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明治憲法の致命的欠陥の露呈   

今回も、引き続き「日本史から見た日本人 昭和編」から引用紹介を続けます。
日本史から見た日本人 昭和編―「立憲君主国」の崩壊と繁栄の謎
渡部 昇一
4396312024

P.117~
政府が「不拡大方針」と国民や世界に言い続けているのに、出先の軍隊はどんどん戦争を拡大している。いったい、国の戦争指導はどうなっていたのであろうか。この時の戦争指導ほど、明治憲法の欠陥が露骨に出たことはない。そして、それは敗戦の日まで続くのである。
(略)
大本営のかかわることは統帥権の分野のことであり、それは戦場の戦略、つまり「用兵作戦」である。これに対して政府が外交・内政で行うのは政略である。この政略戦略の両者を統合調整することは「戦争指導」と呼ばれていた。今日では「国家戦略」、「大戦略」と呼んでいるものである。
戦略大本営が担当し、政略政府が受け持つことになるが、この両方をあわせた「戦争指導」はどこがやるか、と言うことが問題になる。

アメリカなら大統領、イギリスなら首相、ナチス・ドイツなら総統、ソ連なら書記長である。今の日本なら首相であるが、明治憲法では天皇御一人だけであり、「戦争指導」に関する固有の輔翼・輔弼期間はなかった。法制上のどこにも規定されておらず、また慣行的にもどこにも存在していなかった。

日華事変から大東亜戦争へと、日本は当時の流行語に従えば全体戦に突入した。戦うのは戦場の軍人だけではない。銃後を守る婦人も工場の工員もみんな戦っているのだ、と言うのが全体戦である。女工員も産業戦士などと言われた。まさに全体戦の時代であるからこそ、政略と軍略を統合調整する戦争指導が必要なのに、それをやる人は名目上は天皇になっているだけで、実は誰もいなかったのである。

大臣一人がごねただけで内閣が潰れるような制度において、首相にそんな大それた事ができるわけはない。軍人がいくら頑張っても国家戦略には外交も内政も産業政策もある。それなのに日本は政略と戦略の統合者はいなかった。それどころか、戦略の中でも、陸軍と海軍の意見をまとめうる人もいなかった
大東亜戦争開戦後、戦況が悪化しても統合者不在の問題は尾を引きます。
統帥権に”復讐”された軍部 P.128~
戦局の展開がソロモン群島上空の日米航空決戦によって決まるということは軍首脳の誰にもわかってきた。そして、傾いてきた日本の体勢を立て直す唯一の方法とは、零戦を中心とした海軍航空隊に全資材を集中し、反抗してくるアメリカ軍を押し返すことができるほど強化することであった。

これを実行に移すため、翌昭和19年(1944)の1月に陸軍大臣、海軍大臣、参謀総長、軍令部総長の四者会談となったが、陸軍と海軍は航空機生産のための資材の配分比率をお互いに譲ろうとせず、結局、それまで通りの山分けに終わった。
資材は同量でも海軍機の方が平均的に重いので、機数からいえば、陸軍機二万六四〇〇機、海軍機二万四四〇〇機と、海軍機の方が二〇〇〇機も少ない勘定になったからおかしい。陸軍と海軍が対立したら、それをまとめるリーダーはいないのである。
(略)
政府と軍が対立したときは、統帥権を持ち出せば軍が勝った。特に陸軍はそうして一種のリーダーシップを発揮してきた感があった。しかし、陸軍と海軍が対立したときはどうなるか。両方とも統帥権を持っているわけだから、陸軍も海軍に対しては、政府に対するようには文句は言えない。せいぜい「今まで通りにしましょう」と言えるぐらいのものである。戦場がマーシャル群島に及んだ時点でもそんな具合だったのである。

統帥権干犯問題によって、陸軍は政府からリーダーシップを奪ったが、なんとその問題は陸軍からもリーダーシップを奪っていたのであった。軍といっても陸軍と海軍があり、いずれも対等ということになっていて、共通の長を持たなかったからである。当時の首相は陸軍大臣東条英機であり、彼は陸軍大臣も兼ねていた。その彼も海軍に命令することはできない。
(略)
陸軍と海軍では作戦に対する考え方が違っていた。二つの統帥部の考えの違うことは、議論しても無駄だし、誰もリードできない。

この航空機資材配分問題の後、東条首相はいくらかでもリーダーシップの一元化をしようと努力しましたが、「現役」の陸軍大将はどうしても海軍大臣だけは兼任できなかった。問題は人にあるのではなく、リーダーシップは誰にも発揮できなくなったという国の体制そのものだったということです。

P.133~
昭和五年に出てきた統帥権干犯問題は、あたかも広がりゆく癌細胞の如く、日本の政治機構を確実に侵してきて、ついに統帥部そのものまで動かなくしてしまったのである。
(略)
人類史上最初の原子爆弾が我が国の上空で二度も炸裂したとき、頭がいくつもある八岐大蛇状態では身動きがとれず、ついに、天皇補弼(政略)の責任者も、輔翼(軍事)の責任者もみんな責任を投げ出した格好になった。
この時に初めて日本帝国の真の、そして唯一の大権所有者たる天皇は大権を行使された。ポツダム宣言受諾ご決断がそれである。

このような状態では、日露戦争の時のような絶妙なタイミングの講話など望むべくもありません。
軍が悪い、いや政府が悪い、いや首相が悪いんだ・・・と言う議論をしても、「木を見て森を見ず」なのかも知れませんね。

しかし、いくら日本の体制がこんな状態だったとはいえ、外部から日本への様々な圧力、謀略、差別がなければ、あのような戦争にはならなかったでしょう。そのあたりの渡辺昇一氏の説を、引き続きこの本から紹介したいと思います。


ただ、しばらく堅い内容のエントリーが続いたので、一旦小休止して、今までとはちょっと趣の異なる本から少し紹介しようと思います。(もちろん、日本について書かれた本です(^^))


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コメント

お尋ねの件

>>「真珠湾攻撃」についてはどのよう  に書かれていますか?

これは不思議と、さらっとしたものです。「アメリカは暗号を解読していたが、まさか真珠湾を」とか、「何の警告もなしに」とか言ったところですよ。

>小楠さん

わざわざこちらにも御返答頂きありがとうございます<(_ _)>

日本大使館の大ミスで最後通牒を渡すのが遅れた話とか、アメリカやコミンテルンの謀略の話は無いですか・・・。

あそこまで詳しく日本を分析していても、教科書では、やはり開戦責任は日本にあることにしておきたいって事かなぁ・・・と、つい勘ぐってしまいます。私σ(^^)の考え過ぎかな?

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