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田母神論文の歴史認識とその背景として思うこと   

前回、田母神氏には文民統制の観点から厳しい批判を浴びせましたが、あのような歴史認識をもってしまうことについては、実は同情せざるをえない部分もあると私は考えています。

一つには、日本の戦争の歴史の総括が60年以上たってもいまだにできていないこと。
そしてあのような認識に至った理由の一つには、左派的歴史認識、すなわち”近代の日本の戦争の歴史はなにもかも日本が悪い”とする歴史認識へのアンチテーゼがあると思うのです。


さらに、戦後くりかえされてきた自衛隊批判への感情的な反感もあるでしょう。

田母神氏は防衛大出身のようですが、氏が20歳で防大生であったであろうと思われる1958年には大江健三郎氏の『防衛大学生をぼくらの世代の若い日本人の弱み、一つの恥辱だと思っている』という意見が毎日新聞夕刊のコラムに載りました。

【追記 2008.12.25】
コメント欄(非公開)にて、田母神氏の年齢が違うのではないかというご指摘をいただきました。
田母神氏の生年は1948年とのことで、上述の大江氏のコラムが掲載された1958年時点ではまだ10歳で、もちろん防大生でもありませんでした。
このミスは完全に私の勘違い・思い込みによるものです。お詫びして訂正(取消線部分)致します。
また、私の単純ミスへのご指摘に感謝申し上げます。


大江氏が芥川賞をとったのも同じ1958年で、受賞と上記コラムのどちらが先なのかは詳しく調べていないのでわかりませんが、それなりに若い作家として世間の注目を浴びていたであろうし、その作家の発言として「恥辱」とまで言われた側の田母神氏を初めとする当時の防大生をとしては、相当に腹に据えかねるものがあったであろうと思います。

元自衛官で長年の自衛隊生活では左派からの圧力にずいぶん理不尽な思いもしただろうし、田母神氏と同世代、現在軍事評論家の佐藤守氏のブログの過去エントリーでもそのあたりの苦労が忍ばれる話がいくつかあったように記憶しています。自分が信じて長年やってきたことが認められない辛さというのは、他人にはわからないものがあるのではないかと想像します。

そういう意味では、「ネット右翼と同レベルの歴史認識」という批判を今回よく見かけますが、上記のことを考えると、自由主義史観をかじって感化されてしまった人達(数年前の私を含む)と同レベルとの批判はちょっと酷ではないかなぁとは思います。

それまで自衛隊批判を続けてきた左派の歴史認識への反感として、「過去の戦争は日本だけが悪いのではない」という思いがあり、実際に近代史をを少しかじればそういう話も少なからず出てくるわけで、感情的なものもあってあのような自由主義史観的歴史認識が田母神氏に染みついてしまったのではないでしょうか?


歴史は繰り返すのか?

現在では自衛隊の存在意義については、特に災害派遣活動において国民から再認識され認められているように思います。
しかし、上述したように、自衛隊バッシングが続いていた時代もあったわけです。

実は戦前の日本にも、軍人が国民から蔑視されたという時代がありました。

第一次大戦後の世界的な軍縮時代、「Naval Holiday(海軍の休日)」とも呼ばれた時代の軍人への風当たりは、税金泥棒呼ばわりされるなど、厳しいものがあったようです。

当時、軍服で外を歩くとバカにされるからということで、出勤(?)の際は背広で、隊に着いてから軍服に着替えていたという話はわりとよく目にしますし、列車だかバスの中で軍人のサーベルがガチャガチャうるさい、という女子学生だかの投書があったという話(※)もあります。大正デモクラシーと言われる時代のことです。

※比較的最近読んだ本の中で書かれていたエピソードなので探してみたのですが、どの本にあったのか見つけられませんでした。見つけたら参考書籍として紹介します。

それも様々な事件を経ていくうちに、あっという間に軍人が圧倒的な権力を持つ昭和の時代になってしまうわけですが、そうなってしまった理由の一つには、この軍不遇の時代への反発があったのではないかと勘ぐっています。

これは私の想像であって、軍の暴走を許した理由はもっと大きなものが他にもいくつもあるわけですが、この反発感情も無視できないのではないか、とも思っています。
(こういうものの因果関係の証明は難しいですけどね。)

