しい事実を知った。日本がその名のごとく太陽として輝く以外に、世界の有色民族は救われないのだと彼は悟ったのである。

徳富蘆花は度を超した愛国主義者ではあったが、決して帝国主義者でない。日韓併合にも絶対反対であり、それに賛成したというので兄の徳富蘇峰と絶交したぐらいの男であった。その彼さえも、日本次第で世界中の有色人種の運命が決まると悟るに至ったのである。あれほどの仲の悪かった蘇峰と蘆花も、排日移民法では同じように心の底から憤激したのであった。

「日本の使命」ということが、きわめて徐々にではあるが、広範な層の日本人の意識に入ってゆく。大東亜戦争が始まったときの日本の青年の多くは、負けたらアメリカの日本移民のように白人に差別され、人間扱いされないと思ったので勇敢に戦ったのである。その気持ちも戦後の状況では忘れられがちなので、ここに書き残しておきたい。

日本史から見た日本人 昭和編―「立憲君主国」の崩壊と繁栄の謎
渡部 昇一
4396312024

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コメント

植民地の危機

>>こと人種問題が絡めば、まともな人間扱いされないという厳しい事実を知った

第一次大戦のパリ講和条約では多数賛成であったものを、ウイルソンらが一方的に全会一致を主張して潰してしまいましたね。
宗主国にとっては、植民地政策の危機ですからよけいに許せなかったのでしょう。

>小楠さん

この頃のヨーロッパ諸国よりも、アメリカの方がこの問題に関してはシビアだったようですね。前にも書きましたが、日本の提案を賞賛したヨーロッパのメディアもあったようですし。
また、アメリカと言っても個人レベルでは差別意識がない人もいたようですが、政治的にはアメリカという国の根本にかかわることと捉えられたのかも知れませんね。

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