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特攻機「桜花」パイロットに志願した人の証言   

前回のエントリーでは、「桜花」を発進(母機からの切離し)させる操作を行った方の回顧を紹介しました。つい先ほどまで同じ機上の人だった桜花パイロットが、自分の操作によって、生還絶対不可能の旅に出る・・・本当につらい任務だと思いますが、それ以上の覚悟が必要だったのは、桜花パイロット自身だったことはいうまでもありません。

数回に渡って「桜花」の説明を書いてきましたが、私が、より多くの人に知って欲しいと思うのは、桜花のパイロットに志願した人の気持ちです。

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人間爆弾「桜花」の戦果とそのパイロット   

昨日のエントリーで、実戦で使われた「桜花」は55機と紹介しましたが、確実に戦果と言えるのは、その内のわずか1機だけだったようです。 それは、1945年4月12日の午後、沖縄北西海域でのこと。母機から切り離された桜花が向かっていったのは、レーダー監視任務遂行中の米駆逐艦「マナート・L・エベール」でした。

 マナート・L・エベール
マナート・L・エベール USS Mannert L. Abele (写真はクリックで大きくなります)


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人間爆弾「桜花」について   

「神風特攻隊」や、最近映画化された人間魚雷「回天」と違って、「桜花」はあまり知られていない気がしますので、どんな特攻兵器なのか、もう少し書いておきたいと思います。

以前にも引用紹介した「特攻 最後の証言」より引用していきます。
4757213034

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桜花の開発が決まった時   

「桜花」についてのエントリーを書こうと思って、ふと気づいたのですが、「桜花」という特攻兵器がについては、どのくらいの方がご存じなんでしょう?

 「特攻」「神風」といえば、「爆弾をつけた零戦などの飛行機が敵艦に体当たりする」ということはほとんどの方が知っていると思います。 もともと、別の目的で開発製造された飛行機を、体当たり攻撃に使用したわけですが、「桜花」は体当たり攻撃のために開発された航空機なのです。

 どのようにして使用するのかご存じない方には、文字で書くよりも下の動画(CG)を見て頂くのが早いでしょう。(1:30)

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サヨクの方が怖いよ・・・   

今回から「桜花」について書くつもりでしたが、ちょっとその前に書いておきたいことがでてきたので、予定変更させてください。(「桜花」について期待された方、ごめんなさい)

先日の長崎市長銃撃事件を受けた下記のような「集会のお知らせ」をあちこちで見かけるんですけど。

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桜の季節と特攻   

関東地方の桜はほぼ散ってしまいましたが、桜前線はもう東北地方まで到達した頃でしょうか?


(写真は埼玉県秩父市にある清雲寺のしだれ桜。樹齢約600年の県指定天然記念物。2007/4/1撮影)

春の訪れとともに新生活をスタートさせ、期待と不安が入り交じる人たちも多い4月ですが、62年前のこの季節は、特攻が激しくなり、数多くの特攻隊員が散華していった時期でもあります。
昭和20年4月に開始された「菊水作戦」、すなわち「体当たり攻撃」は激しさを増し、戦死者が急増、文字通り、数多くの若者達がこの季節の桜の花のごとく散っていった季節でもあったのです・・・。

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メディアリテラシーと長崎市長銃撃事件(今日はサンゴ記念日)   

「K・Yって誰だ?

 と君が言ったから

 四月二十日はサンゴ記念日」

そう、今日4/20は、サンゴ記念日ですね(^^; (サンゴ記念日をご存じない方は、こちらこちらをどうぞ)
そういうわけで(?)、ちょっと久々にメディアリテラシー関係のエントリーを書いてみたいと思います。

長崎市長銃撃事件について、朝日新聞などが、「容疑者の個人的な犯行を、言論弾圧や思想犯に結びつけて報道していてケシカラン」という意見が多いようで、私も同感です。

ただ、この事件については、左派の方がメディアリテラシーを発揮しているのか、マスコミの報道を強く疑っているようなんです。

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アメリカの銃乱射事件と韓国人   

先日のアメリカの銃乱射事件で、銃社会の怖さを再認識した方も多いと思います。しかし、銃を所持する世帯の割合は、アメリカよりもスイスが上、しかし銃による10万人あたりの犠牲者数はスイスが0.5人なのに対し、アメリカは4.0人だそうで(どこかの新聞に出ていたらしい)、毎年のように銃乱射事件が発生するアメリカ社会の問題は、一概に銃社会のせいだけでもなさそうですね。

