「多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」(カエサル)
「自分の正しさを雄弁に主張することのできる知性よりも、自分の愚かさを吟味できる知性のほうが、私は好きだ」 (内田 樹)

考察NIPPONの書斎
このブログを書く上で参考にした本の一覧。現在194冊考察NIPPON-別館明治~昭和初期の貴重な動画を集めるブログ
(考察NIPPONの別館です)

近代日本動画資料室 更新情報

RSS表示パーツ

いま読んでいる本

おすすめの本

















↑この本の関連エントリーリストはこちら





カウンター(試験設置)

TOP > スポンサー広告 > title - リットン報告書TOP > 日本近代史(戦争) > title - リットン報告書

スポンサーサイト   

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

リットン報告書   

昨日購入したことを報告した「全文 リットン報告書」について、せっかくですから「はじめに」の部分から渡部昇一氏の解説を引用しておきましょう。私が以前からリットン調査団作成した報告書の内容がずっと気になっていた理由が、そこにハッキリと書かれていたからです。

全文リットン報告書
渡部 昇一
4828413170

P.2~
「リットン報告書」とは、言うまでもなく、1931年(昭和6年)に勃発した満洲事変についての国際連盟から派遣された調査団による調査報告書である。必ず歴史の教科書に出てくるから、たいていの人がその名ぐらいは知っているはずだ。ところがこの報告書の邦訳は、昭和7年に朝日新聞社をはじめ、いくつかの出版社 から数種類が刊行されただけである(雑誌「中央公論」は同年12月号の別冊付録にした)。専門家をのぞけば、全文を読んだことのある人が極めて限られるの も無理はない。
渡部氏の知る限りにおいても戦後リットン調査団の報告書は刊行されていないようなので、どうりで私がいくら探しても見つからなかったわけですね・・・。
しかも、1933年(昭和8年)2月24日にこの報告書を国際連盟が認め、その後日本が国際連盟を脱退しているから---リットン報告書と言えば、日本の「満洲侵略」を国際社会がこぞって非難したレポートだ、という印象を持っている人がきわめて多い。
教科書に載っていたこの写真の印象とともに、私のリットン調査団報告のイメージは、まさに上記のようなものでした。つい、去年あたりまでは・・・。
Lytton.jpg

だが本文を通読すればわかるように、報告書は相当程度「日本の立場」を認めているのである。少なくとも、満洲事変と聞けばただちに「日本の大陸侵略」と決めつけ、満州国と耳にすれば即座に「傀儡国家」と反応する、朝日新聞その他の左翼マスコミよりずっと正しい歴史認識を示している。ここでは一例だけ挙げておけば、「満洲事変の性格」についてこう記している。

『問題は極度に複雑だから、いっさいの事実とその歴史的背景について十分な知識を持ったものだけがこの問題に関して決定的な意見を表明する資格があるというべきだ。この紛争は、一国が国際連盟規約の提供する調停の機会をあらかじめ十分に利用し尽くさずに、他の一国に宣戦を布告したといった性質の事件ではない。また一国の国境が隣接国の武装軍隊によって侵略されたと言ったような簡単な事件でもない。なぜなら満洲においては、世界の他の地域に類例を見ないような多くの特殊事情があるからだ』(第9章)

満 洲を巡る問題は「極度に複雑だから」、満洲事変も単に日本軍が侵略したというような「簡単な事件ではない」と、はっきり断言している。それゆえ、「いっさ いの事実とその歴史的背景について十分な知識」のないものは口を出す資格がない、とまでいっている。リットン調査団は満洲という地の複雑さを十分に認識し ていたといえよう。

したがって、事変が起きてしまった「いま」、満洲の状態を事変以前に戻すことは現実的ではないというくだりもある。

『単 なる原状回復が問題の解決にならないことは、我々が述べたところからも明らかだろう。本紛争が去る9月以前における状態から発生したことを思えば、その状 態を回復することは紛糾を繰り返す結果になるだろう。そのようなことは全問題を単に理論的に取り扱うだけで、現実の情勢を無視するものだ』(第9章)

