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日本と外国の価値観の違いの例   

昨日のエントリーでイギリス人の価値観と言うタイトルを付けましたが、それで興味深い話(本)を思い出したのでご紹介しておこうと思います。

日本人はなぜ日本を愛せないのか
鈴木 孝夫
4106035596

外国のものはみなすばらしいとつい考えがちな日本人の弱点を気づかせてくれる本なのですが、この中に日本では映画「南極物語」でも有名な、タロ・ジロの感動的な実話を、イギリス人はどう捉えるかという話が出ています。

P.20~
戦前に日本に北イギリス人はみな、日本人が自分の家で産まれた不要な子犬を、箱などに入れて橋のたもとに捨てる当時の習慣に対してひどく怒ったものです。可哀想だからというわけではなくて、要らないのならなぜ殺さないのかと言うことです。
(略)
昭和33年に日本の第二次南極観測隊が、気候の急変で基地から大急ぎで引き上げなくてはならなかったとき、たくさんのカラフト犬まで運ぶ余裕がなくて、やむを得ず犬を氷原に置き去りにしたまま帰国しました。隊員達は後を追う犬たちを泣きながら振り切り、来年また来るまでどうか生きていていてくれよと、祈る気持ちで基地を後にしたのです。
ところが翌年の一月に再び基地に戻った隊員達は、残された15頭の犬のうち、タロとジロの2頭が生存しているのを発見しました。この話は国語の教科書にも載ったほど、日本人にとっては感動的なことだったのです。
しかしこのことを知ったイギリス人の間では、犬を南極の氷原に置いてくるなんて日本人とはなんと残酷な民族か、今後はイギリスの犬をこんなひどい国に輸出することは中止すべきだという日本非難の大合唱が起こって、一時は英国の国会でも取り上げられるほどの騒ぎになりました。

ところがその後、今度はイギリスの調査隊が同じ南極で、なんと単に経済的な理由だけで100匹ものハスキー犬を殺すという事件が起こったのです。私は1979年の冬、ケンブリッジ大学に滞在していたとき、英国の高級新聞「ザ・タイムズ」を調べていて、次のような小さな古い記事を見つけたんですよ。

百匹のハスキー犬、経済的措置として殺される
百匹のハスキー犬が経済上の理由で、英国南極調査隊員の手で殺されたことが昨日発表された。大部分の犬はストニントン島の基地が閉鎖されるときに射殺された。
(中略)
基地の閉鎖は調査隊が経費削減のため、犬による輸送を減らし、変わって移動車を使うことに決定したためである。
(中略)
調査隊の人事係のエリック・サモン氏は「犬を殺すのが一番経済的だ。犬を他の場所に移すことは現実的ではない」と語った・
(1975年5月19日)


私が重要だと考える点は、このような「ひどい」事件に対して、イギリスの愛犬家達からは、全く非難や抗議の声が上がらなかったと言うことです。それは彼らの考えでは、このような場合の措置としては犬を殺すのが当然だからです。

要は、「残酷」という概念が正反対ともいえるほど違うという一例ですね。

他にも、フランスの飼い犬がやたら吠えることがなくとても行儀がよいので、一体どんな躾、育て方をしているのかと思ったら、躾てもだめな子犬、飲み込みの悪い子犬はどんどん淘汰する、つまり殺してしまうから、その結果として飼われている犬は人間の言うことを聞く行儀のいい犬だけが残っているという話もでています。

そういえば先日、中国でもこんなニュースがありましたね。
イヌ5万匹を処分、狂犬病予防で 中国・雲南省

もう、価値観が違うのだから仕方ないと思うしかないのかもしれません。。

牧畜で生活してきた民族は、動物を人間の意のままにコントロールするのが当たり前と考えるのに対し、日本人は農耕と漁業(つまり、そこにいる魚を捕まえるだけ)で生活してきたので、根本的に考え方が異なるということもあります。

