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「東亜新秩序」の一風景 -1   

前回のエントリーで「東亜新秩序」のことに触れましたが、実際どうであったのかということを知っておく必要があると思います。以前に紹介した「日中戦争見聞記 1939年のアジア」という本に、その一面が描かれていたので引用して紹介したいと思います 

日本軍の鉄道戦争 中国某所(p.195~)

新しい村や都市が発生し、耕作された田畑は広がってゆく。いたるところで日本人の技師や主任の監督の下に、多数の中国人苦力の群が作業している。どこもかしこも遠くからは大きくふくらんだソーセージの皮のように見える丸天井の茣蓙の天幕が、いかにも原始的な住居として鉄道沿線に聳え立っている。

内モンゴルを包頭に向かって進むとき、あるいは日本軍占領下の中国内の鉄道で走るとき、同じような光景が見られる。その際全く理解に苦しむことは、このような広大な土地を単に確保するばかりか、これを根城にさらに耕作を進め発展させるために、日本人がいったいどこからこれら全ての人間をかき集めたかということだ。

外国人としてはすぐには理解できぬ第二の点は、中国人が外国の侵入者、征服者に協力し、嬉々としてこうした仕事についていることだ。しかしこんな発言をすれば、それはすでに典型的な西欧風の思考の欠陥を表していることになる。中国人は別な考え方をする。日本人は中国の大地の上に単に征服者としてばかりではなく、かつてのモンゴル人、満州族と同様、新秩序の伝達者として実際に登場している。

とにかく、戦争がつづいている間、いやそればかりかその終結の見通しがつかない今、すでに東亜新秩序が始まっているという事実がある。西欧人は日中戦争の状況についてはまず第一に破壊された上海や他の激戦地の写真で知っているだけである。これ以外に彼らは、巨大な中国のかなりの部分が何ら戦争の影響を受けていないということを忘れている。

たとえばここ華北においては破壊の跡は一切見られない。華北上空を飛ぶと、そこを日本軍、あるいは蒋介石軍、あるいは中国紅軍が支配しているかどうかにお構いなく、ほとんどいたるところの平原が耕されている。「大地」はそんなことに苦慮せず、ひたすら作物を与えてくれる。二,三回豊作がつづけば、中国は戦争の被害を克服できる。もちろんそのための前提は、戦争が近い将来に終わり、しかもこの戦争からさらにもっと大がかかりな恐ろしい権力闘争がアジアで発生しないということである。
いかがでしょうか? 著者のコリン・ロス(ドイツ人)が目にした広大な中国の中の一風景に過ぎないかもしれませんが、それでも日本人は「東亜新秩序」構築の為に実際に動き出している姿が映し出されていると思います。私は、後に続く「大東亜共栄圏」構想のことを、「戦争を正当化するためにあとから取って付けたような大義だ」という批判を目にしたことがありますが、果たしてそうでしょうか?

また、戦闘をしている一方で上記のような近代化支援をしているのは矛盾しているようですが、当時の中国大陸の状況を知っておけば理解しやすいと思います。そのことについてはいずれ別の本を紹介しながら書いてみたいと思っていますが、この「日中戦争見聞記 1939年のアジア」は紹介したい箇所が沢山あるので次回もまたこの本から引用したいと思います。

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日中戦争見聞記―1939年のアジア
コリン ロス Colin Ross 金森 誠也
406159608X





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コメント

いい記事ですねー

ご苦労様です。
自国の利益のためは勿論ですが、日本は進出した地域のインフラ整備も、伝統文化の保護も一所懸命に行ったことは事実ですね。
欧米は搾取のみで、植民地の民族のためになるようなことは何もしなかった。

>小楠さん

お褒めいただき有り難うございます<(_ _)>
この記事の冒頭で書いた「前回のエントリー」も是非読んでみてくださいね。著者のコリン・ロスがいかに客観的かつ正確に日本を見ていたかがわかると思います。