もちろん、報告書には批判すべき点も数々ある。満洲は『完全にシナの一部分である』(第9章)という結論など、その最たるものだ。明らかな間違い、それも決定的かつ致命的な誤りである。

しかしその骨子は---(1)満洲は特殊事情のある土地だから、(2)日本が侵略したとか占領したと言って割り切れる問題ではない。(3)それゆえ、これを 満洲事変以前の原状に戻すことは不可能だから、(4)何らかのかたちで妥協的な解決をするしかない、と言うところに存するわけだから、当時の国際社会が一 致して日本の「侵略」を批判・非難したレポートなのではないのである。・・・
いかがでしょう? この部分を読んだだけでも、実際のリットン報告書そのものに目を通してみたいと感じませんか? 私は満州国とはいったい何だったのかということに興味を感じていた去年あたりから、ずーっとそう思っていたので、この本が出版されたことを知ってとても嬉 しかった、と言うわけです。

ところで、渡部氏の主張=満洲はシナの一部ではない、というのは、いまの中国を思い浮かべると理解しづらいかも知れませんが、「清」という国がどういう民族の国だったのかを少し知っていれば頷ける人も多いのではないでしょうか。

何はともあれ、私もこれから読み始める本ですので(^^ゞ、とりあえずご紹介と言うことでエントリーを書いてみました。


少しでも参考になったと思われましたら、応援クリックよろしくです<(_ _)>
   ブログランキング・にほんブログ村へ   

コメント、TBもお気軽にどうぞ♪
スポンサーサイト

ブックマークに追加する

コメント

早速ですね

これと、ジョンストンの「紫禁城の黄昏」で、満洲は支那ではないこと。
満洲国は多くの国が承認していること。
柳条湖事件は、満州国に満洲皇帝を招き入れるための張学良の除去作業だったとの見方ができるのではないでしょうか。

>小楠さん

なぜ私がリットン調査団の報告書全文を読みたかったのかをアピールしてみたかったので、いきなり2ページ目から引用してみました(笑)
次回この本から引用紹介するのはずっと先になると思いますが・・・。

「紫禁城の黄昏」(もちろん完訳版の方)も満洲を知る上では必読かもしれませんね。
やはり戦後の後付け解釈の本よりも、当時に書かれたものを読むのが空気感のようなものも伝わってきますしね。

>柳条湖事件は、満州国に満洲皇帝を招き入れるための張学良の除去作業だったとの見方ができるのではないでしょうか。

なるほど・・。
ただ、私の今の知識ではちょっとコメントが難しいです(^^;
リットン報告書でも「いっさいの事実とその歴史的背景について十分な知識を持ったものだけがこの問題に関して決定的な意見を表明する資格があるというべきだ。」とされていますので、今の私では意見する資格がなさそうです(笑)
まずはこの本を読み終えてから、考えて見ることにしましょう。

はじめまして

>渡部氏の知る限りにおいても戦後リットン調査団の報告書は刊行されていないようなので、どうりで私がいくら探しても見つからなかったわけですね・・・。

昭和7年外務省全訳というのが刊行されていますので、渡部氏が「刊行されていない」と仮にもし言っているとすれば、それは虚偽になると思われます。仮にもし、渡部氏が外務省全訳は怪しからんとご自分で訳し直したのだとすれば、その意図、両者の異同、原文との対照などを知らなくては、渡部氏の本を汲み取れないということなのでしょうか。

