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日米開戦を痛快と感じた当時の日本   

今回のエントリーは、大東亜戦争の外的要因-1の続きです。

日本史から見た日本人 昭和編―「立憲君主国」の崩壊と繁栄の謎
渡部 昇一
4396312024

外的要因の話の前に、大東亜戦争開戦当時の日本の様子がわかる話を少し書いておこうと思います。
  generated by feedpath

P.150~
戦後に出た大東亜戦争の回顧録を読むと、真珠湾攻撃の報道を聞いて、たいていの人は「これは大変なことにな るぞと思った」というようなことが書いてある。それは嘘ではなく、日本人なら誰でも「これは大変なことになるぞ」と身震いするような興奮をしたことは確か である。しかし、それだけでは真実でない。
それと同時に、これでスッキリしました」とか「モヤモヤが取れました」という有名人の発言が、その頃の新聞や雑誌の紙面を埋めたのである。

シナ事変には反対だったと言われる岩波書店創立者の岩波茂雄も「これでサッパリ」派だったというし、長与善郎(白樺派の作家、代表作『青銅の基督』)のような好戦的とは言えない作家も「痛快」と言っている。
また、著者の渡部昇一氏は東洋史家の岡田英弘氏との対談の時に、日米開戦当時を回想して次のような会話になったと書いています。
渡部氏
12月8日の感想を一口で言えば、すっとした気分と言うことになりますね
岡田氏
まったく長い間、胸につかえていたのが取れたようないい気分でしたなぁ
一応、念のために書いておきますが12月8日というのは、1945年の真珠湾攻撃・日米開戦の日です。今の若い人は12月8日と言ってもピンとこないらしく、人によってはジョン・レノンの命日ということは覚えているようですが(苦笑)

参考までに、日米開戦時の様子を語っている人を、たまたまネットで見ておりましたので、そちらもご紹介しておきましょう。
Yahoo!掲示板「戦争中の体験談をお聞かせ下さい」というトピックでurasima3roさんと言う方が当時を思い出しながら書き込みしています。
当人は、別に戦争を賛美したりするのでははなく、当時の様子を伝えたいという意志で書き込みしていらっしゃるようです。
2005/12/16 22:31 [ No.339 / 1018 ]
(略)
みなさん
私も軍国主義者でも戦争を賛美するものでもありません 右でも左でもありません
戦前戦後先輩と同じ考えです 同じ世代です あの時期の事実をそのままお伝え出来ればと思っています  
皆様をあのときの世にタイムスリップさせたい  
うぬぼれている次第ですご容赦ください
では、urasima3roさんの書き込みから引用してみましょう。
日米英開戦 十二月八日                  2005/12/ 8 10:38 [ No.305 / 1018 ]
六十年前の今朝から世の中一変した
大本営発表は
勇ましく厳かに
逞しく華やかに
軍艦マーチが流れては大本営の
戦果発表大戦果が次々と勇ましくつづく
敵戦艦OO何隻撃沈
巡洋艦何隻大破、、、
航空機何機大破

支那事変は停滞し
米英は重慶蒋介石軍を利用てして
日本が応援する南京汪兆銘政権をけん制し
国連を利用経済包囲しことごとく日本を
いじめにかかっていた

憤慨やるかたなかった世相事象の日々
ついにやった ついに立ったぞ 
大日本帝国の正義の旗印の元
日本国民は沸き立った
やったやったやった!!!

この日早朝からみんな外に出て
わいわいがやがや"
各家庭から日章旗持ち出し打ち振りながら
村中町中大人も子供も
万歳!万歳!万歳! 天皇陛下万ざーい!

学校道 道々みんな
僕は海軍だ僕は陸軍だ
僕は少年航空兵だ まちまちだが待っていた
とばかりに口々に叫んだ!

血湧き肉踊る武者震い
いよいよだな! いよいよだな!
やるぞ! やるぞ! 一億一心 一億火の玉だ!!!
武者震いした 出陣の武者震いだった
霜が真っ白に降りた寒い朝だった
連日大本営発表            2005/12/13 22:33 [ No.327 / 1018 ]
(略)
大本営発表 毎日毎日続く
みんな勇壮な気分になっていった 毎日毎日大本営発表があります
歓呼の声が響き渡ります 毎日毎日気持ちが高ぶり いても立っても居れません
みんな嬉々として大本営発表を心待ちにします
戦果発表をを暗記しあって歓声します 

何処の市町村も学校も全国津々浦々
町内の各神社を巡りまわる旗行列夜は提灯行列が 盛大に行われた


先生が言った
「お前達もう小僧にも奉公にも行かんでいいんだぞ」
そうだ僕ら少年兵受けるんだ
よーしやるぞ おれは少年航空兵だ!!!
世の中ぱっと明るくなっていった
日米開戦を大喜びで受け止めた当時の日本の空気が伝わってくるような気がします。
すなわち、当時は世論も日米開戦を後押ししていたと言うことに他なりません。

なぜ、そんなにも当時の日本人は日米開戦に喜んだのか?スッキリしたのか?・・・それは、また次回に・・・

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コメント

この何かもやもやしたものがさっと晴れるような気がしたというのは、色々な人が言ってますね。
当時を知る人に直接聞いたこともあります。特に新聞なんかは自分の思い通りになって喜んだのでは?

初めましてデス

 初めて投稿させて頂きます。。。(^^ゝ

 堅苦しくなくて、すっきりとした文章で論旨が明快だし、とても読みやすいブログですねw

 それに、変に自分の意見に固執しないで、柔軟な議論をしようとする姿勢にも好感が持てます。。。(^^vv

 とても勉強にもなるし、さっそくお気に入りに登録させてもらいました♪

>小楠さん

コメントへの返信が遅くなってすみませんでした。
当時の日本人はよっぽどアメリカに対する鬱憤が溜まっていたんでしょうね。私は不勉強なもので割と最近までこのことを知らなかったのですが、支那事変に反対していた人までがスッとしたというのは、よっぽどだったんでしょう。
特にYahoo掲示板から引用した書き込みは、その様子が目に見えるような文章でしたのでちょっと紹介してみました。

>尊野ジョーイ さん
御訪問ありがとうございます。
一応、読みやすさにも配慮して書いているつもりなので、そこまでお褒め頂けて嬉しいです。

遅筆なもので一つのエントリーを書くのにえらく時間がかかってしまい更新感覚も空いてしまいがちなのですが、またぜひいらして下さい。

お知らせ

こんにちは。
大道芸観覧レポートという写真ブログをつくっています。
私は団塊の世代ですが、
12月8日のこともとりあげてみました。
よかったら、寄ってみてください。

http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemu23611

>kemukemuさん

返信が大変遅くなって申し訳ございません
でした。

12月8日について書かれたエントリーも興味深く拝見しました。
本当に鬱憤が晴れたという空気が読み取れる表現が多いのですね。
もちろん日本人100%がそうだったわけでなく、開戦時にすでに日本の敗戦を予想した人達もいたようですが、それはやはり少数派だったのでしょうね。

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