それを考えると、戦後の自衛隊はよく耐えているとさえ思います。しかし、自衛隊員であるからこそ、そこは、耐えつづけて欲しいとも思います。
大げさかもしれませんが、歴史をくりかえさないためにも・・・。


自衛隊批判の風に耐えるように自衛官に求めた話をふたつほど

まず、吉田茂元首相のエピソードから。

 

(注) 吉田茂の発言は次の通りとされる。
(引用開始)
…だが、壇上の夏目晴雄学校長の口をついて出た言葉は僕の予想とは似ても似つかないものだった。
(校長は)「その上で、防大の生みの親である吉田茂元首相が諸君の先輩にこう言われたことがあります」と前置きして、防大OBの間で長年にわたり語り継がれてきたその言葉を紹介した。

…『「君たちは自衛隊在職中決して国民から感謝されたり歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。きっと非難とか誹謗ばかりの一生かもしれない。ご苦労なことだと思う。
しかし、自衛隊が国民から感謝され、ちやほやされる事態とは外国から攻撃されて国家存亡のときとか、国民が困窮し国家が混乱に直面しているときだけなのだ。言葉をかえれば、君たちが日陰者であるときの方が、国民や日本は幸せなのだ。耐えてもらいたい。」

……諸君の先輩は、この言葉に心を打たれ、自らを励まし、逆風をはねのけながら、ひそやかな誇りを持ち、報われることの少ない自衛官としての道を歩んだのであります。』

杉山隆男「兵士に聞け」新潮文庫、pp57-58。

 

上記引用部分は、ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報 「安倍晋三の「日本CIA構想」「日本NSC構想」に孕む危険性」から転載させて頂きました。


次は、上記でも紹介した元自衛官・佐藤守氏のブログの過去エントリーから。

防大時代、私の大隊の指導教官は、桑江良逢2佐(後の沖縄第一混成団長)であった。 メレヨン島で飢餓と戦い、復員後すぐに、沖縄名物の味噌を塗った握り飯を持って、全国の失った部下たちの家庭を廻って「供養と状況報告」をされた方である。

有言実行型の指導者で、私は心から尊敬していた。学生時代のある日、大江健三郎から「同世代の恥辱」とまで言われた我々防大生や、憲法違反といわれ続けている自衛隊の不遇さに不満を述べたとき、

「佐藤、振り子は必ず元に戻る。今は左に大きくふれているだけだが、日本人は必ず目覚めるときが来る。振り子はまた右に戻ってくるだろう。昔は軍人でなければ人でないかのような風潮があった。女性たちも軍人の妻にあこがれた。そこでだ、佐藤!将来、自衛官以外は人でない!自衛官の妻にしかならない!という風潮を再現してはならないのだ。戻ってきた振り子を再び大きく右に振り切らせるようなことがあってはならないのだ。振り子を中央でとどめることが貴様らの任務なのだ。そのためには耐え忍ぶ勇気を養わねばならぬ。国民はいずれ分かってくれる。分かってくれないからといって、自暴自棄になるのは未熟者だ」

軍事評論家=佐藤守のブログ日記 砂上の楼閣?だった防衛力より転載。


・・・またもや長文エントリーになってしまいました。
もっと簡潔に書けるようになりたい(苦笑)

■関連エントリー

田母神・前航空幕僚長の論文・更迭騒動について
なぜ歴史にこだわる必要があるのか
なぜ歴史にこだわる必要があるのか-2
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コメント

こんにちは。長コメントさせていただきます。

>そしてあのような認識に至った理由の一つには、左派的歴史認識、すなわち”近代の日本の戦争の歴史はなにもかも日本が悪い”とする歴史認識へのアンチテーゼがあると思うのです。

これはただのイメージなのではないでしょうか。左派的歴史認識と大雑把に一般化してますが、歴史に詳しく歴史をちゃんと論じている左派の専門家たち、歴史学者や政治学者等の実際の議論を読めばそういう単純な話にはならないと思います。もう少し細かい議論をしているかと思います。何が悪かったか、何が問題だったか等、「何が」についてももう少し細かい議論をしているのではと。