とにかく、日本人はその地理的特性から他国に比べるとかなり特殊な価値観を持った民族といえるということです。
だから、外交下手なんですよ、どうしても・・・。

この本ですが、改めてページをめくってみて多くの日本人が認識しておいた方が良いなと思う箇所がいくつもありましたので、次回もご紹介したいと思います。

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コメント

拝読しました

欧米の生活文化は自然を征服し、自然との遮断をいかにするか、そして人間の生活を守るかという発想のようですが、日本はいかにして自然と融合するかを生活の基盤においているようです。自然のものは自然のままにという日本人の価値観との違いが、このように動物に対する考えの違いにもなるんでしょうね。

>小楠さん
動物に対する考えが、そのまま民族間にも当てはまってしまったのがナチスのユダヤ人に対する行為だと書いてありました。
中国の人命軽視もその歴史が反映していると思います。

「やれ打つな 蠅が手を擦る 足を擦る」
「朝顔に つるべとられて もらい水」

こんな感覚、典型的な日本人独特の感性ですからね~。

例のケガレ

日本人の場合、自分の手を汚すのが嫌という意識があるのも、影響しているかもしれないと思いました。

ペットとして不要になった動物は、殺されるのはわかっていながら、保健所に預ける。
川に流したりするのと似ていると思います。拾われたりして助かる可能性があるというフィクションにすがる。

西欧の場合、自分の「所有物」だから、自分が殺すのが責任という意識なんでしょうか。

>山猫男爵さん

そもそも、ある動物が不要になったときに「殺す」という選択肢を思いつくことは日本人には殆ど無いと思います。(最近問題になった子猫殺しの坂東眞砂子の様な人も中にはいるでしょうが)

最近人気の旭山動物園で、交通事故で羽を失ったカラスまでが小さなケージながら飼育・展示されていたのを見たのですが、日本人的な一例なのかも知れません。

ただ、自分の手を汚すのが嫌というのは一般的にあるでしょうね。私などは肉料理が好きなくせに、アメリカなどで生前のお姿をとどめたままの鶏がテーブルに出てくるととたんに食欲を無くすタチでして、これは、もう偽善者といわれても仕方がありません(^^;

西欧との違いは民族の生活の歴史から来る生命観かなぁという印象を私は持っていますよ。

私達が、まず動物達に対してやらなければいけない事は、私の意見として、自分の周りにいる、動物達を可愛がる事が大切な事なのでわないかと思います。新聞で、読んだのですが犬や猫は人間と、一緒に生きることが、遺伝子上インプットされていて人間無しでは生きられなくなっている。犬や猫は、生まれてすぐ目が開かずに、自分は弱い、というように生まれてくる。
日本人も、どこの国の人も、価値観が違うのを、考えるのではなく人間が動物に対しての考えかたを変えないことには、同じ事が繰り替えされる。

返信遅くなって済みません

>詩織さん

訪問ありがとうございます。また、返信が大変遅くなって申し訳ございませんでした。

「同じ事が繰り返される」とおっしゃるのは、例の猫殺し作家の事だと思うのですが、確かにあの件はひどいと私も思いました。
でも、世界中の人間全てが同じように感じるかどうかは別だとも思うんですね。

異なる価値観を統一するのは、もの凄く難しいと思いますよ。エントリーで書いたとおり、殺さないで生かしておくことを「残酷だ」と非難する国もあるわけです。真逆なこの考え方について、「どちらが正しい」と言い切れるでしょうか?
そもそもどちらも自分の方が正しいと信じて疑っていない訳ですから、自分の価値観を相手に押しつけるのでは衝突しか生まれないと思うのですが。。。

ところで、身近な動物をかわいがるのはとても良いことですが、その日本人が他国では神聖とされる動物をごく一般的に食べていることを考えれば、身近でかわいいからという理由だけで特別視することにも何か矛盾があるような気がしてきませんか?

そもそも動物は他の動物の命を奪うことで生きているんですよね。植物以外の食材は全て動物関係なんですよね。。。

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