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「東亜新秩序」の一風景 -2   

マスコミは安倍官房長官が靖国に行っていただの、小泉総理が8月15日に参拝に行くかどうかだの、やかましいことこの上ありませんね。靖国神社に参拝することがいかにも悪いことのように印象づけようとしているに思えるのは、私が偏向しているからでしょうか(苦笑)。もっとも騒げば騒ぐほど、今まで靖国神社に無関心だった人が興味を持つ効果もありそうで、私は密かにそこに期待していたりします。何を隠そう私自身σ(^^) が小泉総理の参拝に中韓が反発するまでまったく無関心でしたから(笑)

あと、当ブログの一番右上に「真実はどこに・・・」のフラッシュへのリンクを作っておきました。有名な名作フラッシュですが、まだご覧になったことのない方は是非時間のあるときにでも見て欲しいと思います。後世の我々に日本の未来への想いを託して散華した人達がいたことを知れば、戦争責任者が祀られているかどうかに関係なく英霊への感謝の心が自然に沸いてくるものと思います。それに、戦勝国には「戦犯」と呼ばれる人は一人もいないこと、その矛盾に是非一人でも多くの日本人に気づいて欲しいと思います。

さて、前置きが長くなりましたが、前回の続きで「日中戦争見聞記 1939年のアジア」 から引用してご紹介してみようと思います。今回は一風景と云うより著者コリン・ロスの見解が中心です。

「日中戦争見聞記 1939年のアジア」 P186~

もともと日中戦争という言い方は正しくない。むしろこれは中国における中国をめぐる戦争である。
日本人は全く宣伝が下手であり、たとえ彼らに言い分があっても、全世界は信じようとしない。私の見解によれば、自分たちは中国の民衆を相手に戦っているのではないと言う日本人の主張は正しい。日本人は単に中国人をけっして敵視していないばかりでなく、中国内部でも、少なくとも部分的には中国人が日本人を敵視していないケースが見受けられる。さもなければ、北京のような百万都市でも、一般に市街地には入ってゆかないことになっているわずか数千人の日本軍しか駐屯していないことをいかように解釈すべきであろう。
「北京の征服」は、日本の兵士を満載した数台のトラックが入城し、数百万の中国人がそれに甘んじたときに始まった。その状況は今日までそのまま残っている。

私は夜となく昼となく北京市内を歩き回った。そして私はこの都市で秩序と安寧が危険にさらされているとか、あるいは暴動が起きるかもしれないなどと、少しも考えたことはなかった。街頭では中国人の警官が職責を果たしている。すなわちここで摘発しようと言うのは「中華民国文書」といわれているものであり、それが狙っているのは反日宣伝ではなく、北京の臨時政府反対の宣伝である。
臨時政府が日本軍なくしては一日も維持され得ないことは当然である。そのことは子供でも知っている。それにも関わらず、臨時政府が日本の銃剣のお世話にだけなっていると主張するわけにはゆかない。さらにこの臨時政府に仕えている中国人を全て売国奴とも呼べない。この臨時政府の閣僚に収まるか、あるいは夜警として勤務するかはどうでもいいことであり、ひたすら生活問題が重要な役割を演じている。
しかし疑いもなく、日本軍と協力している少なくともかなりの部分の中国人は、国家主義的愛国者である。彼らは蒋介石を信用できなくなったか、あるいは一度も信用したことがなかった人々である。彼らはもし外国人の支配と外国人の影響に甘んじなければならないとしたら、その外国人はヨーロッパ人よりはむしろアジア人、ロシア人やイギリス人よりはむしろ日本人のほうが望ましいといっている中国人愛国者達である。
訳のせいなのか、少々わかりにくい部分はありますが、中国各地を視察して客観的に判断された見解と言えるのかなと思います。

中国で暮らしている人のブログや中国関係の本を読んでいて思うのですが、中国人はかなり実利優先で考える民族なのかなぁと思います。数千年に渡って戦乱が続き、支配者もモンゴル人であったり女真族(満州)だったり漢民族だったりイギリス人だったりと変化していきます。攘夷運動が活発化することもありますが、一般の民衆は自分が生きていくためにはどうするのが一番得策なのかを優先的に考える人が少なくなかったのかなぁという印象ですね。それが上記で引用した最後の部分のようにあの時代は日本につくことを選択する人が少なくなかった理由のように思います。

ところで、前回と今回の引用箇所だけを読むと、コリン・ロスが極めて親日的に感じられて、「客観的とは言えないのでは?」と思う方もあるかもしれませんが、全体を読むと決して日本だけを贔屓している訳ではないことが分かると思います。中国人に対してもその文化を高く評価している箇所がいくつもあります。さらに、この本の後半では、著者が飛行機で中国大陸内を移動中に日本軍機に銃撃され撃墜寸前の目にあったことや、日本軍による重慶爆撃の様子なども出てきます。そのような目に遭いながらも、感情的な表現がほとんど見られないことが、私がこの本を評価する理由でもあります。
また、次回も引き続きこの本から参考になる箇所をご紹介していく予定です。

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日中戦争見聞記―1939年のアジア
コリン ロス Colin Ross 金森 誠也
406159608X




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コメント

拝読しました

>>自分たちは中国の民衆を相手に戦っているのではないと言う日本人の主張は正しい。

この部分が最も大切で、欧米には理解
できなかった日本の考え方ですね。
で、宣伝は誠に下手であったことも、次の大戦に進まざるをえなかった一つの要因でしょう。残念ながらマッカーサーはこの点に気づくのが遅かった。

>小楠さん
いつもコメント有り難うございます。
おっしゃるとおり、この部分に気がつかないと中国大陸での戦いが何のためであったのかが理解できないですね。私自身そうでしたから。

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