「なにもかも日本が悪いと(だけ)いっている左派」みたいな単純なイメージは実際どうかは関係なく、藁人形叩きのために政治的敵対者(右派)によって創造された部分もあるのではないでしょうか。というか、右派論壇は藁人形叩きが多すぎます。

右派論壇は戦後日本叩きが得意ですが、彼ら・彼女らの言う「戦後日本」とは彼ら・彼女らの脳内にしか存在しないような。たとえば、「日本に誇りを持てない戦後の日本人」とかいまだに口をそろえて言ってますが(田母神さんも言ってましたね)、大多数の日本人が(戦後)日本に誇りを持っていることは各種世論調査で明らかです。あの戦争を美化・正当化する日本人以外、誇りある日本人と認めないのが右派論壇の方々でしょうけど。


それに、右派が我慢ならない歴史認識とはようするに村山談話みたいな認識でしょう。村山談話程度の認識って別に左派だけのものではなく、穏健保守を含む多くの国民・専門家の一般的な認識なのではないでしょうか。自民党政権が長く、そして自民党には無視できない程度の数の右派勢力が常に存在したために日本国政府の公式見解とすることが難しかっただけで。

そしてなによりも、村山談話程度の認識は天皇陛下の歴史認識と変わらないわけです。

まあ、「日本」に反発してケンカ売ってるのはどっちだよ、ということなんですがw


>戦後くりかえされてきた自衛隊批判への感情的な反感もあるでしょう。
>元自衛官で長年の自衛隊生活では左派からの圧力にずいぶん理不尽な思いもしただろうし、

こちらも「左派」を過大評価しすぎではないでしょうか。いや、自衛隊にそういう思いを抱いている方々がいまだに少なからずいるのはわかりますが。しかし、そういう方々に言いたいのは以下のことです。

たしかに戦争の記憶が生々しかったころの自衛隊は肩身がとても狭かったでしょう。しかしその後数十年たって、自衛隊の存在は完全に認められていたと思います。「現在では自衛隊の存在意義については、特に災害派遣活動において国民から再認識され認められているように思います」とJseagullさんがおっしゃるように。

いまだに自衛隊なんていらんと“本気で”思ってる人は左派にもあんまりいないと思います。


そもそも戦後日本のほとんどは自民党政権だったわけですし(「左派」はその自民党支配の戦後日本を擁護しているわけです)、大多数の国民が自衛隊の存在を認めているし、それなりの信頼もしているし、してきたのは事実でしょう。一部の左派の批判に対して変な方向に過剰反応しすぎかと。

ぶっちゃけ贅沢すぎです。自衛隊を擁護する自民党がずっと政権を担った戦後日本に満足しろ、です。左派なんて敵の自民党支配の戦後日本を擁護するくらい謙虚wなんだから。というか、多くの左派にも存在をちゃんと認められたことに満足していいんじゃないでしょうか(実力組織・権力機関なのだから批判されるのは当然)。

他国の軍隊のように「特別な尊敬」を受けたいという思いはわかりますが、それは日々の活動で尊敬を勝ち得ていくしかありません。「特別な尊敬」を受けるまでになれないとしたら、それはアジア・太平洋戦争のせいなわけだから、これからもあの戦争での旧軍の過ちをしっかり反省し地道に活動していくしかないでしょう。(吉田茂からするとずっと尊敬されないままでいいのだということのようですが、私はそこまでは思いません。というか、私は左派ですが、大多数の自衛隊員を普通に尊敬していますし)。

それなのに、あの戦争での日本・旧軍の行いを美化・正当化することによって、その美化・正当化を国民の常識をすることによって「特別な尊敬」を受けようとするのは大いなる倒錯です。逆効果にしかなりません。

戦後自衛隊は旧軍との断絶こそを誇りにすべきでしたし、実際そうしてきたのだと私は思っていました。ひょっとしたら違うのではないかと不安になったのが今回の田母神事件です。防衛大学校の歴代校長や歴史の先生は穏健保守のまともな人だったのでしょうけど、自衛隊内部での思想教育的なものがだいぶ怪しかったのではと。田母神学校なるものが特別というか逸脱だっただけならいいのだけど、そうともいえないそうなのがこわいですね。

どうもコメントするのはお久しぶりです。
とはいっても、ほとんど同じ意見ですので、ごもっともとしか言いようがなく、当初はコメントするつもりはありませんでした。
ただエントリーを読み終わるとそれに負けないぐらいの量感のコメントがありまして、つい反応してしまいました。

以下は上の方へのコメントです。
そもそも、便宜上私も右派左派という表現を使いますが、はたしてそのように色分けできるほど、こちらのブログやエントリーがどっちかに寄ってますかね?