「リットン報告書全文」をお読みいただきたいだけなら、私が某掲示板のお相手の好意で頂戴したお流れをどうぞ。
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/14.html
なお、国会図書館には、全訳と思われるもの、英文全文を添えたものなど多数あるようです。検索結果より、
7. リットン報告書 / 国際聯盟支那調査委員会[他]. -- 東治書院, 1932
8. リットン報告書 / 国際聯盟支那調査委員会. -- 中央公論社, 1932
9. リットン報告書. -- 中央公論社, 1932.11
10. リットン報告書 / 國際聯盟協會. -- 角川学芸出版, 2006.11
11. リットン報告書全文 / 国際聯盟支那調査委員会[他]. -- 朝日新聞社, 1932
12. リットン報告書全文解剖 / 神田正雄. -- 海外社, 1932
13. リットン報告書批判 / 吉田敬直. -- 時代社, 昭和7
14. リツトン報告書 / 外務省. -- 東治書院, 昭和7
15. リツトン報告書全文 / 外務省. -- 軍事教育社, 昭和7
16. リツトン報告書全文 / 朝日新聞社. -- 朝日新聞社, 昭和7
17. リツトン報告書全文解剖 / 神田正雄. -- 海外社, 昭和7
18. リツトン報告書の経緯 / 太平洋問題調査会. -- 太平洋問題調査会, 昭和8
19. リツトン報告書の支那認識 / 中村一一. -- 日統社, 昭和7

リットン報告書は、「日本は交渉の席で満州問題を解決せよ」として書かれた勧告書でありますから、「日本は侵略国である」という認定を語句としてするはずがありません。ですから問題の焦点は、「日本へのそれなりの同情と理解」をも示した勧告を、何故当時の日本政府は蹴飛ばして国際連盟を脱退したのかということです。

戦後の書も「リットン報告書が侵略国認定をした」と書いてあるのでしょうか。そうではないでしょう。

なお、渡部氏が切り取った第9章はここです。
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/41.html
渡部氏のトリミングテクニックをお調べください。

はじめまして

■mi0615さん

コメントありがとうございます。
ただ、このエントリーは一年半以上も前のもので、現在の私とは知識も歴史認識も大きく違うので、返答に窮するところではあるのですが・・・。

ただ、mi0615さんは渡部氏批判が前提にあるようで、本エントリーを誤読(見落とし)されていますね・・・。

>昭和7年外務省全訳というのが刊行されていますので、渡部氏が「刊行されていない」と仮にもし言っているとすれば、それは虚偽になると思われます。

渡部氏は「戦後」刊行されていないと言っています。昭和7年は戦後とは言いませんよね。しかも私が引用した箇所に、

昭和7年に朝日新聞社をはじめ、いくつかの出版社 から数種類が刊行されただけである(雑誌「中央公論」は同年12月号の別冊付録にした)。』

とあるのですが・・・。

また、この渡部氏の「全文リットン報告書」には、英文もついています。
また、当時出た訳文も、それが正確に報告書の趣旨を伝え切れているかどうかという点で留保は必要なはずです。事変当時の時代の空気の中で書かれたものなのですから、むしろ渡部氏以上にバイアスがかかっている可能性だってあるわけです。


>ですから問題の焦点は、「日本へのそれなりの同情と理解」をも示した勧告を、何故当時の日本政府は蹴飛ばして国際連盟を脱退したのかということです。


この部分は同感です。
それゆえ、なぜ当時の日本人は連盟脱退について、松岡洋右でさえ首をかしげるほどに熱狂・賛同し、それまで軍部批判に遠慮の無かった朝日新聞が、幹部会議で満州事変支持に転向したか、などのエントリーを今も書き続けています。


>なお、渡部氏が切り取った第9章はここです。
>http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/41.html
>渡部氏のトリミングテクニックをお調べください。

ご紹介いただいたページと渡部氏の「全文リットン報告書」の第9章をざっと見てみました。

渡部氏の本に報告書の第9章自体は存在しますし、見た目のボリューム的にも大幅カットされているようには思えませんでした。
時間がないので、まだざっと眺めた程度なのですが、ご指摘のトリミング箇所の発見は、センテンス毎に精読しないと難しそうです。
もしトリミングされたという箇所をご存知なら、ご教示いただければ幸いです。

余談となりますが、渡部氏はこの「全文リットン報告書」を刊行する数ヶ月前に、「完訳版・紫禁城の黄昏」という本を出しています。
溥儀の家庭教師R.F.ジョンストンが著した「紫禁城の黄昏」を、岩波書店が第1章~第10章、第16章を丸ごとトリミングして出版したことを痛烈に批判してのものです。
渡部氏による完訳というバイアスが存在する可能性を差し引いてみても、トリミングされた章は、岩波的主張には都合の悪い箇所だなというのがわかります。

