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「東亜新秩序」の一風景 -3   

今回も「日中戦争見聞記 1939年のアジア」 から引用して当時の中国の様子を紹介してみようと思います。
「日中戦争見聞記 1939年のアジア」

もちろん日本軍は占領下にある中国領内でいろいろと圧力をかけ暴力を振るい、そればかりか恐怖政治を行っている。しかし私は少なくとも河北では、諸々の報告や電文で予想していたより、こうした日本軍の行動がずっと少ないことを見いだした。北京のみならず他の小都市でも、日本人が一般に何らの摩擦もなく中国の生活にとけ込んでゆく有様は、全く驚くべきである。彼らは着物、畳ばかりか芸者まで中国に持ち込んでくる。他方、日本人は彼らしかできないような執拗さで、中国語を習得すべくこれ努めている。しかし中国人は、その独特な迅速な理解能力を生かして日本語を学び取っている。

その他日本人は、大がかりな手段を用いて中国人の共感を得ようと努力している。彼らはこの点で少なくとも華北では、あながち否定できないような巧みさを示している。彼らは中国人を日本化することなどを考えておらず、逆に中国人を中国人の生活の源泉である儒教に連れ戻そうと努めている。この働きかけは表面的だが、北京の町の表情の中にも現れている。

北京の巨大な記念碑的な建物は、部分的にはうちつづく内戦でかなり破壊され、嘆かわしい崩壊の有様となった。だが今日では天壇は、中国最盛期と同様、全く非難の余地のないほど立派な様子を示すようになった。紫禁城の再建のために日本人はかなりの金額を毎年の財政予算の中に計上している。
余談ですが、紫禁城といえば思い出すのはラストエンペラー「溥儀」ですが、溥儀は関東大震災に心を痛め、莫大な援助金を日本に送ってくれていたことが「紫禁城の黄昏」という本に書かれていました。

正しい観念を得るためには、二つの要素を考慮せねばならない、。一つは時間である。もう一つは「東亜新秩序」建設のために中国人を自国のイデオロギーに感化させようとする日本人の不屈の意志である。華北の今日の状況を評価するためには、この土地を三十年前の朝鮮あるいは五年前の「満州国」と比較せねばなるまい。その当時、それぞれの地域は、今日の占領下の中国と非常によく似ていた。しかしその間に朝鮮、あるいは満州在住の日本人に対する感情は大いに改善された。
同様なことが華北においても起こるであろう。もちろん華中・華南においては状況はずっと困難である。一つにはこれらの地方が中国国民の抵抗の中心地に近いためであるが、さらには日本軍がそこでは全く遺憾な失策(一九三七年の南京大虐殺などを指したものと思われる)をしでかしたからである。
中国平原における戦争の結末について最終的な診断をすることは、もちろん極めて難しい。おそらく次のような言い回しがもっともうまい診断となるであろう。
「近未来は日本人に、しかし遠い未来は中国人に属するであろう」
拙ブログの最近の「東亜新秩序の一風景」シリーズ(?)を最初から読まれた方は、もうおわかりかと思いますが、色々問題はあったにせよ日本はグダグダだった中国内部を立て直して近代化し、東洋世界を蝕もうとする西洋勢力、共産主義勢力と対向出来うる力をつけようとしたのが本来の目的というのが見えてくると思います。

ところで、この「日中戦争見聞記 1939年のアジア」という本ですが、実は私の喉に所々引っかかるところがあるんですね。その一例が緑色の文字にした部分です。これはコリン・ロスが書いたのではなく、訳者の金森誠也 氏が追記した部分です。「華中・華南における日本軍の遺憾な失策」という記述だけで何故いわゆる「南京大虐殺」と言えるのか、そのあたりについては書かれていません。

そもそもこの本が書かれた1939年に「南京大虐殺」が知られていたのか?蒋介石でさえ松井石根の処刑に関して、「そのような(南京虐殺)のような報告は受けていない。松井氏は冤罪で処刑された」と涙を流したと云われています。

訳者あとがきに、「『ラーベの日記』のような日本軍の残虐性が出てこないのが不満」のように書かれているあたり、金森氏は「日本軍は残虐であるべき(?)」という先入観がある人の様に思います。

念のため書いておきますが、私は「南京大虐殺」否定派ではありません。色々調べてもまだよくわからないからです。ただ、これだけ様々な論争がある限り、「あった」あるいは「なかった」ことを前提にしている記述は鵜呑みにしてはいけないな、と思っているだけですので。

私が思うに、著者のコリン・ロスが云う「日本軍の失策」というのは「重慶爆撃」のことではないかと想像しています。実際、コリン・ロスは自らの危険を冒して重慶に行き、その悲惨な様子を書いています。

次回はそのあたりをご紹介する予定、ということでもう少しこのシリーズ続けます。


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コメント

拝読しました

>>訳者の金森誠也
実は、この本は買おうと思っていましたが、訳者がこの人だったので、止めていました。
確かにこの人には他の本の案内でも予断が感じられ、その主観が訳の中に入り込んでいると思っています。(持っている他の本もそうでした)

>小楠さん、毎度です(^^)

かつて無批判に本の内容を鵜呑みにしていた私もそのあたりの事情を踏まえて読むことが出来るようになってまいりました(笑)

「中国人を自国のイデオロギーに感化させようとする・・・」の所も果たして「感化」という訳が適切なのかどうかをつい疑ってしまいますね。

前に「満州国」見聞記―リットン調査団同行記」を取り上げたことがあるのですがこの本も訳は金森氏でした。

しかし、かといって素人の私が原著を読み解く能力も時間もないのが現実ですので、ひたすら数多くの当時の著作に触れるのが史実に近づく方法なのかなと最近は思っています。原著が良ければ多少の恣意的な訳があっても資料としては役に立つかな、ということで(笑)

ただ、岩波書店版の「紫禁城の黄昏」の様に、己の主張にそぐわない部分をバッサリ切り落としてしまうのは、著者に対する侮辱であり焚書行為ですので、とうてい出版社として許されるモノではないですけどね。

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