常識ですが、他人の家無断に入ることは
どんな理由があっても犯罪です。
仮にその家の家事を上げたくも、テレビを上げたくても、同じく犯罪です。
他国の土地で招かれなくて入る自体は侵略です。
欧米の植民地政策も、日本の「東亜新秩序」構築も侵略ということは変りがないでしょう。

>zin さん、ようこそ。

「常識ですが、他人の家無断に入ることはどんな理由があっても犯罪です。」
日本は無断で中国大陸に侵攻したのではありませんよ。条約の締結を経て獲得した正当な大陸における権益だということはリットン調査団の報告書にも書かれているようですし。まぁ、日本で云えば在日米軍のようなモノです。
ただ、元から住んでいた一般人にとっては侵略と見られても仕方がないのもちろんでしょう。反発する人がいるのは当然です。

でも、イギリスがゴリ押ししたアヘンによって膨大な数の中国人が廃人にされ、かつ西太后の悪政から始まる清朝の崩壊後はそれこそ内戦状態で収拾がつかない状態。どこかの近代化した国が(一時的にでも)統治者として中国大陸に現れるのは世界中の誰の目にも明らかだったわけです。それがソ連になるのかアメリカになるのか日本になるのか、そういう争いだったんですよ。
少なくとも、近代化に大きく出遅れ、西洋式の武力と国力で押さえ込まれた状態の中国が、中国人だけの手で国を維持するのはまず無理でした。どれほどの国力の差があったのかは、アヘン戦争とそれに関わる条約でイギリスが中国に何を押しつけたかを調べるとわかりやすいと思います。

そんな状況の中で、権謀術数に長けたソ連やアメリカに対し、日本人はバカ正直にやりすぎた。私はそんな印象をもっています。

あと「欧米の植民地と同じかどうか」ですが、欧米は自国の利益(原料を得る、製品を売りつける)のために植民地政策をとったのに対し日本は日本人の税金持ち出しで台湾、朝鮮半島、中国の近代化を進めたという違いについては認識しておく必要があると思います。このエントリーで紹介した農業の技術指導の風景もその一環なんです。この本には広大な耕地を、今の日本でさえ見られないような大きさのトラクター(?)で作業している写真も掲載されています。そしてそういうことをする日本に積極的に協力した中国人が少なからず存在した事実も知られなくてはいけないと思うわけです。

侵略される側にしてみれば、犯罪なのは確かかもしれませんが、史実を知ろうとする作業に「善か悪か」の視点を持ち込むと、目が曇ってしまいますよ。また先入観が強くてもそれが歴史の勉強の邪魔になることが往々にしてあります。それでも日本の過去が「犯罪かどうか」を議論されたいのなら、もっといろいろな史実を知ってからの方が良いと思いますよ。

色々と調べることで、学校の教科書や新聞テレビが触れない史実を知って「目からウロコ」を沢山経験するのも良いものですよ(^^)



j.seagull さん:
コメントを拝見しましたが、その中の2,3点について議論したいので、よろしくお願いします。
<font color="#ff0000">条約の締結を経て獲得した正当な大陸における権益だということはリットン調査団の報告書にも書かれているようですし。</font>
上記の条約はどんな条約を指しているのはよくわかりませんが、【下関条約】或いは【天津条約】?百歩を譲っても、私知っている限りには内蒙古や北京や南京などはその”正当な大陸における権益”に入っていないはずと思います。勝手に歴史上の条約を拡大して解釈するのは困ります。
<font color="#ff0000">日本は日本人の税金持ち出しで台湾、朝鮮半島、中国の近代化を進めたという違いについては認識しておく必要があると思います。</font>
確か中国東北地域の社会整備、産業の近代化等に力を入れましたが、でも清朝の廃帝を表に立ち、関東軍は裏に操りで統治することは英国がインドでやった事と何処が違うのは同じでしょうか?
<font color="#ff0000">そんな状況の中で、権謀術数に長けたソ連やアメリカに対し、日本人はバカ正直にやりすぎた。私はそんな印象をもっています。</font>
これは長期的な鎖国政策による結果と思います。他は、地理上の要素で諸外国との外交経験ないままで近代国際世界に入ることも原因の一つです。日本人はバカ正直ではなくて、外交経験が乏しいだけと思う。