しかし、銃というものは、短時間に多くの人を殺傷できる道具であるという事実にはかわりはなく、例えば、もし日本での附属池田小の事件が刃物ではなく銃によって起こされていたら・・・と考えるとゾッとするものがあります。

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1945年4月7日   

今から62年前の今日、4月7日は、戦艦大和が、米軍航空隊386機機による波状攻撃を受け、長崎県男女群島女島南方176キロで撃沈された日です。大和は、アメリカ軍に上陸された沖縄を防戦支援するため(水上特攻)、沖縄に向けて航行中でした。

様々な意味で、当時の日本を象徴する存在だった戦艦大和の、最後の日です。


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沖縄集団自決は軍の命令だったのか?座間味島の場合-5   


【このエントリーを読まれる方への注意】
これは、あくまでも座間味島に於ける梅澤裕さんと宮城初枝さんとの間の話です。極めて限定された場所と人物についての話であり、沖縄各地で起きた集団自決を物語っているわけではありません。
時折「沖縄集団自決訴訟」だけをとりあげ、梅沢隊長(座間味島)、赤松隊長(慶良間島)の命令の有無だけを取り上げ「命令はなかった」という論調を見かけますが、それはこの問題を著しく矮小化し歪めていることに留意してください。

沖縄戦における「集団自決」と「住民虐殺」の事例一覧

(2007/10/29追記)


このエントリーは、以下の続編となります。

- 沖縄集団自決は軍の命令だったのか?座間味島の場合-1
- 沖縄集団自決は軍の命令だったのか?座間味島の場合-2
- 沖縄集団自決は軍の命令だったのか?座間味島の場合-3
- 沖縄集団自決は軍の命令だったのか?座間味島の場合-4

昨日のエントリーの後半部分、「さて、ここで気をつけたいのは、・・・」のところで、戦後の補償を得るために「自決命令があった」と証言することになったのではないかも知れない、という趣旨のことを書きましたが、どうやら私の想像はハズレだったようです。

と、いうのも、「母の遺したもの―沖縄・座間味島「集団自決」の新しい証言」の著者・宮城晴美さんが、この本の内容よりも、さらに詳しく具体的にその背景をつづった文章を、ネット上で見つけたからです。下記に引用させて頂きます。

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沖縄集団自決は軍の命令だったのか?座間味島の場合-4   


【このエントリーを読まれる方への注意】
これは、あくまでも座間味島に於ける梅澤裕さんと宮城初枝さんとの間の話です。極めて限定された場所と人物についての話であり、沖縄各地で起きた集団自決を物語っているわけではありません。
時折「沖縄集団自決訴訟」だけをとりあげ、梅沢隊長(座間味島)、赤松隊長(慶良間島)の命令の有無だけを取り上げ「命令はなかった」という論調を見かけますが、それはこの問題を著しく矮小化し歪めていることに留意してください。

沖縄戦における「集団自決」と「住民虐殺」の事例一覧

(2007/10/29追記)


このエントリーは、以下の続編となります。

- 沖縄集団自決は軍の命令だったのか?座間味島の場合-1
- 沖縄集団自決は軍の命令だったのか?座間味島の場合-2
- 沖縄集団自決は軍の命令だったのか?座間味島の場合-3

なぜ自決について「軍の命令があったかどうか」が、問題になるのか・・・。それは、戦没者の遺族や負傷した人に国からお金が支払われる「戦傷病者戦没者遺族等援護法」対象者の定義によります。(ご存知の方も多いと思いますが)