>何が悪かったか、何が問題だったか等、「何が」についてももう少し細かい議論をしているのではと。

これは右派左派問わずまっとうな研究者はそうしているんじゃないですか?ただ戦後教育を受けた一般の国民は日本がすべて悪かったと思っている、あるいは思ってきたんじゃないですか?イメージとして。

>大多数の日本人が(戦後)日本に誇りを持っていることは各種世論調査で明らかです。

この戦後日本への誇りは戦前(イメージ内での)のアンチテーゼとして生まれているものであって、本物じゃないという気がします。
戦争を総括せずにただ平和国家、自由を盲目的に標榜してきただけで、芯となる理念がないと思われます。
そこから生まれる誇りは脆いものでしょう。

それと自衛隊の仕事は国防であって災害派遣は副業みたいなもの。
そこで認められても本当の意味での自衛官の評価とはいえないでしょう。

>戦後自衛隊は旧軍との断絶こそを誇りにすべきでした

歴史は連綿と続いていて軍隊も日本も断絶してはいけないと思います。
もちろん悪きは改めていかねばなりませんが、よいことは受け継がなくてはいけません。
断絶したら良いことにも悪いことにも目を背けているだけになってしまうのではないでしょうか?
敗戦でリセットしたためにいつまでたっても日本は彷徨し続けている様な気がします。根なし草のように。

長文失礼しました。

コメントありがとうございます

■蒼海月さんへ

誤読されているところもあるようで、己の文章力の無さに恥じ入るばかりです。
念のために申し上げますと、誤解して欲しくないのは、私は田母神論文の歴史観を肯定しているのではなく、あのような歴史観を持つに至った氏の心情を忖度してみただけということです。

歴史学者の研究成果や議論については、私も既に200冊近く読みましたし、そこに異論はありません。
しかし、左派も右派も一般的には歴史学者の研究所や論文に十分に目を通す機会は少なく、評論家やジャーナリスト、左右両派の論壇から出てくる書物よりはずっと目立たないという点に問題があります。

件の田母神論文も、数冊の参考書籍を挙げていますが、歴史学者は秦郁彦氏だけで、ほかはジャーナリストや畑違いの論者の書籍ばかりですよね。

歴史研究と一般的に流布している近代日本の戦争に関する論調に乖離があることが問題なのです。

蒼海月さんもご自分のイメージを語っておられますが、お互い目にしてきたものに差がある以上、イメージが異なるのは当然ですが、少なくとも私が"極"が付くほど右から左まで張っているアンテナよりは狭いな、という印象を受けました。

>いまだに自衛隊なんていらんと“本気で”思ってる人は左派にもあんまりいないと思います。

そういう人は私のアンテナにはすくなからず引っかかりますが。身近なところでは私の父親とか(笑)。
「自衛隊はいらん」ではなく「軍事力はいらん」と主張する人と言い替えてもいいですね。

自衛隊の存在が認められているようになったのも、おそらく阪神淡路大震災の頃、十数年前のことかと思いますが、田母神氏やエントリーで紹介した佐藤氏の職歴は40年近くあるわけで、近年のことだけを話しても意味ありません。
佐藤氏のブログは3年ほど前から読んでいますが、基地司令として左派の抗議や活動の矢面に立ってきた苦労話などを読めば、今認められているからと言って、長年積もり積もった想いは想像できないでしょう?