>コメントを拝見しましたが、その中の2,3点について議論したいので、よろしくお願いします。

こういうコメントを戴けるのは大変嬉しいです。勉強しながら書いているブログですので、私の誤解や偏見、本人も気づかないままのダブスタなどが含まれている可能性があります(苦笑)。なので、冷静なツッコミはありがたく拝聴していくつもりでおりますのでよろしくお願いします。
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>上記の条約はどんな条約を指しているのはよくわかりませんが、【下関条約】或いは【天津条約】?

これは、「塘沽協定」や「下関条約」を指したつもりでした。


>百歩を譲っても、私知っている限りには内蒙古や北京や南京などはその”正当な大陸における権益”に入っていないはずと思います。勝手に歴史上の条約を拡大して解釈するのは困ります。

拡大解釈という批判はごもっともです。zinさんの「犯罪」と言う言葉に私が過剰反応してしまったようで、これは素直に反省して謝罪・訂正したいと思います。「リットン調査団が満州建国は認めなかったが日本の権益は認めていた」というのを知ったときの印象が強くて、それを広げすぎてしまったからだと自己分析しております。また、正当な権益といっても時代が時代ですから権益獲得までの過程は無視できないですものね。


>でも清朝の廃帝を表に立ち、関東軍は裏に操りで統治することは英国がインドでやった事と何処が違うのは同じでしょうか?

この部分は、もう少し書かせて下さい。
概略的にはそうかもしれませんが、その大義や実際の統治手法は大きく異なるのではないか、と言うのが今の私の解釈です。
例えば、イギリスがインドに対し『あのような温暖で資源豊富な土地を一民族が独占するのは神の意志に反する』と云って植民地化を正当化したのに対し、『「東亜新秩序」でアジアの独立と治安を構築。西洋植民地主義と共産主義に屈服しないよう、日本がアジアを(一時的にでも)支配』というのは同じとは思えないんですよ。

孫文の、欧米侵略主義に対する東洋の王道平和・日中友好を唱える「大アジア主義」やそれに共鳴した松井石根とか、西欧列強と共産革命の脅威の中、何とかアジアを立て直したいとする動きも背景にあったこと事実ですし、欧米の植民地主義と同等とは言い難いのではないでしょうか?
もちろん、だからと言って日本は悪くないなどと言うつもりは毛頭ありません。

近いうちに「日米開戦の真実 大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く」と言う本から、インドの植民地の状況やアヘン戦争下の清朝の様子を書いた部分を引用、紹介することを考えているので、その際は是非また御意見聞かせてください。


>これは長期的な鎖国政策による結果と思います。他は、地理上の要素で諸外国との外交経験ないままで近代国際世界に入ることも原因の一つです。日本人はバカ正直ではなくて、外交経験が乏しいだけと思う。

鎖国政策の影響はあると思います。ただ経験の問題以外にも原因がある気がします。
ひとつには、農耕民族と狩猟民族・牧畜民族の違いもあるかもしれない。あと、いまだに日本はそうだと思うのですが、外交を「性善説」で考える傾向があって、それも無視できないのかなぁと思っています。アメリカもイギリスも二枚舌外交です。例えば、当時は日本に門戸開放を求める一方で、自分自身は門戸閉鎖で日本排斥・・・。
正直者が騙されたときの怒りは極めて大きいですし「日本人は怒らせると怖い」とも云われているそうですよ。

是非また御意見お聞かせください。ありがとうございました。


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