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映画「靖国 YASUKUNI」にまつわる諸問題 追記   

この映画をめぐる問題について、少し追記しておきます。

話の争点が、映画の登場人物の刀匠が納得していないことに移ってきているようです。
これを、制作者サイドは、「国会議員によって刀匠が変心したのでは?」といい、当の刀匠御本人は話が違うと主張、さらに監督らの態度に「信用できない」とおっしゃっているとか。


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戦前の日本の少年犯罪、そしてメディアリテラシー   

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風味絶佳な日々」さんのところで、次のような本が今度発売されることを知りました。

戦前の少年犯罪

少年犯罪データベース」というサイトの管理人さんが出される本のようですが、Amazonの内容紹介を見るだけでも、現代に見られる少年犯罪に優るとも劣らない(?)犯罪内容が書かれています。

 


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偽善者の正体がまた露わに   

社民党の阿部知子議員が猛抗議に反応しましたけど、怒りの本当の理由が理解できないのか反省する気がないのか火に油、いや業火にニトログリセリンを注いでしまいましたね。
拙ブログでも前回エントリーのコメント欄で見る人を怒らせてしまった書き込みがありましたが。)

そんな折、またもやあきれて開いた口がふさがらずドライマウスになってしまいそうな報道がありましたね。今回も少々出遅れましたが、一言云わせてもらいたいことがありますのでエントリーしておきます。

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国旗・国歌問題について-2   

先日のエントリーを書いてからもなお、国旗・国歌についていろいろ考えるところがあったので、引き続きこの問題についてエントリーしておきます。(歴史本の紹介を期待している方がいたらごめんなさい。準備はしていますので(汗))


先に私自身について書いておきますが、日本という国が好きですし、日の丸も君が代も好きです。もっと多くの日本人が自分の国のことを好きになって、国と対決することばかりを考えるのではなく日本はどうあるべきかを前向きに考えるようになれば、いろいろな問題を抱えていても日本はもっと良くなる、そう考えています。

しかし、その一方で日本の国旗が嫌いな日本人をすべて否定する気にはなれません。端的に言えば、「あの戦争さえなければ私の息子は死なないで済んだんだ。日の丸なんて見たくもない」と言うお年寄りに向かって「それでも日本人か!」「反日的だ」等とは間違っても言えないからです。

もちろん、あの時代のこと、「男子に生まれた以上、畳の上で死ねると思うな」と教育する母親もいたそうですし、先週のエントリーで少し触れた松尾敬宇中佐の母君は戦後シドニー湾を訪れて「母は心から褒めてあげますよ。よくやってくれました。」と涙ながらにつぶやいたと言います。また俳優の三國連太郎さんは、戦時中に徴兵を忌避して家出、家族が心配しているだろうと思い手紙を出したら、その手紙を受け取った彼の母親はなんと憲兵に息子の居場所を連絡、連太郎さんは特高警察に捕まったという話もあります。(三國連太郎さんの自伝「生きざま 死にざま」より)

そう言う親達がいる一方で、息子を戦争に送り出した親が全てそうだった訳ではありませんし、家族を戦争に送り出していない家庭でも、空襲や原爆で家族を亡くしたり、特に沖縄の逃げ場のない島で四方を米軍に囲まれやむにやまれず家族を殺してから自決しようとして失敗、その苦悩を抱えたまま戦後を生きた人達などに、「日の丸を否定するとは何事だ!」とか「反日的だ!」などとは私は言えません。
それだけあの戦争の悲惨さは日本以外の国を含め、多くの人々の中でまだ生々しく残っているのは否定しようのない事実だと思います。

ところで、国旗国歌問題や皇室、安全保障等の問題だと特にそうですが、自分と違う意見を偏向と決め付けがちなのは右も左もおんなじかなと思います。誰しも自分が正しいと思っているし、ある事柄についての思い入れが強いほどそうなる傾向は、人間としてやむを得ないと思います。しかし、それぞれの前提知識や考え方の背景もみな違うのですからいろいろな意見があって当然だし、対抗する意見を尊重し咀嚼してから議論したほうが良いと思います。