このエントリーには続きがあります→【続きを読む】

沖縄集団自決は軍の命令だったのか?座間味島の場合-3   


【このエントリーを読まれる方への注意】
これは、あくまでも座間味島に於ける梅澤裕さんと宮城初枝さんとの間の話です。極めて限定された場所と人物についての話であり、沖縄各地で起きた集団自決を物語っているわけではありません。
時折「沖縄集団自決訴訟」だけをとりあげ、梅沢隊長(座間味島)、赤松隊長(慶良間島)の命令の有無だけを取り上げ「命令はなかった」という論調を見かけますが、それはこの問題を著しく矮小化し歪めていることに留意してください。

沖縄戦における「集団自決」と「住民虐殺」の事例一覧

(2007/10/29追記)


前回のエントリーは、勉強しながら今までブログに書いてきたことを、全部ひっくるめたような内容となり、書くのにかなり力を入れた内容となりました。そのせいか、アップしてからもあちこち気になって、追記・修正したりしています(^^;。また、貼り付けてあった、沖縄戦の動画がタイミング悪く削除(?)されたり、と、読んで頂いた時間帯によってエントリー内容が若干変わっているかと思います(苦笑) また、タイトルと内容がまったくマッチしていません(^^; まぁ、「連載」なので、このままにしておきます(笑)

今回からは、「母の遺したもの―沖縄・座間味島「集団自決」の新しい証言」から引用紹介していこうと思います。

まずは、前書き部分から・・・。

このエントリーには続きがあります→【続きを読む】

沖縄集団自決は軍の命令だったのか?座間味島の場合-2   


【このエントリーを読まれる方への注意】
これは、あくまでも座間味島に於ける梅澤裕さんと宮城初枝さんとの間の話です。極めて限定された場所と人物についての話であり、沖縄各地で起きた集団自決を物語っているわけではありません。
時折「沖縄集団自決訴訟」だけをとりあげ、梅沢隊長(座間味島)、赤松隊長(慶良間島)の命令の有無だけを取り上げ「命令はなかった」という論調を見かけますが、それはこの問題を著しく矮小化し歪めていることに留意してください。

沖縄戦における「集団自決」と「住民虐殺」の事例一覧

(2007/10/29追記)


昨日のエントリーでは、朝日新聞の記事が印象操作的だったことに触れましたが、今回からは、「母の遺したもの―沖縄・座間味島「集団自決」の新しい証言」から引用しながら、なぜ集団自決が起きたのかを考えてみたいと思います。

ところで、今回報道された文部省の教科書検定について批判的な方の意見に目を通していくと、次のような考え方が多いことに気づきます。

すなわち、「ハッキリした形の『命令』ではなかったかもしれないが、国家の教育や鬼畜米英といったプロパガンダがあったからではないか。結果的に死ねと命令したのと一緒ではないか」という意見です。昨日そういうコメントもいただきましたし、下記の記事のように、集団自決で生き残った方の声にも現れています。

このエントリーには続きがあります→【続きを読む】

沖縄集団自決は軍の命令だったのか?座間味島の場合-1   

【このエントリーを読まれる方への注意】
これは、あくまでも座間味島に於ける梅澤裕さんと宮城初枝さんとの間の話です。極めて限定された場所と人物についての話であり、沖縄各地で起きた集団自決を物語っているわけではありません。
時折「沖縄集団自決訴訟」だけをとりあげ、梅沢隊長(座間味島)、赤松隊長(慶良間島)の命令の有無だけを取り上げ「命令はなかった」という論調を見かけますが、それはこの問題を著しく矮小化し歪めていることに留意してください。

沖縄戦における「集団自決」と「住民虐殺」の事例一覧

(2007/10/29追記)


慰安婦の一連のエントリーが一段落したので、しばらくは「やまとことば」など、まったりとしたエントリーを書こうかなぁー、と思っていたのですが、沖縄集団自決についての教科書検定のニュースがありましたので、拙ブログでも触れておこうと思います。

日本軍「強制」は修正=沖縄戦集団自決に初の意見-高校教科書の検定結果・文科省 時事ドットコム
ウェブ魚拓はこちら

昨年8月にも、沖縄の集団自決については少し書いたのですが(過去エントリーはこちら)、いつかまとめて書いておきたいと思っていたことなので、これを機会にエントリーを書いてみたいと思います。例によって、私が読んだ本から引用紹介するスタイルで、何回かに分けた連載になります。


このエントリーには続きがあります→【続きを読む】

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