こういう経緯がありましたので、渡部氏があえて「全文 リットン報告書」としたからには、自ら同じようなトリミングは使っていないのでは?という希望的観測を私が持っているのは確かです。

誤解して欲しくないのは、私は渡部氏を弁護するつもりは毛頭ありませんし、氏の歴史認識は思い込みとバイアス、決めつけが強すぎると思っています。また氏の政治的主張は好きではありませんし、読者に気づかれないようなトリミングは彼ならやりかねないとは思っています。
慰安婦や南京事件についての渡部氏の主張は、「わかっていて(左派的歴史認識の蔓延を防ぐために)わざとやっているようのでは?」と想像していますから。

それでも、国会図書館に行かないと読めないような資料を、簡単に書店で入手できるようにした点について評価することは吝かではありません。

「右派は持論に都合のいいトリミングをしている」という左派からの批判は私も同感なのですが、そもそも左派が歴史をトリミングしてその主張に使ってきたので、どちらも同じというのが私の実感です。
「右も左も同じ穴の狢」とは何回かエントリー中で指摘してきましたし。

右派のすぐバレるような稚拙なトリミングに比べて、左派の方が結果の羅列のみに注力し、事態の経緯や原因、当時の世界情勢や価値観等をトリミング(というより、スルー)する傾向があるので、むしろ巧妙、狡猾かもしれません・・・いや、無自覚でそうなっている左派も多そうですが。

ともかく、どちらも批判のための批判しかしておらず、歴史事実に向き合う姿勢に難ありというのが私の今の認識です。

なお、ご紹介いただいた「15年戦争資料 @wiki」のサイトは、私も時折参考にさせてもらっていますが(リットン報告書については未読でした)、「15年戦争」というタイトルに(左派らしい?)歴史に対する大局観の無さが現れているとは思えますけどね。

横槍ですみません。

>もしトリミングされたという箇所をご存知なら、ご教示いただければ幸いです。

訳文内ではありませんが、日本がリットン報告書の公式発表(1932/10/2)前に満州国を承認した(1932/9/15)ことについては、渡部氏は本書で触れていないかと思います。
調査団の派遣を依頼したのは日本なのに、報告書発表前に調査結果を台無しにするような行動をとったわけですから、リットン報告書について語るなら触れないはずはない出来事ですが・・・

http://ameblo.jp/scopedog/entry-10021167709.html


訳文内については全て確認したわけではないですが、日本語訳そのものがおかしい点(第2章;日本語(渡部昇一訳):p96、英語:p29)、原文と日本語訳で節の構成が変更されている点(第2章;日本語(渡部昇一訳):p97、英語:p29)をそれぞれ確認しています。

http://ameblo.jp/scopedog/entry-10023355886.html

明確に誤訳・トリミングとは言えませんが、訳として適切ではないと思いますし、節構成の変更に至っては意図的としか考えられません。
第2章の一部しか確認してませんので、他にもありそうに思ってます。
渡部昇一訳のリットン報告書から引用する際は、英語原文を同時に確認する必要があると思いますよ。


エントリにあるようにリットン報告書の戦後版日本語訳が渡部氏によるものしかないのなら、意図的としか思えない節構成を含んでいる点からもかなり危険な気がします。

お久しぶりです。

■scopedogさん

お久しぶりです。いつもscopedogさんのところでは勉強させて頂いています。
先日、scopedogさんが以前紹介されていた小林英夫氏の「日本軍政下のアジア」を読了したところです。小林氏の他の著作同様、複雑な問題が理解しやすい文体でまとめられており、良書だと感じました。

また、貼って頂いたリンクの最後で紹介されている大杉一雄氏の「日中十五年戦争史」(私が読んだのは、昨秋に講談社学術文庫から再販された「日中戦争への道」ですが)も、良書だと思っています。

私の質問についてもご教示頂き幸いです。

>日本がリットン報告書の公式発表(1932/10/2)前に・・・

後ほど確認してみます。でも、これは満洲事変の経緯をちょっと眺めればすぐ分かることですけどね。
でも、確かに一つの本や著者の話を鵜呑みにしやすい傾向がある人の場合は要注意ですね(自戒をこめて(苦笑))


ところで、この渡部氏の「全文リットン報告書」が刊行された直後に、角川学芸出版からもリットン報告書の復刻版が出版されていたことはご存じでしょうか?