私が一番避けたいと思うことはやはり「全体主義」ですね。何か行きすぎがあってもブレーキが効かなくなる状態こそ一番避けるべきであり、それが現代人が過去から学ぶべきことだと私は考えています。だから、いろんな考え方があることはむしろ健全な証拠と言っても良いのかもしれません。

(ちょっと話がずれてきました。)

ただしいろんな意見を認める一方で、 教師という立場を利用して生徒達に持論を押しつけるやり方はやはり看過できません。「思想信条の自由」という権利を持ち出して論点をずらているからあの訴訟には違和感を感じるんですよね。本来問われるべきは特定の団体が教師という立場で思想信条の自由を盾に自らのイデオロギーに引き込もうとしていることと、教育現場の「秩序」を乱していることでしょう。まるで文化大革命時の紅衛兵のごとく、校長をつるし上げ自殺にまで追い込む教師をまともな教師として認めるわけにはいきません。

「秩序」という意味では、前のエントリーのコメント欄で書いたのでここではあえて繰り返しません。ただ、卒業式の壇上に上がって日の丸を降ろしたり騒いでいる教師の映像を見ると、私はどうしても昨今の荒れた成人式を連想してしまうのですよ。秩序もへったくれもないあの新成人達は、あのような教師を見習っているのかな~って気がするのは私だけでしょうかσ(^^;)

私だって、自社株が低迷している時に同業他社の株で「儲かった♪」などと喜んでいる我が社の大馬鹿役員の朝礼の訓示も一応起立し我慢して聞いているフリをしているのです(笑) その役員に抗議するなら別のしかるべき場で行うのが筋で、朝礼の場で一人突然抗議の声を張り上げたりして場を乱すのは、社会人としての自らの信用を損なうだけでなんの解決にもならんでしょう。まぁ、テレビドラマだったら絵になるかもしれませんが(苦笑)

軟弱者と思われるかもしれませんが、これでも会社では言いたいことを言っている方なんですよ。もっと若いときは自ら「俺は不良社員だ」って言ってましたから(^^;

あと、彼らは日本の国旗や国歌を否定することが平和教育のように言っていますが、戦争や戦前が悪かったというなら、なぜそうなったのか、そうならないために未来に向かってどうすべきかを考えたりそのための材料を示すべきであって、史実を隠したり糾弾することではないはずです。史実を否定して消し去ったり隠したりするのでは、いずれその反省さえされなくなってしまうと思うんですけどね。つまり子ども達から学習の機会を奪うことになっているのですよ。正義感のふりして子どもの権利を奪うのは止めて教師ならもう少し賢くなって下さいよ。それよりも某団体での昇格やポスト獲得が目的なら教師の資格は捨てて下さい。

なんか文章がうまくまとまりませんが、いろいろな意見は尊重されなければならないが、特に教師という立場で生徒にイデオロギーを押しつけたり社会秩序を軽視する人間を増やすのは止めてくれって事です。

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エントリーでちょっとだけ触れましたが、実は私は買ってません(^^ゞ  立ち読みしただけっす。
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生きざま 死にざま
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国旗・国歌問題について   

昨日「次回は本からご紹介・・・」と書いておきながら、いきなり公約破りのエントリーです(笑)

「国歌斉唱の義務ない」教職員の訴え認める 東京地裁判決

このニュースが話題になっていますので、自分の考えを整理する良い機会かと思い、エントリーしておこうと思います。

判決そのものについてのツッコミを書くと内容が冗長になりそうなので避けますが、言いたいのは、この教師達が思想信条を押しつけるなと言いながら子ども達に自分の思想信条を押しつけているという矛盾と、「自分の気に入らなければルールを破る」という態度をこともあろうに教師が子供達の前で行っていることへの不満です。

確かに思想信条は自由で押しつけられる物ではありませんが、だからといって公の場でそれを振り回して好き勝手に何をしても良いと言うことにはならないでしょう。
日本の国旗に対して悪感情を持つ人は国内海外を問わず存在していることは残念ながら事実です。そのこと自体については誰も思想を強制することはできないと思いますが、個人の思想や価値観に反していたとしても所属する組織の方針に従わなければならない場面が多々あるのは、社会生活を営む人間としては常識ですよね。それとも国家は悪であり、自分たち教師は平和主義の「正しい人間」だから何をしてもかまわないと言うことでしょうかね?