また、国民の大多数が現在どう考えようとこの場合関係ありません。左派の矢面に立ってきた当事者の心情の問題ですから。

>他国の軍隊のように「特別な尊敬」を受けたいという思い

そのようなことはどこにも書いていませんが。

>戦後自衛隊は旧軍との断絶こそを誇りにすべきでしたし、

そうやって旧軍を全否定するから反発が起きるのだとおもいますが・・・。
肯定しろ、賛美しろ、美化・正当化しろと言っているのではありません。夥しいほどの悪弊、犯罪的行為があったことを否定しろと言うのでもありません。しかし悪い面しか見ようとしない左派の軍に対するステレオタイプ的な見方やバイアスが右派の反感を呼ぶのでは、というのがこのエントリーの本意です。

>あの戦争での日本・旧軍の行いを美化・正当化・・・

そこが左派のバイアスの為せる業で、「戦争で行ったこと」について、右派が疎いのは事実ですが、「戦争になった理由」について語る左派をあまりみかけないんですね。その部分も、日本が悪い、軍が悪い、A級戦犯が悪い、権力者が悪い、で片付けてしまっている。
悪くないと言っているのではありません、戦争、外交は相手があることなのに、一方の責任にしか言及しないから、そのバランスの悪さゆえに、右派から反発されるのだと私は思います。

この後いつか書くつもりですが、右派も左派も今の私から見れば歴史認識としてはアウトです。まっとうな学者の間では冷静な研究が進んでいますが、政治的バイアスが強い両派にはそれは届いていないと思います。
最大の問題は、責任を国内に求める左派も、国外にのみ認める左派も、その在処のみの追求をしているだけで、そこから今後の政治に活かせるものを見いだせるとは思えないことです。


■グリッティ さん

>どうもコメントするのはお久しぶりです。

私もあまり更新していませんでしたので(笑)
今回は蒼海月さんへのコメントとのことですので、私からは控えておきますね。

200×年 イラク派遣の壮行会、柵の外から『人殺し。』とハンドマイクのがなり声・・・・、私達だけなら誹謗も中傷も罵声も慣れてるw。でもさ、両親の耳にはどう聞こえたのだろう・・。

「自衛官である前に個人として派遣拒否をしろ。」こんなことを言ってた人も、今回は文民統制を盾にクレームをつけてるよねぇ・・・。

ただね、私は思うんだけど「なぜ学校で国防というものを教えないのだろう?」ってさ。
「この国を守ること」って考える必要も教える必要も無いような軽いことなんでしょうかねぇ?

吉田茂元首相の訓示が出たので、ついでに自衛官の宣誓を・・

「宣誓
 私は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身をきたえ、技能をみがき、政治的活動に関与せず、強い責任感をもって専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえることを誓います

要するに個<公なんですけどね。自分の命さえ差し出して責務を完遂せよってこと。
阪神大震災では倒壊した駅舎に車載ジャッキで隙間をこじあけ進入した隊員の話もある。消防レスキューじゃ絶対にできない馬鹿な行動かもしれないけど・・・やるしかないのよ自衛隊じゃさ。

■枠さんへ

今回頂いた2つのコメント、重く受け止めます。
イラク派遣の壮行会・・・平和を叫んで相手を傷つけ自己満足する人・・・平和を叫ぶ自分は絶対的に正しいという自己陶酔なのか・・・。
「派遣を個人として拒否しろ」というおなじ口で文民統制を言う・・・軍では命令は絶対で人権無視とか言っている政治家もいたように思いますが、その論理なら・・・・

いずれも安全保障に向き合うための基礎知識不足と浅いままの議論で済ませてきた悪弊なのかもしれません。

阪神大震災の話も参考になりました。消防、警察、海保のレスキューが二次災害のリスクで避けるケースでも、自衛官ならやらなければならないのですね。
いつのことだったか、百里救難隊だったと思いますが、雪山遭難で救難ヘリで出動した際、ヘリからロープで山に下りた救難隊員を、天候の急変の為に置き去りにして引き上げざるを得なかったケースがあったと思います。このときは幸いにして数日後に自力で下山されたようですが。

自衛隊員だけではない、その家族も覚悟している話も思い出しました。
「どんなに夫婦げんかをしても、翌朝送り出すときは必ず笑顔で見送って欲しい。それが夫との最後の別れになるのかもしれないのだから」
テレビで紹介されていた救難隊員の話です。