渡部氏の本を購入してすぐに別の出版社から「リットン報告書」が出されたのが、何か裏がありそうで(笑)興味深く思っていたのですが。

しかも、上のmi0615さんへの返信で書いた「紫禁城の黄昏」も、渡部氏の「完訳版」の後に、本の風景社から「新訳」版がでました。

つい、いろいろと勘ぐりたくなる現象ではあります(笑)


>渡部昇一訳のリットン報告書から引用する際は、英語原文を同時に確認する必要があると思いますよ。

アドバイスありがとうございます。渡部氏に限らず、一般論として海外のものは極力原文にあたる必要性はありますね。
ただ、歴史素人の一般人が余暇(趣味)で書いている程度のブログでどこまでできるかという問題もありますので、それができなければ、鵜呑みを避けて留保する姿勢を貫き、引用元を明示して読者にも注意を促すしかないかと思います。

私も引用元を明示しているために、scopedogさんやmi0615さんから指摘を受けることができたわけですし。



■追記■

ところで、前から疑問に思っていることが一つあります。
そもそも調査団の派遣を依頼したのは、日本か国民政府側か、どちらなのでしょう?

scopedogさんは「調査団の派遣を依頼したのは日本なのに・・・」と書かれていますし、大杉一雄氏の「日中十五年戦争史」(「日中戦争への道」)でも、

『もともと日本側の要請により派遣されたリットン調査団の任務完了以前に、満州国を承認するようなことは、通常の外交感覚からはありえないことである』

と書かれています。

しかし、それ以外で私が目にした調査団派遣決定への経緯の記述は概ね「、国民政府(中華民国)側の要請が先で、日本は当初反対したものの、後に派遣に合意した」、というものがほとんどなのですが・・・。

>当時の国際社会が一 致して日本の「侵略」を批判・非難したレポートなのではないのである。

当時、関東軍は満州事変を「自衛のための戦いであった」「現地住民が起こした独立運動であった」と言っていたわけですが、リットン報告書によりそれらの言い分は否定されたにもかかわらず報告書をこういうふうに捉える渡部氏の解釈に違和感を覚えますね。

>日本がリットン報告書の公式発表(1932/10/2)前に満州国を承認した(1932/9/15)ことについては、渡部氏は本書で触れていないかと思います。

これが本当だとしたらミスリードを狙おうという意図的が透けて見えますね。少し話しは逸れますが現在、自由社から出版されている新しい歴史教科書はわかりませんが2001年、扶桑社版の新しい歴史教科書では

扶桑社新しい歴史教科書(市販本)
http://www.asyura.com/sora/bd13/msg/454.html
「リットン調査団の報告書は,(中略)満州事変における日本軍の行動を自衛行為とは認めず,日本軍の撤兵と満州の国際管理を勧告した。日本政府はこれを拒否して満州国を承認し,1933(昭和8)年,国際連盟脱退を通告した。」

このように、日本の満州事変承認をリットン報告書の後とする事実に反する記述になっていたそうです。参考までに。

■やっしゃんさん

>>>日本がリットン報告書の公式発表(1932/10/2)前に満州国を承認した(1932/9/15)ことについては、渡部氏は本書で触れていないかと思います。

確認しました。
リットン調査団が東京に到着した翌日に満州国が建国を宣言したことについては、傍点付きで5ページに書かれていますが、日本がいつ承認したかについては触れられていませんでした。