もっとも、組織の不正を内部告発するケースなどは別ですけどね。余談ですが、会社の不正を内部告発した社員を暴力団を使ってまで脅迫し迫害し続けた、某国民新党代表ととても関係の深い会社もあるようで。

そもそも子供の教育や躾けというのは、社会生活を送る為には「私欲を抑えて我慢することも大切」ということを教えるという面があると思います。しかし、教師が子供達の前で「自分の気に入らないルールを破るのは自由だ」という態度を示すのはやはり異常だと思います。このような教師がわがままな人間を増やし、そしてそれが人の親となってわがままな人間が拡大再生産されていった結果が、今の低モラル社会につながっていると思うのは私の考えすぎでしょうか?

私事ですが、私が通っていた中学は校則がとても厳しくて髪型なども生徒手帳の中に細かく規定が書いてありました。当然生徒の反発も強く生徒会でも校則緩和がよく議題になったのですが、校則違反の髪型で「髪型は個人の自由で学校が決めるのはおかしい」と主張する生徒と、「確かに校則は厳しすぎるが、まずはルールを守ってから正々堂々と先生に校則緩和を誓願しよう」と主張する生徒のどちらが筋が通っているかは言うまでもありませんね。

<海外で恥をかくことになる>
上記リンク先の記事の中にある小泉さんの「人間として国旗国歌に敬意を表するというのは法律以前の問題だ」というコメントは当たり前過ぎで、あえてこの様なコメントをしなければならない日本の国内事情というのは、国旗国歌に対する国際的通念の欠如の現れだと思います。現代はどの国でも他国の国旗や国歌に敬意を表するのは常識でしょう。それが例え過去に苦い経験をさせられた国であってもです。
かつてケニアに派遣された海外青年協力隊員が国旗降納の合図があっても直立不動の姿勢を取らなかった為にいきなり銃を突きつけられたというエピソードがありますが、国旗掲揚時等のマナーを教えられなかったが故に起こったことでしょう。

これも余談ですが、私が今年の3月にタイに渡航してタイ空軍基地でお世話になっていた時、午前9時の国旗掲揚時は例え国旗が目視できない場所にいても、国旗の方角を向いて直立不動の姿勢をとることを求められました。全部で25カ国ほどから人が集まったイベントだったのですが、どの国の人もみなキチンとそうしていましたよ・・いや、ロシア人はちょっとずぼらだったかも?(笑)

また、自国の国旗国歌を蔑む人が他国の人の「国旗国歌を大切に思う気持ち」や逆に「粗末に扱われた時の怒り」を理解できるはずがありませんよね。日本の教師が日の丸君が代を嫌うのは自由ですが、せめて世界共通のマナーを子供達に教えてから、個人の意見として述べる程度にして欲しいものです。そうしないと、将来恥をかくのは教え子達なのですから。

また、反対するのならせめて代案を示すなどの態度を表さない限り、ただのわがままな反日活動にしか見えませんね。なぜそうしないのでしょう?
日本以外、例えばオーストラリアでも今の国旗を問題視する勢力があり(オーストラリア国旗を思い浮かべてみれば、そのような議論が出るのも、まぁうなずけます)、教育現場での強制(?)や、あの国旗が独立国家としてふさわしいかどうかという議論が行われているそうです。ただ、今の国旗に反対するグループでは、どのようなデザインが新国旗にふさわしいかという議論も実際に行われているそうで、きちんと国のことを考えているんですね。
日本ではそう言う議論はお目にかかったことがありません。まぁ、こちらの方のように一人で新しい日本の旗をいろいろ考えている人もいらっしゃいますけどね ((((~o~)

参考リンク:
燃やさない人々。「国旗」の事色々。


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