「自衛隊は国民を守るものではない。国体を守るものだ」という主張をする人たちは、このような話をまったく知らないのでしょう・・・。

この極めて重い任務の覚悟をしている人たちに対する認知度があまりに低いことが、この騒動の背景に潜んでいることにどれだけの人が思い当たるのか・・・。

田母神氏がトンデモだからとして安易に片づける人たちこそ、表に出にくい自衛官の真情に耳を傾けてもらいたい気持ちになりました。
貴重な話をありがとう御座いました。



ご無沙汰しております。
田母神事件でのごちゃごちゃ、語りたいとは思っていたのですが、なんか気が進まないこのごろです。
諸手を挙げて賛同する保守右派の多さには驚愕しました。
いやあ、あんたら空自トップの職掌逸脱を支持するのかと。
村山談話を引き継いできた意味は「謝罪はこれで最後ですよ、区切りですよ」という意味だと思っていたんですが。

他方、J.Seagullさんのように田母神氏があのようなはねっかえり発言をするに至った経緯・心理まで突っ込んで論じた批判者は少なかった印象があります。
比較するのはいろいろとアレですが、通り魔事件の犯人の動機やら心理やらは事細かに検証するのに、今回の事件についての背景について突っ込まれないのは珍妙な感じがします。それこそ自衛官への差別なんでしょうか。

他blogからですが、陸自OBの志方氏の今回の事件についての発言がしるされています。
http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid584.html
(ちなみにエントリ後半の国籍法云々にはもはや苦笑を禁じえないですが…自衛官差別が不当なら、日本人が認知してるのに婚姻がなければ国籍取得できない、て差別も不当だろうに…)

なんだか戦後日本の矛盾をいっきに晒した、という意味では田母神氏の「玉砕」は有益だったんでしょうか。

返信が遅くなってすみません・・・

■きぐつさんへ

お久しぶりです。いつも拙blogのはてブありがとうございます(笑)

>諸手を挙げて賛同する保守右派の多さには驚愕しました。
>いやあ、あんたら空自トップの職掌逸脱を支持するのかと。

私は『論文の「内容」はどこが問題なのかわからないけど、氏の「行動」は支持できないなぁ』という冷静な意見もちらほら見かけましたけど、内容に気を取られて「行動」への視点に気づいていないのかもしれません。
当のご本人が言論弾圧と言い出すくらいですから・・・。

職掌逸脱については、(前エントリーでも書きましたが)卒業式での一部教師の行動と比較して指摘するというのはどうでしょう?冷静になれる人ならばそのおかしさに気づかれるかもしれません。感情的になっている人には・・・まぁ、その、馬耳東風でしょうけど。

>村山談話を引き継いできた意味は・・・

雪斎さんのところで書かれていたことですよね。
村山談話で述べられていること自体は事実だと思いますし、あの談話自体が政治カードにもなりうるという意味は重要な指摘かと。

>あのようなはねっかえり発言をするに至った経緯・心理まで突っ込んで論じた批判者は少なかった・・・

私も見た記憶がありません(笑)
このエントリーも珍しく一回も拍手ボタンがクリックされませんし(笑)、こういう考え方は支持されないのかなぁ、と。石破氏的な現実的政治的バランスを意識したつもりなんですけどね(汗)。

あと、志方氏の発言の紹介ありがとうございました。
(かなり久しぶりにくっくりさんのところを見ました)
ああいう(元)自衛官の現場の声に耳を傾けることも大切ですね。
防衛大臣がコロコロ変わることについての苦言もありましたが、与党(権力)が何をしようとしても批判しかしないマスコミとそれにつられる国民も敗戦後の日本の悪弊(矛盾)の様な気がしています。

9条については難しいですね。
村山談話と同様これも政治カードに使えるとも思っていたのですが・・・。
「日本が竹島を侵略しようとしている!」
「いや、あの、9条があるので武力で解決するつもりはないんですが・・・」

って。

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ご指摘の通りですね。
私の単純なミスで、まったくお恥ずかしい限りです。
親切にご指摘いただきありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。

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