あと、扶桑社新しい歴史教科書(市販本) の方も確認しました。ただし私の手元にあるのは、2005年度版の「改訂版」の方です。

『リットン調査団の報告書は、満州に住む日本人の安全と権益がおびやかされていた事実は認めつつも、日本軍の撤兵と満洲の国際管理を勧告した。すでに満州国を承認していた日本政府は、1933(昭和8)年、この勧告を拒否して国際連盟を脱退した。』

と、正しい順序になっていました。
同じ扶桑社の「新しい歴史教科書」といっても、2001年度版と2005年版(改訂版)では執筆陣の顔ぶれがかなり入れ替わっていますけどね。。。

すいません。しつこいようですが書き忘れたので(苦笑)

>当時の国際社会が一致して日本の「侵略」を批判・非難したレポートなのではないのである。

関東軍は侵略国呼ばわりされないために積極的に武力行使と政治工作行ない名義上は溥儀を頭首にし日本は支持、支援をするだけ、ということにして満州国を作ったわけで、だから傀儡国家と呼ばれているのに。このことを理解したうえでこのような主張をしているのならやっぱりミスリードを狙った確信犯としか思えません。

scopedogさんじゃありませんが、リットン調査団については、

1931年9月19日、中国代表が柳条湖事件の翌日に国際連盟に提訴。こうして満州問題は9月22日から正式な議題として討議される。

9月23日、国際連盟・第一次理事会。英、仏、独、伊、スペインの代表、24日には英の代表が中国代表の要請に基づき調査委員の派遣を日本に求めるが日本代表は同意を拒否。

9月30日、この時の理事会で日本側は「日本国民の安全が確保されれば撤兵する」という決議に賛成する。

(この間、関東軍は攻撃を拡大させる。)

10月13日、国際連盟・第二次理事会。中国の要請で予定を1日繰り上げ開催。日本代表は中国の排日運動を攻撃し正当化しようとする一方、いつまでに撤兵するかは決めてない、と開き直る。この第二次理事会からオブザーバーとして参加した米国と他の13ヵ国が平和的な解決を実行するための決議案を作ったが日本側は拒否し成立せず。

(この間、関東軍は攻撃を拡大させる。)

10月17日、英、仏、独、伊、スペイン、ポーランド、エジプト、ユーゴスラビア、アイルランドなどが不戦条約の署名国である日本に平和的解決を図るようにという主旨の通牒を送り圧力。

10月18日、日本は自衛のためで戦争に訴えたわけではない、と弁明。

10月24日、この日、大討論がおこなわれた第二次理事会は決議案に日本だけ反対したため声明を出すことはなかった。

11月16日、国際連盟・第三次理事会。パリで四週間にわたり開催された。日本代表は紛争の正当な解決を行なうたに自ら調査委員会派遣を理事会に提案。

(以下略)

つまり、調査団の派遣が決定したのは第三次理事会での日本の要請によるもの。ただ、第一次理事会で日本は派遣の同意を一度、拒否している。ということのようですよ。

■やっしゃんさん

詳しい経緯をありがとうございます。
(できれば、ソースを・・・)

「アジア・太平洋戦争史」山中 恒p165~179になります。この本、図書館で借りたんですが最初は読んでいてなんだかおもしろくなかったんですが、やはりページの分だけ新しい発見はあるものですね。今は買ってもいいかなぁなんて思ったりも。ただ、かなり分厚くて指3本分ぐらいあるのが(^^;

■やっしゃんさん

ありがとうございます。
著者は児童文学作家なんですね。戦時中の教育や国民生活をテーマにすることが多いそうで、私も関心がある分野です。
ただ、4,200円は、ちょっとためらいますね・・・。
自分は本を読む時は、マーカー引きまくり、付箋紙貼りまくりなので、借りるより購入することが殆どなので。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:
http://jseagull.blog69.fc2.com/tb.php/244-d865fe6e

紫禁城の黄昏の却下

「紫禁城の黄昏」 この書が決定的に主張していることを一言でいえば、「満洲は絶対シナではない」という点である。

FC2Ad

相続 会社設立

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。